第36話
――他人の機械魔法を見て、素直に驚嘆したのはいつ以来だろうか。
ケイやトリシャのそれはもう何を見せられても驚きはしない。だって彼らは既に”凄い奴ら”なのだから。
けれど今、見せられた”冷却弾”と”追尾弾の妨害”には驚かされた。
(まさか、あのニコレットが、ここまでのものを……!)
ニコレット・シルキーテリアという女が機械魔法に憧れていることは知っていた。
彼女との会話は知識に富んでいて、心地が良かった。
そして同時に理解もしていた。ニコの貴族に生まれたがゆえに魔法に触れられないという立場の歯痒さも。
「ふふ、逃がさないわ――ホーミングレイザー!」
――彼女がそうであるように、俺もまたニコレットにどこか嫉妬していた。両親を失うことなく、貴族という地位に留まり続けている彼女が羨ましかった。
けれど、ここまでの力を見せられれば理解する。俺の追尾弾まで模倣してみせる彼女の技術は本物だ。
ニコレットは機械魔法の天才だ、俺以上の天才なのだ。それほどまでの才女が、これに触れることを禁じられてきた。その苦痛を思えば、なるほどそういうことかと腑に落ちる。
「チェンジバレット・リードショット!!」
迫り来る追尾弾を散弾で殺す。……しかし、あの靴はなんだ?
何を使ってバイク並みの速度を出している? それにこの空間は?
俺たちは何のためにここに誘い込まれた? ――考えろ、考えろ、考えろ、俺たちは今、ニコの策略に落ちている!
「……いつからだ?」
「何が?」
追撃戦の中、幾度か銃弾を交えながら言葉を紡ぐ。
知っておきたかった。彼女が機械魔法に触れ直したのがいつからなのか。
いったい、いつからこうすることを決めていたのかを。
「機械魔法に触れ直したのはいつからだ? 何がお前を連れ戻した?」
「――私がベータを起動させた時から。1か月と少し前の事よ」
1か月強で、ここまで用意したってのか。あの拳銃も、この速度を出している靴も。
全部こいつの発明だろ? ……冗談じゃねえぞ。
「とんでもねえな、お前……!」
ケイの奴が、ニコレットを稀代の謀略家になると笑っていたのが分かる気がする。
本当にとんでもない女だ。
――さぁ、覚悟を決めろ、ジェフリー・サーヴォ。
目の前にいるのは幼馴染のニコレットでも、俺の知ってるニコじゃない。
「ふふっ、ジェフ、貴方がケイの直系で居られるのは今日までよ――!」
放たれる追尾弾を散弾で撃ち落としていく。
ニコレットは今、俺を倒すことに全力を注いでいる。
今まで心のどこかで感じていたニコが俺に向けていた嫉妬が、明確な形になって襲ってきている。
(……ああ、なんて迷惑な奴だ)
けれど、何故だろう。胸が高鳴る。
執念だけで自分に追いついてきた天才が、目の前にいるのだと思うとゾクゾクする。
負けてたまるか――純粋にそう思う。
「これで終わりよ、ジェフ!」
放たれる弾丸、そこから広がった粘着物質がバイクを絡め取る。
――トリモチか?! なんて古典的な……ッ!
「チェンジバレル、ワイヤーガン……ッ!!」
以前、共に戦った女傭兵が愛用していた武器。それを模した新たな機能。
彼女から盗んだ技術を使い、動きを止められてしまったバイクにワイヤーを括り付ける。
俺の身体が投げ出されてしまわないように。それでも身体にかかった圧力は生半可じゃなくて、腕がちぎれそうだった。
「さて、決着ね――もう、勝ち目はない」
なんとか地面に降り立った時には、俺の耳元に銃口が突きつけられていた。
ニコレットの銃口が。
「……冷却弾か?」
「それがお望みなら」
ッ、ヤバイな、これは完全に追い詰められた。
これでもまだ殺されていないのは、ニコが俺に温情をかけているからに過ぎない。
「……お前、凄いな。今回の武器、お前が用意したんだろ? たった1か月の間で」
「ひな形はケイから盗んだけれどね。ゼロから作ったわけじゃない」
「そりゃそうよ。あのケイにだって手本がいたんだ。ゼロから何か造れる奴なんていないし、その意味もない。真似られるものは真似するのが最短さ」
降参だと伝えるために拳銃を2丁、地面に落とす。
「あら、もう諦めるの?」
「勝ち目がないからな。俺を越えたいんだろ? 認めるよ、お前の勝ちだぜ」
「……気に入らないわね、そういうところ」
――ニコが気まぐれに引き金を引いたら、それだけで俺の敗北。
容易く死んでしまうだろう。それでも、なぜだろう。
そうならないんだろうなという不思議な確信があった。
「どうして気に入らない?」
「拘っていないからよ。あなた、機械魔法の才能があるくせに、それに拘っていない」
「まぁな、俺の目的は姉さんと一緒に生きて死ぬことだけだ」
本来、アカデミアでやってる機械魔法科の研究なんてどうでもいいことだ。
そういう風に有名になることに意義を感じていない。
「どうして? 好きなんでしょ? 機械を弄るのが」
「……好きは好きだが、色々あるのさ、色々とな」
都会にいると、もしもまだ自分たちが貴族だったのならと思わされる。
あのエルト相手にでさえ近くで見ていると自覚させられるのだ、心の中にくすぶる想いを。
こんなものをずっと抱えて生きていくなんて、俺は嫌だ。
「――ミハエル? 分かった」
ニコの耳元についている機械が音を立てた。
内容は分からないが、何かしらの連絡が入ったのだろう。
……さて、ここからだ。ここからお前はどう動く? ニコレット・シルキーテリア。
お前は策士だ。まさか俺を越えたいなんていうつまらない欲求のためだけにここにいたわけではあるまい。
「余興はここまでね――」
こちらの足元を射抜くニコレット。
その衝撃に激痛が走る。足先が砕けたみたいな痛みが。
足に開いた穴から血が噴き出してくるのが分かる。
だが、この先だ、この直後のニコの動きに、現状を打破する隙が生まれる……!
「――後で神官にでも治してもらいなさい。死にはしないわ」
激痛の最中、吹き飛びそうな意識を繋ぎ止め、ニコレットがこちらから視線を外す瞬間を待つ。
そうして訪れた一瞬、彼女が踵を返した瞬間に、2丁の拳銃を拾い上げつつ、足元の傷を治癒させた。”太陽の雫”の力で。
ニコに気づかれないように。そして、彼女の眼前から強い光が注ぎ込む。
(そこが出口か、ニコレット……ッ!!)
ニコレットが一歩踏み出した瞬間、ワイヤーガンを放つ。
これは保険だ。そして同時に走り出す。出口がないように見えたこの暗闇、この瞬間に越えさせてもらう……!
「ッ……?! ジェフリー、あんた、どうやってその足で……ッ!」
「言っておくが、機械魔法で治癒したとかじゃねえからな? 過大評価するんじゃねえぞ」
――そして俺は、ニコレットと共に外に飛び出した。
ドクターケイの研究所、その中央、転移装置が用意されたその部屋へと。
クリスよりも一足先に辿り着いたのだ。姉さんが捕らえられたその場所に。




