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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2章「機械仕掛けのストライダー」
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第53話

「――残念だったな、エルト。ニコをケイに取られて」


 ニコに騙され、シェリー姉さんをここに連れてきてしまったことへの詫びがしたい。

 そんなエルトからの誘いを受け入れてしばらくの時間が過ぎた。

 一通りこいつの謝罪を聞いた。元々ニコのことを野心家として好いていたこと、その野心を見抜き切れなかった悔しさ。全てを聞いた。


「本当だよ、あと1歩で念願の機械魔法使いを雇えるところだったのに」

「まぁ、相手はあのドクターケイだ。あいつに出てこられたら勝てるわけがない」

「分かってるよ、そんなこと……」


 そう言いながらヤケ酒を煽るエルト。こいつのこういう表情を見るのはなかなかに珍しい。

 本気で考えていたんだろうな。ニコを手に入れてから何を開発させるのかを。


「……ねえ、ジェフ。来てくれないかい? カーフィステインに」

「言ったはずだぜ、俺を雇いたいのならトリシャから俺の土地を買い取れって。報酬はそれ以外にはない」


 俺からしてみれば、地主がトリシャからカーフィステイン家に代わってアカデミアの学院生からカーフィステイン領のお抱え魔術師になったところで何の問題もない。

 その話は以前にもしている。シャープシューターズになってしばらくしたころに。

 でも、あの時にダメだったのだ。事態が好転しているはずもない。


「……それが無理だから人情に訴えているんじゃないか」

「ケッ、俺がそういうの嫌いだって知ってんだろ?」


 こちらの言葉に曖昧な笑みを浮かべるエルト。この話題においてこちらが折れないことは知っている。

 知っていてなお同じ話をするということは、相当に酔っているんだろうな。こいつ。


「あー、僕も機械魔法に手をつけてみようかな……」

「分かるのか? 組み立て方法とか、原理程度で良いのなら説明してやるが」

「……正直、さっぱり分からない。今回、1発ばかり撃ってみたけど、それだけだよ」


 この感じだと、使う側にはなれても、造る側にはなれなさそうだな。

 けれど、それで良いのだろう。人には向き不向きがあるのだから。

 エルトほどの人心掌握術を持っている人間が、あえてこちら側に来る必要もない。


「まぁ、お前には無理だろうな。貴族という立場、手放せないだろ?」

「……いいや、手放せる。僕の目的はカーフィステイン家への利益、そしてそのことによるスカーレット王国への利益だ。

 貴族の次男坊としての立場なんて、それ以上の何かが手に入るのなら、捨てられる」


 エルトの赤く染まった頬を眺めながら、少し笑みが零れる。

 間違いなく酔っている。珍しいな、本当に。


「お前はニコじゃない。お前が貴族を捨てたって手に入るものはないね」

「……言ってくれるじゃないか。僕に機械魔法の才能はないと?」

「ねえよ。お前さ、俺を通して機械魔法という技術に興味はあったのに、トリシャの本の1冊も読んでないだろ?」


 エルトの眉が若干歪む。


「――読んだよ、読んでるに決まってるじゃないか」

「そうなのか? ならお前、読んでて組み立ての原理を分からないって言ったんだな」

「むっ……そうだよ。読んで分からなかったんだ。確かにないんだろうね、才能」


 こちらから突き付けるまでもなく素直にそうぼやくエルト。

 物分かりが良くて助かる。


「機械魔法の才能なんてなくたって、お前には別の才能があるさ。

 ……よく、ニコレットを止めくれた。あいつの親友として、感謝している」


 俺の言葉に、ふやけていたエルトの表情が鋭利なものに戻る。

 こちらが真剣な話をしたのだと理解したらしい。


「……親友か。お人好しだね、相変わらず」

「ニコレットを止めたお前だってお人好しだろ? 好きだぜ、そういうところ」


 言いながら俺もグラスを傾ける。焼けるような酒の味が喉を焦がす。


「……まぁ、僕がニコレットを止めたのは、僕があいつを見込んでいたからだ。

 さっきも話したけど、彼女の胸には何かしらの野心がある。そのことはだいぶ前から感じていた。

 本当の意味で野心家の貴族というのは少ない。せいぜい跡目争いの時にだけ、今まで出してもいなかった色気を出して事態を混乱させる阿呆ばかりだ」


 エルトの辛辣な貴族評を遠巻きに聞いておく。

 なるほど、こいつの考えはこれな訳だ。通りで初対面の時に、野心家は俺しかいないように見えたと声をかけてくる訳だ。

 ニコレットのことを好いているのも分かる。実にこの男らしい。


「野心を抱けば壁にぶつかる。今の自分ではできないことが見えてくる。

 それを前に時間をかけ、労力を投じ、どう超えるか、いつ超えられるか、次はどうするか――そういう考えを積み重ねていける者こそを僕は尊敬する。

 だから僕は君が好きなんだ。たとえその目的がお姉さんと田舎の奥地で暮らしていくことだけだとしても、そのためにいくつものことを成そうとしている君が好きだ」


 そして、そんな野心を抱いているように見えたニコレットが好きなんだ。エルトはそう続けた。


「……だからこそ、今回のニコレットには少し失望もしたんだよ」

「失望?」

「そうだ、彼女には僕が提示した逃げ道が存在していた。こんなの、冷静になって考えれば誰だって思いつくことだ。

 なのにニコは、さすらい人の世界に新天地を求めた。全てを投げ出してでも新天地に行くことだけに活路を見出した」


 ……いや、お前みたいな大胆な発想をする人間がそうそういてたまるかよ。

 そう突っ込みを入れたくなったが、やめておいた。酔っぱらったエルトは完全に饒舌になっていて、割って入るのも難しかったからだ。


「新天地というのが、女神のいる天の国だというのならそれを認めよう。

 けれどさすらい人の世界だって楽園ではないはずだ。見知らぬ人間であふれた場所だ。

 そんな場所に飛び込むくらいなら、こちら側で打てる手を尽くすべきだと思うのさ」


 実際、ニコレットはそれで上手く行ったのだから結果論としてはそうなのだろう。

 見知らぬどこかに人生の活路を見出すよりも、今ある手札を使えるだけ使った方が良い。

 エルトの考えに間違いはない。正論を言っていると思う。


「……お前の言ってることは正しいよ。けれど俺、分かるんだよな、ニコレットがなぜこういう方法を取ったのか」


 ”王国貴族なんて永遠に見なくて済む場所だよ? ジェフ”――そう、ミハエルの言葉が反響する。

 自分の生まれも、過去も、何も気にしなくて良い場所。持って行ったものと連れて行った人間以外に、自分を知るものが何もない場所。

 確かにそれは魅力的なのだろうと思う自分もどこかにいる。


「ジェフ、リー……それは君が、昔のことを思い出したくないから、なのかい?」

「――今回、ミハエルの奴に言われた。姉さんと一緒になら、あっちに行っても良いはずだって。

 王国貴族なんて永遠に見なくて済む世界だって」


 ……俺の言葉を前にエルトは静かに酒を煽った。


「貴族というものを見たくないから、君はここよりもさらに奥に戻ろうとしている。

 なんなら、あっちに行くことでさえも魅力的に聞こえる。そういうこと、なんだね……」


 ありていに言えばそうだ。否定する要素はない。

 

「……行くなよ、ジェフ。

 君はこのスカーレット王国に対して大きな利益をもたらす機械魔法使いになる男……いいや、僕の相棒なんだから」


 そう言ったエルトがこちらにもたれかかってくる。


「……行くつもりなら、ニコレットを止めちゃいないさ。

 それこそお前の言った通りだ。逃避の先が楽園であるはずもないんだ」


 地球という場所が、楽園でないのならそこへの逃避に価値を見出したところで、今よりも大きな困難が立ちはだかってくるのは目に見えている。

 ……けれど、それさえ度外視したニコレットに気持ちも分からなくはない。それだけの話だ。それだけの。


「ふふっ、そう分かっているのなら、安心できるか」

「ああ、少なくともトリシャから土地を買い戻すまでは付き合うさ」

「……なら、シャープシューターズは安泰だ」

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