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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 前編」
182/310

第1話

 ――冬の島で生まれた者は、外に出ることなく死んでいく。

 ここから外に出て海を渡った者たちに、帰ってきた人間は1人もいない。ただの1人も。

 もしも10年前、彼女に出会うことがなければ、あの出会いがなかったのなら、きっと俺も思わなかったのだろう。

 生まれ故郷を去ってでも、見知らぬ広い世界へ行きたいなんて。あの人にもう一度会うために、あの人が生きる世界を見るために――


『待っているよ、ロバートくん。君が大きくなってボクと出会うその日を』


 あの日、彼女の背に乗せてもらったから今がある。

 彼女の駆る翼竜の上、空を切ったあの日からずっと俺は思ってる。

 島の外に出たいのだと、無限の世界を知りたいと。


「……追いついてみせるよ、クリスの姉ちゃん」


 クリス・ウィングフィールド、そう名乗った彼女との出会いから抱き続けた俺の夢。それを叶える時がやってきた。

 この冬が明けて、春が来る。そうしたら俺も成人だ。誰に縛られることもない。

 俺は俺の夢を、追い始めることができる。この日をずっと待っていたんだ。


「――やっぱり行っちゃうんだね? お兄ちゃん」


 朝のお祈りを済ませた妹が居間へと降りてくる。

 青い髪に青い瞳を持つ敬虔なサータイト様の神子、母さんにそっくりなレベッカが。


「……悪い、レベッカ」

「良いんだよ。神子は他にいないし、身体も弱いし。分かってるから。お兄ちゃんの旅にはついていけないことくらい」


 今、この島に女神の声を聞けるのはレベッカしかいない。

 冬の島を守り、冬の島に眠る”氷停神サータイト”の意思を感じ取れる彼女が、この島を離れるわけにはいかないのだ。

 ……妹1人、生きたいように生きさせてやれない自分を情けないと思う。ただただ情けない兄だ、俺は。


「……お父さんは、きっと船を用意してくれるよ。

 でも、お兄ちゃんには仲間が必要。それがひとつ目の壁になるし、越えられないのなら外に出るべきじゃない」


 淡々と語るレベッカを見ると、こいつが自分の妹だなんて信じられなくなる。

 どんな大人よりも大人びたこういう言い回しをする時には受けているのだ、女神の神託を。


「サータイト様に教えてもらったのか?」

「ふふっ、そうかもね。でも間違っていないでしょ? 集められるかな? お兄ちゃんに」

「やれるさ。目星は着けてるんだ」


 こちらの言葉に年相応の笑みを浮かべるレベッカ。本当に、こいつを連れていけない自分が情けない。

 けれど妹のために俺がこの島で一生を終えたところで、それはそれで俺の人生が空虚なものになる。

 それじゃ意味がない。それでは、いつかの俺はレベッカを憎んでしまう。そんな誰かのせいにする人生なんて御免だ。


「ふふっ、やれるよ。お兄ちゃんなら。妖精さえ仲間にしたんだからね」

『――呼んだ? レベッカ♪』

「うん、ドロップ。お兄ちゃんをお願いね? 守ってあげて」


 レベッカの声に反応して、まだ眠っていたドロップが目を覚ます。

 数年前、森で出会った妖精だ。普段は首飾りにしている宝石の中に眠っている。


『うん、守る! ロバートといると楽しいから♪』


 無邪気に踊るドロップを手のひらに乗せる。

 こいつと出会って、仲間になったおかげで多くのものを得た。

 無謀な夢に自信をくれたのが彼女なんだ。


「もっと楽しくしてやる。外に出るぞ。その準備を始める」

『おおっ! 待ってたよ♪ 始めるんだね? 外に出るんだ♪ 外に!』


 はしゃぐドロップと戯れる。彼女もまた妖精にしては珍しく停滞を嫌う好奇心の塊なのだ。


「――頑張ってね、お兄ちゃん。応援、してるから」


 レベッカと手のひらをぶつけ合う。

 さぁ、やってやろうじゃないか。俺たちには、冬の女神様がついているのだから。


『ロバート、準備ってなにするの?』

「まずは仲間集めだ。俺とドロップだけで航海はできないからな」

『仲間? だれ? だれを集めるの?』


 目星をつけているのは何人かいる。

 けれど、最初に声をかける相手は決めていた。他の誰でもないただの1人を。


「ベルの兄貴、ベルザリオ・ドラーツィオだ」

『ベルかぁ、乗ってくれるかな?』

「……兄貴1人乗せられなきゃ、誰も誘えやしないさ」


 別にベルの兄貴が最も誘いやすい訳じゃない。ただ、あいつには外に出たい理由があるのだ。

 そして同時にあいつの長男という立場がそれを阻んだ。


『頑張ってね? ロバート』


 そう言ったドロップが宝石の中へと戻る。

 相変わらず飽きっぽい奴だ。けれど、助かる。

 ベルの兄貴に真剣勝負を挑むのだ。1対1の方が良い。


(……1年前、彼女について行かなかったベルザリオを、俺は口説けるんだろうか)


 そんな不安を抱えながら、ドラーツィオ家。冬の島の鍛冶屋を訪ねた。

 ちょうど昼時だ。ひと休みしている、そう考えながら。


「やぁ、ロブ。どうしたんだい?」


 鍛冶屋のすぐ前、外の風に吹かれている兄貴がこちらに声をかけてくれる。

 読み通りだ、ちょうど休憩中だった。


「――誘いに来たんだ。俺は、外に出る。成人とともに、次の春に」

「……悪いね、ロブ。僕は彼女にさえついていけなかった男だ。外に出られるような人間なら去年にここを出ているよ」


 この回答は予測していた。兄貴は一度、自分が成人した去年に、島の外に出ないという判断をしている。

 自分の恋人である”あの人”が出ていったその時に。

 10年前、クリスの姉ちゃんと出会った季節からしばらく過ぎて流れ着いたあの人が、自分の故郷に戻るため、外に出た。

 それについていけなかったことを悔やんでいるのだ。


「1年前、兄貴は選んだ。この島から出ないことを。だが、この1年を過ごして分かったはずだ。

 ベル、アンタには無理なんだよ。あの人のいない生活なんて――マリアンナ・ヴィアネロのいない人生なんて」

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