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第15話

「そもそも貴女は、どうしてこのグリューネバルト領に?」


 その質問を投げられたときに、ボクは少し後悔した。

 最初からボクの手の中には、最強の切り札があったんだ。

 それを使うことを考えていなかった。早く切りすぎたら失敗していただろうけど、ここまで持っておく意味もなかった。

 もっと早く、話を進められたのに――


「――トリシャ教授の、いえ、ゴットハルト殿下からの”招待状”を持っているからですよ。フラウフリーデ殿下」

「ゴット、ハルトの……?」


 フラウフリーデ殿下が、息を呑むのが分かる。

 ゴットハルト殿下という名前が、ボクから出ると思っていなかったのだろう。


「はい。本当は、ゴットハルト殿下がアカデミアのトリシャ教授に渡した招待状なんですけれど」


 言いながら、懐に仕舞い込んでいた”招待状”を引き抜く。

 ……しかし思ったよりも早く、そして思ったよりも重役な人に見せることになったな、これは。


「トリシャ教授……ああ、聞き覚えがあります。とても優秀で聡明な女性だと」

「はい。だからこそ、殿下はトリシャ教授に”招待状”を渡したのでしょう」

「それを貴女が持っているという事は、代理なんですね?」


 フラウフリーデ殿下の言葉に頷く。そして、招待状に重ね、もう1通。

 トリシャ教授が書いてくれたボクへの信任状を提示する。

 さぁ、これで完璧に伝わっただろう。今のボクに怪しい部分は何もない。


「ふむ、なるほど。よく分かりました。

 貴女のような人が、居てくれて良かった。

 領民を代表して、改めてお礼申し上げます」


 ――海上霊廟襲撃時にドラコ・ストーカーからベティちゃんを守ったこと。

 そして、ゴットハルト殿下からの信任を間接的にとはいえ、受けていること。

 なるほど、この2つを持ってすれば、フラウフリーデ殿下もボクのことを認めてくれるというわけか。


「いえ、人として当然のことを、したまでです。

 目の前で傷つけられそうな子供を前に、刃を抜かないのは大人ではありませんから」


 ……ボクの故郷では、まだボクは子供と言えるような歳だ。

 でも、このスカーレット王国では違う。

 ここの成人は15歳。ボクもとっくの昔に立派な大人と言うことになる。


「ありがとう、クリス。そんな貴女を見込んで、頼みがあるのです」


 頼み? 貴族の令嬢様からボクに、頼み……?


「なんでしょう? お受けできることであれば、お受けしますが」

「――彼女の、ベティの、そばに居てあげてもらえませんか?」


 何かと思えば、そういう”頼み”か。

 ……ボクの隣に座りながら、ボクの左手を握るベティちゃんを見つめる。

 ベティのそばにいる。それ自体には何の異議もない。少なくとも生誕祭が終わるまでは。


「……それは、グリューネバルトにとっての要人を護衛して欲しいと言うことで、よろしいですか?」


 けれど、育ての兄にボクは教えられているのです。

 ”人の頼み”は”タダ”で受けるな、って。


「ええ、もちろん。相応の報酬は用意しますよ」

「単刀直入で、不躾なんですけれど”相応の報酬”というと、何を用意していただけるんでしょうか?」


 ボクの言葉に、かなりの金額で応えてくれるフラウフリーデ殿下。

 これは、故郷からアカデミアまでの旅路を護衛してくれた”あの人”に教えてもらった相場より少し高い。

 きっと、まだ吊り上げられるのだろうけれど、これでも申し分ない金額だ。


「――分かりました。ただ、ひとつだけ報酬の上乗せをお願いしても良いでしょうか?」

「なんでしょう?」


 一瞬、ほんの一瞬だけ、フラウフリーデ殿下という女性の瞳に呑まれそうになる。

 群青色の瞳に、射抜かれてしまいそうになる。


「っ、ボクは、魔術史学科の学院生です。

 慈悲王ベアトリクス様を題材に論文を書きたいと考えています」

「ああ、取材の協力をして欲しいということですね。

 良いでしょう、手配しますよ。ぜひ彼女の功績が、多くの人々に伝わるように書いて欲しい」


 報酬の上乗せで取材協力を取り付けたところまでは良い。

 けど、そうか。この人に”協力”してもらうということはそういうことだ。

 あの8つの遺体、それが”慈悲王様に殺された自国民なのではないか”なんて方向に深堀して当たってしまった日には何を言われるか分かったものじゃない。


「――まぁ、これでも史学科の端くれ。事実に沿ったものしか書けませんよ」

「でも、どの”事実”を選ぶかは貴女次第でしょう? クリス」


 ……っ、これか、これを”一杯食わされた”というんだ。

 まぁ、いいかな。グリューネバルト家が持つ資料に触れられるというのは大きな利益だ。

 ”慈悲王”という存在に近づけることだけは間違いない。


「では、クリス。本日より貴女とベティにグリューネバルト家の客室を用意します」


 屋敷にある慈悲王様の資料も運ばせますし、ベティと貴女の安全も確保しやすい――そんな風に続ける彼女に有無を言わせるつもりはない。

 ベティにボクという護衛を着けたとしても、ベティの身柄は押さえておきたいと言ったところか。妥当な判断だね。

 タルドさんには悪いけど、ここで”黒苺”に戻ろうとするのは無理だろう。


(まぁ、ボクを見捨てて姿を消したんだ。これくらい甘んじて受けてもらおうか)


 ……しかし、あの仮面の男と姿を消したタルドさん。

 ドラコ・ストーカーに奪われた”慈悲の王冠”

 事態は、かなり危ういよね、これ。ボクとベティの処遇は決まったとはいえ、次にあのビルコがどう動くのか。想像もつかない。


「それでは、クリス・ウィングフィールド。くれぐれも彼女のことを頼みます。彼女は、このグリューネバルトの宝なのだから――」


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