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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2章「機械仕掛けのストライダー」
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第59話

「……ようやく2人きりだね、ジェフ」


 ケイたちの研究への協力、その終わりが決まったころだった。

 ようやく俺はシェリー姉さんと2人きりで夕食を楽しむことができていた。

 今日はこのまま2人で部屋に戻る。明日の朝まで、2人だけの時間だ。


「ああ、半年ぶりかな。姉さん」


 学院生にされるまでは当たり前だったのに、随分と遠くへ来てしまったものだ。

 この至福を手放して、またあのアカデミアに戻らなければいけないのだと思うと本当に嫌気が差す。


「……帰っちゃうんだよね、アカデミアへ」

「ああ。ケイたちからの誘いを断った以上は、あそこに戻らないとトリシャがうるさいからな」


 姉さんには伝えていた。ニコの奴に、転移装置の研究に参加するように誘われたこと。

 それを受け入れた場合、姉さんの元に戻るための時間が途方もなく伸びてしまうから断ったこと。

 全てを姉さんに伝えていた。


「私のところに、早く帰ってくるため、だよね……?」

「ああ、話した通りだ。学院生をやりながら傭兵稼業を続けた方が金の溜まりが早い」


 ジュース販売機もあって、それなりの金額が蓄積されている。

 今回は滞在費でかなり使ってしまっているが、数か月で取り戻せるだろう。

 この速度で行けば5年はかからないはずだ。いくつか傭兵としての大きな仕事を受注できれば、の話にはなるが。


「……危ないことはしないでね? ジェフ」

「当たり前だ。姉さんの元に帰れなくなったら意味がない」


 そう答えながら羊肉のステーキを切り分けていく。

 今日はかなり奮発したのだ。


「ねえ、ジェフリー。楽しい? 今の生活」

「……楽しい訳がないよ。姉さんがいない生活なんて」

「本当に? ジュース販売機とか作って、楽しかったんじゃない?」


 姉さんの柔らかな微笑みを前に、いつか盗み聞いてしまった話を思い出す。

 ”本当はずっと一緒にいたかった。だけど、あいつにはあいつの才能を活かして欲しいと思うんだ。私は”

 ――あの時に聞いた言葉が、脳裏を過る。


「……まったく楽しくないかと言えば、嘘になる。

 けれど、疲れるんだ。あそこにいると。あの場所にいると、考えてしまう。

 父さんが、母さんが生きていたのならどうなっていたんだろうなんて」


 あのエルト相手に嫉妬している自分を自覚するたびに嫌になる。

 貴族という身分に未練などなかったはずだ。けれど、もしも両親が生きていてサーヴォ家の領地が残っていたのなら、どういう人生を歩んでいたのだろう。

 そんな考えが脳裏に走るたびに、失くしたものを自覚して古傷が痛むような幻覚に襲われる。俺自身は何の傷も負っていないのに。


「そっか、そう、なんだね……そう、だよね……」


 悲しそうな姉さんの表情が、胸を刺す。

 姉さんは思っているのだ。俺に機械魔法の才能を活かして欲しいと。トリシャと同じように。

 けれど、俺はそうする気になれない。過去を思い出したくないと思うから。


「……分かった。私、待ってるね。ジェフのこと」

「ごめん、姉さん……」

「謝る必要なんてないよ。私だって一緒にいたいから。でも、少しだけ悲しいかな――」


 姉さんが水を一口ばかり飲み込む。

 何か言葉を返そうかと思ったけれど、俺は何も言えなかった。


「――ジェフには、昔のことなんて忘れて、私のことなんて気にしないで、凄い魔法使いになって欲しいとも思うから」


 真正面から向けられた言葉、それがどうしようもなく突き刺さる。

 そうか、姉さんまでもがそう望むのか。

 ……俺は、いったい、どうすればいいのだろう。


「シェリー、姉さん……」

「でも、これは私が強制することじゃない。戻ってきてほしいとも思っているし、大成してほしいとも思ってる。

 どっちも本気でそう思っているんだから好きに選んで、ジェフは。自分の人生を――なんていうのは、少し卑怯かな」


 自嘲気味に笑う姉さん。

 本音を言えば、姉さんに決めて欲しかった。姉さんがそうしろと言い切ってくれるのなら、俺はそうするはずだから。

 けれど、それを願う事こそ卑怯というものだ。自分の人生を貴女に委ねるのは、姑息な責任回避に過ぎない。


「……いいや、俺はきっと姉さんの言ったとおりにすると思うから」

「ごめんね、ジェフリー」


 そう答える姉さんを見ていると、辛かった。

 姉さんの望むように生きられない自分自身が。そして、そう生きられないことさえ押し通せない自分もそうだ。

 ……金を稼ぎ、土地を買い戻して帰る。それ以外には何も要らないと姉さんに宣言できずにいる自分が嫌になる。


「でもね、ジェフ。本当に身体には気をつけてね……? タンミレフトみたいな無茶は二度としちゃダメだよ」

「もちろん。あれ以来、あの手のものには関わらないようにしているさ」


 アティに言われた通り”ベースメント・オルガン”の名前は、あれ以来一度も口にしていない。

 リリィ・アマテイトの誘いも、マルティン・ヴィアネロの誘いも、断った。

 けれど多少の無茶はしなければどうにもならないから、エルトの誘いに乗ってシャープシューターズを始めたのだ。


「なら良かった。じゃあ、あとは楽しんでね。今の生活を。

 その終着点が私の元に帰ってくることだけだとしても、ジェフの才能が活きる今は無駄にならないはずだから」


 姉さんの言葉に頷く。頷くことしかできなかった。

 ……その夜は、手を繋いで帰った。姉さんと一緒に。

 残り少ない時間を慈しみながら。

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