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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2章「機械仕掛けのストライダー」
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第54話

『……ケイ。私は貴方を行かせたくない』


 もう半世紀も前のことだ。激化した人竜戦争を前に、各貴族は領軍の拠出を求められた。

 無論、シルキーテリア家もその例に漏れずお抱え魔術師として安定した地位を築きつつあった自分もまた戦場に向かうことになった。

 ――現状では、満足な武器もない。2週間寄こせ。そんな要求を押し通して稼いだ時間。そんな中だった。彼女にそう投げかけられていたのは。


『ふふっ、いけませんよ、殿下。私が行くことによって拠出する領軍の数がどれほど減らせるか、知らない訳じゃないでしょう?』

『……その分、貴方に酷な役割を担わせることになります。それが辛いのです、私は』


 彼女に向けてもらえる心配が嬉しかった。以前の自分では考えられなかったことだ。

 使い捨ての駒としてボックスシップに潜入し、辿り着いた見知らぬ世界。

 そこで彼女に出会い、認められ、魔術師として重用された。その果てがここであるというのなら、戦場であるというのなら、甘んじて受け入れよう。


『元より私は行く当てもない身。殿下が去った後のシルキーテリアに居場所はないでしょう』

『……それは自分を過小評価しすぎです。ケイ、貴方はもう、私がいなくてもこのシルキーテリアにいなければいけない人材だ』


 彼女が嫁いでいくこと。このシルキーテリアから離れること。

 その相手が貴族であること。どうしようもなかった。全てがどうしようもなかった。


『――ニネット、私は貴女の家臣だ。何があろうとも貴女の魔術師だ』


 魔術なんてもの、実際のところは何も知らない。

 自分の持ち合わせていた科学知識と万能鉱石で、魔法の真似事をしているに過ぎない。

 だから、貴女が居なければ私は魔術師などとは名乗らなかった。ニネット、貴女に出会い救われていなければ。


『ケイ……であるのならば、私から最後の頼みがあるのです』

『ハッ、なんなりとお申し付けください』

『此度の戦争を死に場所とすることのないように。必ず生きて帰るのです――』


 ――あの時、もしもニネットにああ言われていなければワシはこれを用意しただろうか。

 動く城とまで呼ばれた堅牢な兵器、鉄の亀・ビッグタートルを用意しただろうか。

 もっと攻撃的で、同時に脆いものを造り上げていたんじゃないだろうか。


「……長いこと付き合わせて悪かったのぉ、ビッグタートル」


 半世紀前に開発した兵器をずっと使えるようにしていたのは、個人的な感傷に過ぎない。

 祭典や巨大な建築のために若干は使ったが、本来であれば核の万能鉱石だけを残して解体していてもよかった。

 それが出来なかったのは、ニネットのために開発した最後の兵器だったからだし、こいつとともに1年以上戦場を駆けたからだ。

 余りにも思い出が多すぎた。自分自身で引導を渡せなかったのだ。


『……良かったんですか? ドクターケイ。

 あれ、愛用されていたんですよね? 壊してしまって』


 ニコレットの活躍を眺めていた時に投げかけられた問い。あのクリスからの言葉がまた聞こえてきた。

 ……良いのだ、これで。ニコレットの船出に打ち上げた花火、引導としてはこれ以上は無いだろう。

 今まで貴族としてのニコを考え、遠ざけてきたがその必要もなくなった。それもこれもお前のおかげだ、ビッグタートル。


「――綺麗な花束ですね。ドクターケイ」


 当時から世話になっている花屋で仕立ててもらった花束を手向けた。まさにその時だった。

 クリスティーナが話しかけてきたのは。

 ……これは、あれじゃな。機会をうかがっていたな。そうでなければこんな絶妙なところで話しかけられるはずもない。


「すまない。約束の時間じゃったかな」

「いいえ、まだ少し早いですよ。たまたま見かけたので声を掛けました。お邪魔でしたかね?」


 柔らかな笑みを浮かべる少女を見ていると、あやつの娘とは信じられない。

 母親の血が濃かったのか、それとも彼女自身の培ったものなのか。どちらにせよ、育ちの良さがにじみ出ている。


「いや、邪魔ではないよ。それでなんじゃったかな? 今日は」

「ふふっ、取材ですよ。ドクターケイ、貴方の機械魔法について教えて欲しいのです」


 こちらの確認に、快く答えてくれるクリス。

 覚えていたことではあったが、もう一度確認してしまった。


「魔術史学か。これまた変わったものに興味を持っておるものじゃ」

「ふふ、トリシャ教授の専攻分野でもありますよ。それにボクにとってはこの世界を知る一番の近道なんです」


 世界を知る近道か。なるほど、こちら側に”学院生”という身分を用意された才女らしい考え方だ。

 強い役割を持たずに、あちらからこちらに来たのだ。興味は世界へと向かうか。

 そして、地球にはあり得ない技術である魔法を読み解こうとする。分からなくはない動きじゃが、それでここまで意欲的に動くとは。


「よかろう。では案内しようか。ワシの私室へ」


 ――クリスを連れて、研究所の中でも自分のためだけに用意した部屋へと入る。

 ここに置いてあるのは蔵書の類いと、そしてひとつの絵画を飾っていた。


「……ビッグタートルと、若いころのケイさん、ですか?」

「うむ。それと当時のワシを拾ってくれたニネット殿下じゃ。亀の完成と彼女が嫁いでいくのが同時期じゃったからな」


 ワシは戦場に、彼女は嫁入りに、共にシルキーテリアを離れる少し前だった。

 馴染みの絵描きに彼女が頼んだのだ。自分とワシとビッグタートルとを描いて欲しいと。

 ……未だにワシはそれを未練がましく飾っているという訳だ。


「――ニネット殿下というのが、ケイさんが初めてこちらで出会った相手、なんですか?」


 恐る恐る確認をしてくるクリス。なるほど、察しが良い。

 そして、同時に過剰に踏み込むことを避けようとする思慮深さも感じる。

 物書きから取材を受けるのは久方ぶりじゃが、面白い時間になりそうじゃ。


「うむ、その通りじゃ。

 こちら側に来てしまったワシが最初に出会ったのが、ニネット・シルキーテリア殿下。この街のお嬢様じゃった」

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