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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2章「機械仕掛けのストライダー」
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第56話

「――チェンジバレット・フリーズショット」


 音声認識は正常に作動した。銃身内部の術式が走る感覚が分かる。

 さて、問題はここからだ。内部機構の改造と術式の書き換えだけで再現できたのか。

 ニコレットの発明した冷却弾を模倣できているのか。俺は今から、それを試す。


「ハァ――っ!」


 引き金を引くまでに、少し時間がかかった。柄にもなく緊張していた。

 ケイの研究所、その中での試射に過ぎないというのに。

 どうやら少しは俺も思っているらしい。ニコに負けるはずがない、あいつの発明くらいすぐに模倣できると。

 これが過信なのか否か、その答えが出るこの一瞬に俺は緊張していたのだ。


「おめでとう。実験は成功ね? ジェフ」

「……祝うことのほどじゃない。お前の設計図をもらっていなければできなかったことだ」


 今回の事件からしばらく、俺たちはシルキーテリアに留まっていた。

 ケイが俺の考えていた”機械魔法による大規模魔術式の起動”に興味を持ったからだ。

 だからしばらく留まることにした。俺ももう少し姉さんと一緒にいたかったし。


「けれど、こんなもので良かったの? 今回の貴方への落とし前は」

「良い。ただ、姉さんには別に尽くしてやれ。あそこまでされて、お前を心配してたんだぞ、姉さんは」


 ……痛いところを突かれたようにニコレットが沈黙する。

 こいつのこういうところを見るのは久しぶりだ。


「……クリスはどうだった? 取材されたんだろ?」


 こちらから話題を変える。俺が今のニコレットを追い詰めても得るものはない。

 落とし前は着いている。あとは姉さんとニコの話でしかない。


「博識ね、彼女。貴族と魔法の関係について異様に詳しいわ」


 異様に詳しいという評価を下せるニコレット自身もまた、貴族の中でもかなり詳しい方だ。

 機械魔法を禁じられたことが理由で、政魔分離の原則についてかなり調べていた。抜け道を探していたのだろう。


「魔術史学を専攻しているからな、論文も書き上げていてかなり話題になってた」

「聞いたわ、慈悲王についての論文を書いていたんだってね。彼女が得たのは”死竜殺し”の二つ名だけじゃなかったんだ」


 死竜殺しのクリスティーナ、それが彼女の持つ英雄としての異名。武勲を称える二つ名。

 けれど、彼女の実力は戦うことだけではない。

 魔術史学という分野において論文を書き上げるほどの才女でもある。

 元々が、その取材のためにグリューネバルトを訪れていたと聞く。つまり最初から彼女は自分の目的のために動いていたということなのだろう。


「今回は何を書くって言ってた?」

「――政魔分離の原則は、機械魔法使いに適用されるのか」

「これまた波乱を呼びそうな話だな」


 エルトが拳銃を持とうとしない理由、ニコレットがその生き方を歪ませた原因。

 魔法使いは貴族の領主ならびにその親にはなれないという原則。

 ……それが機械魔法にも適用されるのか、否か。これについてはまだ答えが出ている話ではない。


「クリスはどっち寄りで書くつもりなんだ?」

「機械魔法は誰にでも使えるから政魔分離には抵触しない。そういう方向にしたいらしいわ」

「なるほどな……となるとお前にとっては厄介じゃないか? 貴族の地位が戻ってきてしまったらまた嫁に出されるだろ」


 こちらの言葉に挑発的な笑みを浮かべるニコレット。

 ああ、良いな。これでこそ、この女だ。


「――あちら側への転移を確立した機械魔法使いなら、手放したいなんて思うはずもないわ」

「くくっ、確かに。だが、世界間転移術式の欠落についてはどう埋める?」

「ベータの空間転移から近づく、クリスの父親が持つ固形化術式を手に入れる。それくらいかしら。私が思いつくのは」


 前者からの方法で行ければ、手持ちの札だけで目的を達成することができる。

 しかし後者の方が既に確立された方法を模倣する分、現実的だろうな。

 まぁ、そもそもクリスの父親に会うこと自体の困難さがネックにはなるが。


「ねぇ、ジェフ。貴方、こっちに来ない? ケイの最後の研究、貴方が居れば飛躍的に話が進むわ。今、貴方に離れられたくない」

「……俺は、トリシャに土地を買われている身だ」

「トリシャだって首を横に振ることはないんじゃないかしら? 少なくともジェフの才能が埋もれることはないんだから」


 ――確かに、トリシャが断ることはないだろうな。俺もケイもこの話に頷いているのならば。

 けれど、俺自身はどうだ? シルキーテリア家で”さすらい人の世界”への転移方法を探りながら生きていくということをどう考える?

 アカデミアよりも姉さんとは近いけれど、それなりに距離はある。生活の本拠はシルキーテリア首都に置かなければならない以上、姉さんとの生活に戻れないのは同じだ。


「……5年だ」

「最初の見積りよね? 転移装置完成までの」

「ああ、だが、実際にはそれ以上にかかるだろう。あの時は見通しが甘かったからな」


 6年や7年で済むだろうか。いいや、冷静に考えれば10年がかりの仕事になるかもしれない。

 ケイが生きているうちに実現できるかも怪しい。

 ……仮に転移装置が生まれれば莫大な富を手に入れることができるだろう。そこでならトリシャから土地を買い戻す資金を得られると考えて問題ない。

 しかし、そこに至るまでにかかる時間は最低でも5年、最悪10年以上になる。ならば――


「今の俺なら、シャープシューターズなら、5年もかからない。トリシャから土地を買い戻すまで」

「……ああ、貴方の最終目的はそれだものね。シェリーとの生活に戻ること。たったそれだけ」


 ニコレットの確認に頷く。


「世界間転移を確立できれば、かなり稼げるだろう。だが、かかる時間を考えると”こいつ”で稼いだ方が早い」


 そう言いながら、拳銃を仕舞い込む。俺の商売道具だ。


「――それは残念ね。まったく、貴方ほどの才能に意欲がないなんてふざけた話だわ」

「悪いな、人里離れて育つとこうなる。あと、大規模魔術式の雛型を考えたのは俺だ。あれで稼げたら儲けの一部は回せよ?」

「ふん、そこら辺はケイと話して。でも貴方に稼がせると稀有な才能が埋もれるのが早くなるから、考えものね?」


 ……とんでもない話を。こんなことを言われたらケイの金払いが悪くなるじゃねえか。


「その話、ケイに吹き込むなよ」

「ふふ、どうしようかしらね――?」

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