第2話
――マリアンナ・ヴィアネロ。
10年前、クリスの姉ちゃんと出会った少し後に、この冬の島に流れ着いた同世代の女の子。
ベルの兄貴と同い年だった彼女は、自然とベルと恋仲になっていった。
『待ってくれ、マリア姐さん! 来年まで待ってほしい、成人したら、俺も……!』
『ロブくん……ダメだ。君は外に出ちゃダメなの――』
”――外は、スカーレット王国という場所は、ロブくんの思うような理想郷じゃないから”
マリアンナは、姐さんは、そう言って去っていった。
兄貴がマリアンナと共に外に出なかったのは、彼女自身が止めたからなんだろう。冷静に考えればそうだと分かる。
「……あの時、マリアは口ではついてくるなと言っていた。
外は酷い場所だからって。僕はその言いつけを守った。本心ではついてきて欲しいと思っているんだって分かっていながら」
冬の終わり、春の始まり、まだ冷たい風が吹き抜けていく。
ベルの兄貴は、一度決断しているのだ。マリア姐さんについていかないという選択を。
……俺はそれを覆そうとしている。難しいとは分かっていても、そうしなければいけないと思っているから。
「それがどうした? 1年前の選択がなんだって言うんだ? ベルザリオ・ドラーツィオ」
「……ロバート」
「兄貴、アンタが自分の決断を”間違っていなかった”と思っているのなら、そんな顔しないはずだ」
この1年、覇気を失った兄貴は見ていられなかった。
マリアという存在を失ったベルの兄貴は、本当に抜け殻みたいで。
鍛冶屋として着実に腕を上げて行っているはずなのに、虚しさを隠すことすらできていない兄貴を見ているのが、辛かった。
「……僕は、ドラーツィオ家を継がなければいけない」
「ハッ、やめてくれよ、兄貴。俺相手にまで”しなければいけない”なんて建前を使うのは」
確かに兄貴は、腕の立つ鍛冶屋だ。
ドラーツィオ家を継ぐに相応しい才能があるし、それが求められる人間だ。
だから、俺は兄貴が家を継ぎたいから着いていかないというのなら、従うつもりだった。
彼の中にマリアンナへの未練があるにせよ、それと折り合いをつけられているのなら。
「……俺は、兄貴が本当に外に出たいと思っていないのなら、マリア姐さんを追いたいと思っていないのなら、アンタを諦める。
でも、そうじゃないのなら、俺に着いて来て欲しい。俺には、貴方という仲間が必要なんだ」
ベルの兄貴はいつだって冷静で、突っ走りがちな俺を諫めてくれた。
本当に頼りになる人なんだ。だから俺の旅には兄貴が欲しい。
この人がいてくれたら、俺は安心して冒険ができると思うから。
「――分かった、ロブ。僕以外には誰を誘うつもりなんだい?」
こちらを試すように軽い笑みを浮かべるベルの兄貴。
そうだ、彼はこうでなくては。
「バネッサ、アドリアーノ、クラリーチェ、そして兄貴と俺とドロップ。それで全員だ」
「ふむ、船の手配は?」
「なんとかする。ずっと親父には話をしてきたんだ」
こちらの言葉を聞いて思考を巡らせる兄貴。
……俺は、彼のこういう瞬間が好きだ。
「うん、分かった。じゃあ、仲間を全員集められたのなら、その時には――」
「話に乗ってくれるな? 兄貴」
「――善処しよう。悪いね、確約できなくて。弟たちもいるからさ」
こういう時の兄貴は、だいたい話に乗ってくれる。
長い付き合いだから分かるのだ。これは安全策を張っているに過ぎない。
「分かった。すぐに全員集めてみせるさ」
「ふふっ、クラリーチェは難関だと思うよ?」
確かに彼女は難関だろう。しかし、彼女もまた知的好奇心の塊。口説けないはずはない。
「俺の見込んだ相手だ、外に興味がないはずがないよ」
「かもね……じゃあ、頑張ってね。ロブ」
そう言った兄貴は鍛冶場へと戻っていく。
……とりあえずの目途は着いた。さて、これで後は仲間を集めるだけだ。
『んー、やっぱりベルは難しいね』
首飾りにしている青い宝石から飛び出してくるドロップ。
そして俺の肩に腰を下ろした。
「どうして引っ込んでた? ドロップ」
『だって、去年からベルって辛気臭くて』
……相変わらず素直で辛辣な奴だ。
「もうすぐ元気になる。マリア姐を追い始めればな」
『マリアかぁ……元気してるかな?』
「姐さんのことだ、どんな場所でも上手くやってるさ」
人智魔法の才能を持つ彼女は、本当に色んなことができる人だった。
神子であるレベッカに並んで街の中では重宝されていた。
実際、俺も彼女から学んだことは多い。そもそも彼女がいなければ”人智魔法”なんて単語も知らなかったはずだ。
『確かに。マリア強いもんね♪ それでロバート、次は誰を誘うの?』
次に誰を誘うか。それもまた最初から決めていた。
1番目はベルの兄貴として、その次は最も口説きやすい相手にしようと決めていた。
「バネッサ、バネッサ・アルベルティだ」
『おおっ、バネッサかぁ。乗ってくれそうだね♪』
「正直、あいつに断られたらお先真っ暗だよ」
あいつも俺と同じで外に興味がある人間のはずだ。
バネッサの口から何度も聞いたのだ。”ここの魚には飽きた”って。
『じゃあ、頑張ろっか、ロバート♪』




