第49話
――エルトの奴、止めやがった。自ら命を絶とうとしたニコレットを完全に止めてみせた。
しかし、なんだって言うんだ、ニコが機械魔法使いだと敢えて喧伝してからカーフィステイン家で雇うだと……?
よくもそんな大胆な手段を思いつくものだ。そしてそれを実行できる身分をこいつは持っているんだ。貴族同士というのはこういうことか。
「……じゃあ、この状況を利用するのはどうです? エルトさん、ニコレット殿下」
「ほう? どういうお考えをお持ちですか? クリスさん」
エルトとニコに、クリスが近づいていく。慈悲の王冠が解除されていないクリスが。
……エルトのある意味で荒唐無稽な計画にクリスが乗るとは。
魔術史学に精通しているから、こう、実態と後に残る情報の差異には強いんだろうか。
「……とりあえず終わったね。姉さん」
「ジェフ……うん。ありがとうね、ジェフリー」
こちらを抱きしめてくれる姉さんを、優しく抱き返す。
ああ、良かった。何はともあれ、姉さんが無事でよかった。
本当に怖かったんだ、この部屋に入るまで。姉さんと一生会えないんじゃないかって、怖かった。
「……でも、みんな無事で良かったよ。本当に」
「ふふっ、怒ってないのか? ニコのこと」
「どうだろ……とりあえず全部終わったら小言の一言くらい言っておこうかなって」
まったく本当に人が良いな。姉さんは。
けれど、それで良いのだろう。誰も死ななくてよかったと素直にそう思う。
「やれやれ、転移装置が壊されてしまうとはね……」
「お前の思惑も外れたな? ミハエル」
「んー、まぁ、優秀な機械魔法使いが1人生まれるんだ、収穫がない訳じゃないよ」
そう言いながら転移装置を見つめるミハエル。
若干の落胆はあるものの、心が折れている訳ではないように見える。
エルトの言うところの”次”を考えている余裕があるのだ。
「……お前さ、本当に金のために往復転移を確立させたいのか?」
「分かりやすくは金だけど、結局は力だね。革新的な技術だ、こっちにあってあっちにないもの、それを埋め合うことは莫大な流れになる。
それが起きれば状況は変わると思っている」
状況が変わる、か。いったい何をどう変えたいんだろうか。
「既に往復転移を可能にしている奴らがいる、だったよな?」
「よく覚えているね、僕の戯言を」
「……お前、本気でそう思っているんじゃないのか?」
こちらの問いにミハエルは曖昧な笑みを見せた。
「さて、どうだろうね。まぁ、考えても仕方のないことなのは確かだよ」
……まぁ、俺からしてみればベースメント・オルガンを追うような話か。
あちらとこちらを行き来する技術を持つ者たちが、技術を独占して何かを企んでいるかもしれないなんて。
そういうのは御免だ。金輪際、関わりたくない。
「――ねえ、ジェフ。あのベータさん、診てあげられない?」
ミハエルと話し込んでいた俺の袖をシェリー姉さんが引っ張った。
その先には、クリスが打ち倒したベータが倒れていた。
……右足と左腕が外れて、転がってしまっている。相当に重傷みたいだ。
「どういうつもりです……? ジェフリー・サーヴォ」
「戦いは終わった。応急処置くらいしても罰は当たらんだろ?」
「……何も返せるものはありませんよ」
要らないさ、そんなものと答えながら、簡単な応急処置をしてみる。
壊れた場所から魔力のような力が流れ出しているのだ。だから、そこら辺を止めていく。
止血みたいなものだ。
「……やはり貴方も鬱屈した願いを抱えているようですね、ジェフリー・サーヴォ」
「……ニコの渇望に応じて動いてるんだったな? そっちは」
「ええ、適合する人間の強い意志が私の核である万能鉱石の動力源です」
――意志が動力源って、なんというか魔法よりもよほど絵空事みたいな話だよな。
ケイのいた地球の機械ってのはもっとこう、誰が操作しても同じ結果を返すものだと思っていたんだが、そうではない領域もあるらしい。
「ニコは適合してるって訳か?」
「ええ、そうです。彼女ほどの適合者は居ません」
「じゃあ、ニコの味方をしてやってくれ。ただできれば今回みたいなときには諫めろ、勝てない戦いをさせるな」
ニコレットという女がここまで危うい人間だとは思っていなかった。
彼女が持つ機械魔法への憧れがここまで強いものだとも。
今回はエルトが上手く収めてくれそうだが、また同じようなことがあったらシャレにならない。
……まぁ、無いような気もするけれど。
「クリスティーナがいなければ勝てました。今頃は地球の煤けた匂いを楽しんでいましたよ」
「……煤けてるのか、地球ってのは」
「ええ、鉱物資源を燃やしまくってますからね。ここよりはだいぶ空気が悪い」
鉱物資源、ねえ……鉱物が資源って言えるほど価値があるのか。そりゃ羨ましい。
土を掘ったら動力源が確保できるのなら、こっちみたいに人命を魔力にする必要もない。
「あっちに行ったらどうするつもりだったんだ?」
「とりあえずは情報収集に徹するつもりでしたが、まぁ、それでもニコに食べて欲しい料理くらいは考えていましたよ」
「ふふっ、そいつは良い。しばらくお預けになっちまったが、ケイはまだやるつもりだ。その日も来るだろうさ」
こちらの言葉に若干の驚きを見せるベータ。
「ドクターケイは、完成一歩手前のこれを破棄してもなお……」
「――諦めちゃいない。あれはそういう怪物だよ」




