第60話
味噌汁の匂い、米の炊ける香り、その中でボクは目を覚ました。
……随分と深く眠っていたような気がする。
(つくづく時代劇の中みたいなお家だよね。シェリーさんたちの家って)
シェリーさんを巡る今回の旅、その終着点はジェフさんたちのお家だった。
シルキーテリアを後に、シェリーさんをこの家に送り届け、ボクとジェフとエルトさんでアカデミアへと帰る。
昨日、ここに着いたときに思ったんだ。まるで日本の古民家みたいなお家だなって。
「――おはよう、クリスちゃん♪」
寝室を出たところで、シェリーさんの笑みが迎えてくれる。
なんて気持ちのいい朝だろう。
「おはようございます、シェリーさん。お手伝いしましょうか?」
「いいよ、ずっと御者をやってもらって疲れてるでしょ? ゆっくりしてて」
シェリーさんにそう言ってもらったところで、ジェフさんからも追撃が入る。
”クリスはお客さんなんだからくつろいでてくれ”だそうだ。……甘えさせてもらおうかなと思った。
「変わった造りの建物ですよね、ここ」
エルトさんがそういうのも当然だろう。
スカーレット王国では見たことのない造りをしているんだから。
「ボクの故郷の、古い建物に似てるんですよね」
正直なところ、土鍋で米を焚いているのなんて初めて見た。
日本を遠く離れたスカーレット王国の田舎で、こんなものを見ることになるなんて。
本当に巡り合わせとは不思議なものだ。
「ケイの友人の趣味らしい。しかしそうか、クリスの故郷に似てるんだな」
鍋のために野菜を切り分けているジェフさんが言葉をかけてくる。
……ドクターケイの友人というと、ストライダーということなんだろうな。
しかし、こんな古民家みたいなものに造詣が深い人も来ているとは。
「ええ、おかげで懐かしいですよ。米を食べるのも本当に久しぶりですし」
「アカデミアまでには流通してないもんな」
ジェフさんの言うとおりだ。おかげさまでスカーレット王国に米なんてないと思っていた。
けれどまだまだ広いな。この国は。
「さてと、そろそろ良いかな♪」
ウサギ肉と野菜を煮込んだ優しい色合いの鍋と、ほかほかに炊きあがったご飯。
肉の種類はともかくとして、鍋もご飯も、どこか懐かしいと思わせてくれる。
まさかこんなノスタルジックな朝食にありつけるなんて、巡り合わせというのは不可思議なものだ。
「さて、召し上がれ、2人とも♪」
「いただきます、シェリーさん、ジェフさん」
まずご飯だけを箸ですくい、口に運ぶ。
ほかほかのお米がほどけていく感触、吹き抜けるような甘い香りに心が安らぐ。
数か月ぶりに食べるお米の食感にどうしようもない懐かしさを感じる。そして同時に別の場所の味なんだとも理解する。
ここは、ボクの育った古郷ではない。似たものに触れたからこそ、そう実感する。
「……大丈夫? クリスちゃん」
「いえ、ちょっと懐かしくて……」
ボクの言葉に静かな笑みを返してくれるシェリーさん。彼女の言葉に、心が落ち着く。
「なるほど。ここが君の帰りたい場所なんだね、ジェフ」
「ああ、この時間に帰るために俺は戦っているのさ」
「……君を口説くのは無理そうで悲しいよ」
軽い笑みを交わすシャープシューターズの2人。
エルトさんは求めているんだろうな、カーフィステイン領に連れて帰れる機械魔法使いを。
……しかしそうか、ジェフさんもまた故郷から引き離された人なんだ。望まない形で。
「ダメだよ、エルトくん。ジェフに兵器開発なんてさせちゃ。
どうせ際限なく強いものを造って、すぐ狙われるようになっちゃうんだから」
「……確かに、こちらに招くとなれば狙われる可能性は高まりますね」
そこまで頭が回っていなかったみたいな反応だな、エルトさん。
まぁ、どちらにせよ、ジェフさんがアカデミアを離れてカーフィステイン家のお抱え魔術師になることはないんだろうな。
そんな気がする。
「ま、俺は行かないから別の奴を探すんだな」
「そうさせてもらうよ。難しいとは思うけれどね」
2人の会話を横目に鍋とご飯を食べ進める。素朴ながらも薄すぎることのない味付けが、温かい。
幸せを具現化したような味がして、安心する。
「えへへ、今年の新米も美味しいみたいで良かったよ」
「……顔に出てました? ボク」
「うん。喜んでもらえてるんだなって分かるくらいには」
なんか、最初に出会ったときみたいだな。梨のジュースを奢ってもらったあの時みたいだ。
……あれからシェリーさんを守るために首を突っ込んで、色んなことがあった。
転移装置を壊さずに事を収めることはできなかったのだろうか?とか、もしもあのまま地球に転移していたらどうなっていたんだろう?とか、思うところがない訳じゃない。
けれど誰も死なせずに済んでよかった。シェリーさんを守れてよかった、素直にそう思う。
「美味しいですよ。とても――」
「良かった。初めて1人で育てたお米だったから。味見はしてたんだけど、どこか不安で」
「自信を持ってください。本当に良い味です。ボクが保証しますから」
今、こうやってシェリーさんの新米を食べながら、シェリーさんの笑顔を見ている。
それだけで良かったと思うんだ。




