第47話
……私が、機械魔法というものに憧れたのは、きっと近くにドクターケイとトリシャ・ブランテッドという存在が居たからなのだろう。
彼らが操る不思議な金属がカッコよくて、物心ついたときにはもう憧れていた。
幼い日、ケイの眼を盗んで、組み立て前の部品たちから拳銃を組み上げた。そして完成させた。ケイには褒めてもらった。危ないから1人ではダメだと釘を刺されたけれど。
『――ニコレット、お前はシルキーテリア家の人間だ。魔法に手を出してはいけないよ』
ケイに褒めてもらって数日、お父様が私にそう告げた。
言葉こそ丁寧ではあったけれど、私に逃げ道はなかった。
そこからしばらく……それが数年だったのか数か月だったのかは覚えていないけれど、子供のころにとっては永遠に近いくらいケイに会うことを禁止された。
機械魔法に触れることも、話すこともできなかった。
『久しぶりじゃな、ニコ。ワシが世話をしておるジェフリーとシェリーじゃ。仲良くしてやってくれ』
まるで水の中に潜らされているみたいな時間の果て。ようやく会えたケイの元には、ジェフリーがいた。
機械魔法というものを楽しんでいる同世代の少年がいた。ケイに、トリシャに、みんなに天才と持て囃される男の子が。
……別に、あの子が悪いんじゃないってことくらい分かってた。でも、本当にただただ悔しくて、私がいたはずの場所にいるあの子が本当に、憎かった。
『ニコちゃんは優しいね。わたし、ニコちゃんに会えてよかったって思ってるよ』
けれどシェリーは優しくて、あたたかくて、私はあの娘が好きになった。
だから弟のジェフリーを恨み切ることができなくて、機械魔法についての話だけは何度もした。
お父様に止められないように、機械魔法そのものに触れないように気を付けながら。
『――もし、もしもだ。このままワシが転移装置を発展させられなかったのなら、その時はシェリーを守ってほしい。
きっと、ギルドの連中はシェリーを犠牲にしてでも、これを使う。そうなってしまえば、ワシらは二度とシェリーを取り戻すことができない』
1か月と少し前、ケイがシェリーの才能を見出したばかりのころだ。
ケイは珍しく私を研究所の最奥に招いた。父に釘を刺されていて、機械魔法に触れさせないようにしているはずのケイが。
あの日、ケイが私に頼んだことをよく覚えている。よく。
『……どうして、私に?』
『ギルド以外で”あちら側に行く”ということをの意味を理解しているのがお主しかおらぬからじゃ』
『うん。シェリーは守るわ。親友だから』
ケイへの回答とは裏腹に、あの時からもう既に私の思考は答えを出していたのだと思う。
――このまま、あちら側へ転移してしまえばどうなる? 地球という機械が全てを支配する”技術の源泉”に行ってしまえば?
私は自由だ。スカーレット王国貴族としての生まれなんて関係ない。触れたかったもの、触れられなかったもの、あの憧れに手が届く。
(……あぁ、私はなんてことを考えているの。シェリーを利用しようだなんて)
あの娘は身体が弱い。何故かは知らないけれど、人混みが極端に苦手なんだ。
だから農地に籠っている。そんな娘を、地球に連れて行ったらどうなるんだろう。
話に聞く限りでは、かなり人口が多いはずだ。竜族みたいな天敵がいないから。
『私は――』
とても気分が悪かった。気付いたら研究所の見知らぬ部屋にいた。
思えば、あの時から既に導かれていたのかもしれない。彼女に招かれていたのかもしれない。
彼女の中の”万能鉱石”が私という使い手を求めていたのかもしれない。
『――渇いていますね? 貴女はとても渇いていらっしゃる』
気が付いたら棺の蓋を開いていた。その中に眠る彼女に心を奪われた。
衣服を纏っていない身体を見れば分かった。これは機械だ。
精巧に造られた人間の紛い物だ。こんなものがあるなんて、ああ、なんて素晴らしいのだろう。そう思った。
『うん。叶えたい望みがあるの。叶わない夢があるの』
『よろしい。では、私が力となりましょう。貴女の渇望が私を目覚めさせたのですから――』
ベータタイプ・ウェブドールと名乗った機械人形は、私の手足となった。
どんな使用人よりも優秀な彼女を私は信頼していった。私の、誰にも言えない夢を打ち明ける相手を得られたことが嬉しかった。
そしてしばらくの時間が流れた。研究所に籠り切っていたケイはベータのことに気づかなかった。気づかないまま、転移装置の開発を進め、決めた。
転移装置開発の凍結を。シェリーの安全のために。そしてシェリーを逃がした。ジェフリーのいるアカデミアへ。
『……ベータ。私ね、きっと近いうちに嫁に出されるわ』
『けれどそれは貴方の望みではない』
『うん。けれど、どうにもならないんだよ。私、シルキーテリア家の貴族だから……』
貴族として生まれたのだ。そのように生きていくしかない。魔法に手を染めるわけにはいかない。
……ああ、私が人智魔法使いなら良かったのに。
トリシャのような生まれついての魔術師なら、貴族の中に生まれてしまった忌み子なら、魔術師になるしかなかったのに。
『その諦めは貴女らしくはありませんね? ニコ。
私が最初に聞いた貴女の望みは、私を目覚めさせた貴女の渇望は”あちら側へ行きたい”だ。
見知らぬ新天地で、好きなように生きることだ。違いますか――?』
……意図して考えないようにしていたこと。胸に押し込めていた悪魔のような望み。
シェリーを犠牲にする道、あの娘を踏みにじる所業。それが再び、私の前に提示された。
私が愛する機械人形の口から。そして思った。
この人形は、私の鏡みたいだなと。私の意思を糧にする万能鉱石は、私そのものを写しているみたいだった。
『そうね……私は、取り戻すのよ、私の夢を。私の人生は、私のものなんだから』
そのためにシェリーという親友を犠牲にするという不正義には目を瞑った。
思えば、あの時から私はもう後がなかったのかもしれない。
気が付いたら当たり前のようにエルトを騙していたし、ケイに銃口を向けていた。
『――何のつもりじゃ、ニコレット』
『転移装置、起動してもらおうと思って』
『あれにはシェリーが必要じゃ。あやつはもうここにはおらぬ』
ケイの言葉に一言、私が呼び戻したとだけ答えた。
エルトなら違えずにシェリーを連れ戻してくれると確信していたから。
あれはそういう実力がある男だ。
『……ワシが籠っているうちに随分と変わったようじゃな。前にあった時とは別人のようじゃ』
シェリーを守るのだと答えたあの時と、別人か。
当たり前じゃないか。そんなこと。
『当然のことですよ、だって今のニコには私という”力”がありますから』
馬車の中、変装を解いたベータの姿を前に、ケイはゾッとしていた。
この人のこんな顔、見るのは初めてだった。これほどの経験者が、こんな顔をするんだと思うと少し楽しかった。
『ベータ……ニコ、お主……』
『私の渇望が、彼女を目覚めさせたらしいわよ?』
『……よもやそこまでとは。ブルーノめ、見誤ったな』
見誤ったのは貴方もじゃないか、ドクターケイ。
お父様の口車に乗せられて、私を遠ざけておいて、そんなセリフなんて。
『――さぁ、ケイ。どうするの? 私に従うか、それとも』
『従うわけがなかろうて。ワシが何のためにシェリーを逃がしたと思っておる?』
分かり切っていた答えだった。だから、脅しのために1発撃った。
ただの威嚇だった。皮膚を破るか、当たらないか、それくらいの話だった。
なのに、次の瞬間には爆発していた。私の身体は馬車の外へと吹き飛ばされた。
何が起きたのか分からなかった。ただ、次の瞬間にはケイの身体が燃えているのが見えた。燃え尽きていくのが。
『……?! ケイ、ケイ……ッ?!』
殺したんだ、私が。他ならぬ私が殺した。
なんで爆発したのかなんて分からなかった。だから不慮の事故だと思い込むこともできた。
けれどそうは思えなくて、だから思ったんだ。私が、ケイを、殺したんだって。
(……絶対、絶対に果たしてやる。私は、あの転移装置で……!)
最後の覚悟が決まったのは、まさにあの時だった。あの時に決めたんだ。もう決して降りないと。
たとえ私の命が燃え尽きようとも。
そして、結果は出た――私が願った闘争の、決着はついたのだ。




