第51話
「……いやぁ、不思議な気分ですねえ」
ドクターケイの研究所、その屋上でボクらは眺めていた。
ニコレット・シルキーテリア、一世一代の大勝負を。
「いや、本当だよな。なんでこのメンツでニコ対ビッグタートルなんて見ることになったんだ……?」
「ふふっ、よいではないか。新たな機械魔法使いの誕生、ニコの船出じゃ」
――ざっくり言うと全員集まっていた。
地下に潜入していたドクターケイとバトーさんも合流していたのだ。
ちなみに今、バトーさんはミハエルの事を睨みつけている。
「……怒ってます? バトーさん」
「逆にそうでないと思う理由が何かあるか? 状況が状況なら半殺しだぞ」
「まぁ、そう怒るなよ、バトー。転移装置を壊したのはワシじゃ、こやつがどう動いていようと結果は変わらぬ」
そういう問題じゃないと言いたげだったけれど、バトーさんはドクターケイへの反論はしなかった。
始まったからだ。ニコレット殿下の戦いが。
『シルキーテリア領軍各員、今すぐビッグタートルから距離を取りなさい――』
拡声器を使ったニコレット殿下の声が響き渡る。
そしてボクらよりも前、領軍さんたちから良く見えるところにニコレット殿下は躍り出た。
『――この敵は、私、ニコレット・シルキーテリアが預かる!』
ビッグタートルが振り下ろそうとした腕に向かって冷却弾を放つニコレット殿下。
そうして周囲の空気が凍り付き、巨腕はその動きを止める。
……さて、滑り出しは上々。領軍の皆様方はもう既に目撃した。彼女が拳銃を放ったところを。
「――かっこいいなぁ、ニコレット♪」
ボクの隣でシェリーさんが楽しそうに見つめている。
しかし、元々影の方に隠れているとはいえ、こうしていても気付かれないとはバトーさんの持つ光学迷彩の力も凄いよな。
いったいどういう技術なのか、さっぱり分からない。
『行くわよ、ベータ……!』
『はい、マスター♪』
拡声器をぶん投げて、2丁の拳銃を引き抜くニコレット殿下。
そしてベータさんの方は、巨大な銃に見せかけた小道具を構える。
そこから発射されるのは大量の水だ。あの銃から出ているように見せかけて、実際には近くの川と空間を繋いで転移させているらしい。
「……うっわ、本当に凍り付きやがった」
ベータさんが行った大量の放水。そこに乱射された冷却弾が、流れる水すべてを凍らせた。
研究所の屋上とビッグタートルの間に氷の橋を作り上げたのだ。
……ジェフさんの感嘆もよく分かる。あれ、本当にどれだけの冷却力があるんだろう。つくづく恐ろしいものを造り上げているものだ。
(あれを防ぎ切ったんだよね、慈悲の王冠って……)
あんなものを相手に”好きなだけ撃っていい”とかやっていたのかと思うと肝が冷える。
一歩間違ったら死んでたよ、あれ。
「あ、歩いてる……!!」
「殿下……ァ! 危険ですっ!」
「何がどうなってんだよ、殿下が捕まってるんじゃ……?!」
遠くからでも領軍さんたちの声が聞こえてきた。これで目的達成だ。
ここから先は純粋な見世物に過ぎない。ニコレット殿下によるビッグタートル解体ショーだ。
「……良かったんですか? ドクターケイ」
「何がじゃ?」
「あれ、愛用されていたんですよね? 壊してしまって」
ボクがドクターケイに質問している間にも、ニコレット殿下はゆっくりとその歩みを進める。
ベータもまた静かに彼女に随行する。
その姿を見ればベータがニコの部下であることは誰の目にも明らかだった。
「良いんじゃよ。あれも核は万能鉱石、今のところワシかベータにしか動かせん代物じゃ。
ワシが生きているうちに再び使う機会は無かろう。ベータにくれてやるくらいなら、ニコの船出に散る花火にしてやったほうが良い」
シェリーさんには使えないのだろうか。そんなことを聞こうかなと思っていた。
でも、そんな気は失せてしまった。ビッグタートルを見つめるドクターケイの表情が余りにも美しかったから。
きっと、今言葉にしている以上の想いがあるのだろう。あった上でニコが壊すことに同意しているんだ。それを見つめる彼を邪魔したくなかった。
「……終わりましたね、ジェフリーさん」
「ああ、面倒なことに巻き込んで悪かったな、クリス」
「いいえ、ボクが首を突っ込んだだけですから。それに面白いものにも立ち会えました」
トリシャ・ブランテッドとジェフリー・サーヴォが鍵になると思っていた。機械魔法の発展史を語る上で。
けれどこんなところにあんな人が居たのだ。ニコレット・シルキーテリアほどの逸材が。
本にしたとして書ける部分はまだ少ないけれど、彼女を知れたこと、彼女との関係を作れたことは今後にとって大きな一歩になる。
それにドクターケイにだって色々と聞くチャンスがあるだろう。ここからが本番だ。
「なぁ、クリス。どうして魔術史学なんだ? さすらい人の君が、どうして?」
「ふふっ、ボクが余所者だからですよ。この世界のことを何も知らなくて、知るたびに面白くなって、もっと知りたいなって。そう思うようになったんです」




