第50話
――エルトさんの話は本当に刺激的だった。
ニコレット殿下を相手に、カーフィステイン家のお抱え魔術師にならないかと誘ってみせたのは。
政魔分離の原則を前にそれを逆手にとって貴族に戻れなくなれば良いというのは本当に、貴族の中でも危うい橋を渡ってきた貴族ならではの発想なんだろう。率直に言って好きだ。
「……じゃあ、この状況を利用するのはどうです? エルトさん、ニコレット殿下」
だからボクは一歩踏み出していた。彼らの企みに参加したいと思ったからだ。
彼ら2人は、領軍がどういう風な命令で動かされているのかを知らない。
ボクの持つ情報が必要になる。
「ほう? どういうお考えをお持ちですか? クリスさん」
「まず、ブルーノ陛下は今回の事件を”ベータという古の機械人形がニコレット殿下やシェリーさんを誘拐した事件”だということにしています」
主犯がベータで、ニコレット殿下は被害者。ブルーノ陛下はこの筋書きを徹底させている。
それが真っ赤な嘘であることは、もちろんこの場の全員が知っているけれど、領軍の人たちは一握りしか知らない。
陛下の側近だけだ。
「……お父様らしいわね。もしかしたらとは思っていたけれど」
「それだけ大事にされているということでしょう」
ボクの言葉にニコレット殿下は軽く笑みを浮かべた。
彼女の胸の奥までは分からないけれど、信頼と嫌悪の両方があるように見えた。
「僕とミハエルの事はどうなってました?」
「エルトさんはニコレット殿下を助けるために潜入していることに。ミハエルさんはストライダーとしてベータに協力していると。
ざっくり言うとミハエルさんは最悪死なせてもいい、エルトさんは絶対に殺すなって感じです」
ボクの言葉を聞いて笑い出すエルトさん。
「まぁ、僕を殺すとカーフィステイン家と揉めますからね。それにしても露骨だけれど」
「お父様はそういう人よ。けれど、そうなってくるとミハエルも手当てしてあげないとマズいわね」
「そこら辺は、最初からこちらの密偵だったことにすれば良いと思いますよ。それよりも問題は”ニコレット殿下が機械魔法使い”だと知らしめる方法です」
誰が敵で誰が味方だったのか?なんてことは、後から実は潜入していた味方でしたということにしてしまえばどうとでもなる。
「大きい花火が必要になるね。こう、ド派手で、大多数が見てしまうような」
「……目撃者はシルキーテリア領軍で良いでしょうけど、どんな感じにするかですよね」
「領軍が突入してくるのを待つか、それともこっちから出て何かするか。どっちが良いと思う? クリスさん」
エルトさんと会話を進めていく。その中でニコレット殿下は顎を抱えて、静かに考え込み始めた。
「ボクの考えでは後者。外に出た方が目撃者の数が多い」
「確かに。それは一理あります。領軍の突入を待つのも時間の無駄ですしね」
話が分かる人だな、エルトさんは。かなり楽に話が進んでいく。
「――ベータ、ビッグタートルはまだ健在?」
「ええ。とりあえず領軍の侵入は阻み続けています。まぁ、突破されるのは時間の問題ではありますけれど」
ボクが戦っていないほうのベータさんがニコレットさんに応える。
……いや、本当にベータさんが2人いるのはなんなんだこれ。
「あの亀を私が倒すってのはどうかしら?」
「機械魔法をもってあれを倒しますか。面白い」
ベータさんが微笑むのも分かる。実際に最高の見世物になるだろう。
助けに向かった貴族のお姫様が自分たちの足を止めている巨兵を打ち倒したのならば一瞬でニコレット殿下は英雄となる。
そしてその時に機械魔法を使っていれば、ニコレット殿下は完全に機械魔法使いとして認識される。領軍の全員に。
「あとはベータさんが首謀者にされてしまっているんで、どうやって後々のベータさんへの追及を回避するかですよね……」
「――私、ですか?」
「そうだね、彼女ほどの存在をつまらない理由で破壊されるわけにはいかない」
ボクとエルトさんを見てきょとんとしているベータさん。
「……お2人が私を気遣ってくださるとは。恐縮ですね」
「いや、ここまで来たら全部丸く収めたいんだよ。殿下には君の力が必要だろうしね」
「貴女にそう真っすぐと言われると、気恥ずかしい」
少しばかり照れた素振りを見せる彼女が愛らしく見える。
さて、どういう感じにするべきなんだろうか。
「機械魔法使いニコレット・シルキーテリアが、古の機械人形を使いこなしたとかどうかな?」
「行動規範の書き換えをしたってことにする? 流石に私もそこまで出来ないけれど」
「どうせ誰もできないんだ。それで良いんじゃないかな」
エルトさんとニコレット殿下の会話で、だいたいのあらすじが見えてきた。
攫われたニコレット殿下が、自分の機械魔法でベータを支配下に置いた。
だからベータとニコレットが、最後の敵であるビッグタートルを倒す。それもなるべくド派手に。
「転移の連続で空中戦とかどうですか?」
「……悪くないと思うけど、ちょっと見にくいんじゃないかと思うな」
「転移魔法って希少だからそれが可能だと知られたくないのよね」
ボクの案が即刻却下されて少し悲しい……まぁ、言われてみると2人の言っていることも当然だ。
「――空中戦自体は良いと思いますよ。私とニコならできます」
「えっ、できるの……? 知らないんだけど……」
「できます。私が保証します――」




