第41話
――ふん、機械魔法を使うことのできない貴族風情、か。
言ってくれるな、ニコレット・シルキーテリア。
そうだ。僕らは安易に機械魔法を使うことができない。政魔分離の原則に抵触する恐れがあるからだ。
(あれがなきゃ、僕だってもうジェフリーの発明を使っているさ)
けれど、そもそも貴族というのはそういうものなのだ。
人智魔法という人類を滅ぼし得る技術に対する調整弁として生み出された貴族とは、常に決められた制約を守ることこそに意義がある。
機械魔法に対して政魔分離の原則を適用するか否か、それについては議論が待たれるところではあるが、最初に手を付けた数人は確実にその立場を危うくする。
だからジェフリーが貴族であり続けたのならば今の立ち位置はなかっただろうし、僕も手を出せていない。
「相変わらず、化け物みたいね。その身体能力……!」
「誰だってこうなるさ、竜族との戦いを越えればね」
なれなかった奴は死んでいく。僕の故郷はそういう場所だ。
「ッ……速い……!」
ニコレットはこちらに照準を合わせようと躍起だ。
しかし、それを許すことはない。既に距離は詰めつつある。
大胆に動きながら、蹴りを繰り出していけば狙いを定めている暇はない。
「悪いが僕はジェフリーほど容易くはない」
彼ほどの武器は持ち合わせてはいないが、身体能力で言えば彼よりも上だ。
そして戦いというのは全てを利用して勝つものだ。
敵が凄まじい武器を使っているのならば……!
「なに……っ!?」
「悪いね、使わせてもらう」
ニコレットから奪い取った拳銃、それでミハエルとベータを狙い撃つ。
状況は3対1だ。これくらいしなきゃ勝負にもならない。
初手でニコレットとの距離を詰めたのも2人への牽制。ニコレットごとやるつもりでなければ遠距離攻撃は仕掛けられない。
「ッ、エルト……あんた……っ!!」
「ふっ、優れた開発者が優れた戦士とは限らない。誰にでも使える武器の弱さはこれだよ、ニコレット」
使い終わった拳銃を投げ飛ばす。
……そういえばパチンコで弾き飛ばした拳銃、ニコレットはどうやって拾い上げたのだろう? 余りにも動きが速すぎないか?
なんてことを考えていたのが隙だった。
「ご高説ありがとう。これはそのお礼よ」
手甲を纏った右の拳で殴られていた。そこから魔力のようなものが流れ込んでくる。
完全にハマった、意識が飛びそうだった。
「……流石だ、強いね」
「当たり前じゃない。私、この瞬間に人生を賭けているのよ」
「さすらい人の世界に行くことに、ねえ……」
フラつく意識を立て直す。パチンコを仕舞い、構える。格闘戦だ。
相手は少女とはいえ、異様な手甲をつけている。簡単に勝たせてはくれないだろう。
しかし、そうか。これがニコレット・シルキーテリアという女の本性だったか。
(……昔から、何かしらの想いを抱えている女だとは思っていた)
何なのかは分からなかったけれど、彼女が野心家であることは感じ取っていた。
だからこそ僕は彼女に興味を持ったし、頼みを引き受けるくらいに信用していたというのはある。
強い目的を持たない人間は、訳の分からないところで訳の分からない行動を取るものだ。だからこれくらいの強い目的を持った人間の方が信用できる。
(――まぁ、ニコの目的を見抜けなかったんだから今回は僕の負けか)
けれども彼女の目的を知れば思うのだ。確かに腑に落ちる行動ではあると。
しかしながら、甘いな。彼女は認識が甘い。
貴族としての学が足りないか、あるいはやり過ぎた。貴族の子女としての理想形を刷り込み過ぎたのだろうな。
「ちょこまかと……!」
「ふふっ、なぁ、ニコレット。君は甘い。現状が見えていない」
「この期に及んで説教? 何のつもり?」
今から僕は彼女の野望を打ち砕く。仮にそれが成功したとして、だ。
それでニコレットという野心家がつまらない貴族の1人になることはスカーレット王国にとっての損失だ。
彼女のような野心家には偉業を成してもらわなければ困る。それが貴族としてふさわしいかどうかなんていうのは、二の次だ。究極的にいえば国益にさえなればいい。
「――機械魔法を使え。使えることを大々的に公表しろ」
「っ……それが出来ないから私は……っ!」
「できない? どうして? 君の両親が止めるから?」
そりゃ止めるだろう。けれど情報というのは不可逆だ。
「それ以外の理由があるとでも?」
「ならば出し抜くんだ。先手を取れ。後から誤魔化せない決定打を撃て。
そして君が”魔法を使った貴族”だと確定すれば、二度と貴族には戻れなくなる。けれど、それで良いじゃないか。
君にはジェフリーに負けない才能があるんだろう? ならばどこかの貴族が拾ってくれる。お抱え魔術師として」
――いっそのことカーフィステインで雇おうか? そう畳みかけた。
本当ならジェフリーを雇いたいのだけれど、トリシャとの兼ね合いや彼の帰郷願望を考えると無理な話だ。トリシャからジェフを買い取るほどの金は無い。
けれど、この冷却弾や手甲を造ったニコレットならば申し分ない。彼女をカーフィステインに招ければ、ドラゴニアから領土を奪える……!
「魅力的なお誘いね……けれど!」
「ッ、その力、さっきの転移魔法か……!」
ニコレットが”先ほど投げ飛ばした拳銃”を構えていた。
隠し持っていたとかじゃない。これは、転移の応用だ。
くそ、転移術式を使える人間なんてこの世に数えるほどしかいないと聞いていたけれど、それを戦闘に組み込んでくるか、ニコレット……!
「私はもう決めているのよ、地球という科学技術の源泉に踏み出すと。あの世界の技術を手に入れるって――」




