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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2章「機械仕掛けのストライダー」
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第34話

『どうしてなの? どうしてこんなことを――』


 背後に広がった暗闇、ニコレットが造り出した暗闇、それを潜り抜けた先、そこがどこなのかはすぐに分かった。

 ドクターケイの研究所、その中央、転移装置の目の前だった。

 ニコたちの目的を果たすための場所だ。私の才能が見つかってしまった始まりの場所だ。


『……言ったはずよ、貴女なら分かっているはず。私の夢も、私の立場も』


 ニコレットの表情を見ていると分かった。彼女が罪悪感を覚えているのだということは。

 そして同時に、私の裸眼で見ることで理解した。ニコはもうすでに幾度となく機械魔法を使っているのだと。

 以前に見たときとは何もかも違う。魔力の残滓が身体にまとわりついている。それに、あのベータという人と同じ感じがした。


『私は、貴女の言葉が聞きたい……貴女が私を利用するというのなら、せめて教えて欲しい。その本心を』


 ……私は、どこかで分かっていたのかもしれない。

 転移装置というものが完成して、さすらい人の世界に行けるのだと分かって、喜ぶのは誰だろう?

 生まれ故郷に帰れるかもしれないストライダーズ・ギルドの人たちは当たり前だとして、その他にいるとしたら?


『――私は、なりたかった。ジェフリー・サーヴォのように』


 彼女の言葉に胸が痛む。そうだ、ニコレットだ。ニコレット・シルキーテリア。私の親友。

 この娘なんだ、この娘が誰よりも望むだろう。さすらい人の世界に旅立つことを。

 貴族という生まれゆえに、機械魔法という夢を阻まれ、政略結婚の駒になる未来しかない彼女が。


『……機械魔法を、』

『そう。あの技術を深めていけばシルキーテリアは大きく化ける。この国を変えることができるわ』


 ニコの言葉に、クリスちゃんの語ってくれた未来が重なる。

 ”誰もが使える魔法”が広まることによって世界が変わっていく。

 ジェフリーのジュース販売機を見たときの高鳴りを思い出す。


『だから、トリシャ・ブランテッドを逃しちゃいけなかった。アカデミアの教授になんかにさせちゃダメだったの。

 彼女と共に、誰もが使える魔法を広めていれば、もう既に世の中は変わっていたはずよ』

『……トリシャは、それを望んでいないんだよ。きっと』


 詳しいことは分からないけれど、トリシャって何処か自分の魔法を恐れているんだ。

 ジェフリーよりもずっと機械魔法というものに慎重なんだ。それくらい分かる。近くで見てきたから。


『関係ないわ、そんなこと。彼女のもたらす発明を前に、彼女を逃したこの家への落胆は変わらない。

 ねぇ、シェリー。ケイが死んだ今、誰がシルキーテリアの機械魔法を受け継ぐと思う?』


 ……誰、だろう?


『……ジェフ、リー?』

『ふふっ、そう。あいつを引っ張り出すくらいしかない。あの、貴女と一緒に農民として生きることしか考えていない男を。

 もしくは信用ならないギルドの中から誰か見繕うくらいよ』


 なるほど、確かにそうだ。機械魔法の継承者がいないんだ。このシルキーテリアには。


『――私が成れたのに』

『え……?』

『私が、機械魔法を禁じられてさえいなければ、私が成れた。

 何が7歳で拳銃を組み立てられたよ……できたわ、私にだって! 同じことが私にもできた!』


 ッ……?! 今まで、ニコが機械魔法に憧れていたことは知っていた。

 けれど、知らなかった。彼女もまた幼いころから拳銃を弄れるくらいの才能を持っていたなんて。

 そんなの一度も聞いたことがなかった。


『あいつは7歳で拳銃を弄って、トリシャ・ブランテッドという天才に見初められた。

 私は同じことをして、父に叱責されたわ。貴族の子女がこんな真似をするんじゃないって。

 そこからしばらく、ケイにもトリシャにも近づけなかった!』


 ――知らなかった、何も知らなかった。そんな、そんなことがあったなんて。

 でも、そうだよね。ニコと初めて会ったのってジェフが機械を弄るようになったあとのことだもん。


『だからね、シェリー。私はあっちに行くの。この素晴らしい技術を産み出した世界に、機械が全てを支配する世界に。

 そこで私の奪われていた時間を取り戻す。ベータに出会って分かった、機械魔法に触れ直して分かった。

 私の生きる場所はここなんだ、これに触れている瞬間が私の生きがいなの――』


 彼女の悲痛な叫びにも似た言葉を聞いて、私は理解してしまった。

 もう、ニコレットを止めることはできないんだって。言葉で止まるところにはいないんだって。

 ――私にはもう、何もできない。


『ニコレット、領軍が陣を構え始めました。ここを制圧するつもりだと思われます』

『動きが速いわね、流石はお父様。ビッグタートルで足止めできるかしら?』

『ええ、半世紀前の兵器ですが、メンテナンスは行き届いていたようですから』


 クリスちゃんに破壊された両腕を修復したベータさん。

 ニコに仕える機械人形。きっと、こいつなんだろう。こいつがニコのずっと胸に仕舞い込んでいた夢を焚きつけたんだ。

 ……けれど、それを責めることができるだろうか。彼女の夢を呼び戻してくれたこと自体を否定できるだろうか。


『じゃあ、ビッグタートルの準備を。クリスとジェフは来ている? あの2人は別格と考えて』

『確認できていません』

『分かった、対策を打つ時間はありそうね。ミハエルに転移装置の準備をさせて。あとエルトも呼んであげなさい』


 この場を立ち去るベータさん。そしてニコは私の肩に手を置いた。


『悪いわね、シェリー。私は貴女の想いを踏みにじる。私の夢のために貴女を利用する。

 けれど、きっと楽しいわ。あちらの世界ではよろしくね? 数少ない同郷なんだから、一緒に頑張りましょう――?』


 ……私には、ニコレットが追い詰められた少女にしか見えなかった。

 自分の立場と、自分の夢。その差異に追い詰められてどうしようもない選択をしようとしているようにしか。


(どう、して……どうしてお母さんのこと、思い出すの……)


 父さんの仇を取るんだって、逃げ延びたこの場所で復讐に憑りつかれて生きていたお母さん。

 なんだろう、あのニコレットを見てるとお母さんと重なるんだ。

 その強い欲求に全てを焼かれて、燃え尽きてしまいそうで。


「……助けて」


 言葉が、零れ落ちていた。


「残念ながらそれはできませんね。僕は殿下と思いを同じくしている。貴女を助けることはできない」


 転移装置に私を縛り付けているミハエルが、私の言葉に答えてくれる。


「違うよ、私じゃない。ニコレットを助けて欲しいんだ」

「……? どういう意味です?」

「あいつ、夢に焼かれて死んじゃうよ、このままじゃ……」

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