第33話
「……悪いな、クリス。こんなことに着き合わせて」
ボクの隣、バイクのエンジン音が響く中でジェフさんの声が聞こえる。
聞きなれない音だけど、ウマタロウは怯えてはいない。やっぱりタフな子だ。
「いいえ、これはボクの選んだことだ。シェリーさんを助けましょう、一緒に」
――ドクターケイとの作戦会議を終え、ボクとジェフリーはシルキーテリア領軍と合流していた。
先にケイの研究所を制圧しようとしていた領軍は、思わぬ敵の攻勢によりその足を止めていた。
それが遠くに見えるあのビッグタートル。前回の人竜戦争においてドクターケイが開発し、運用した”鋼鉄の亀”だ。
「……あの手の大型はケイにしか使えないって話だったんだけどな」
「言ってましたね、万能鉱石を使っているから他人には使えないって」
ドクターケイからビッグタートルについては詳しく教えてもらっている。
防御力を重視したそれは、見た目の通り鈍重であるがゆえに壊れない。
領軍たちは何度も突破を試みてはいるものの、その巨大な身体に研究所への侵入を阻まれている。
「ああ、ケイの魔法の半分くらいはケイにしか使えない。
そんなのもあってあいつの機械魔法って人智魔法と大して変わらねえんだよな」
確かに使える人間が限られるのならば、それは人智魔法と変わらない。
ドクターケイの時代に機械魔法が広がらなかったのには、そういう理由もあったということだ。
「……しかし、あれを真っ正面から突破するって改めてどう思うよ?」
「結構じゃないですか、ボクらの武勇伝がまた増えますよ――」
――ドクターケイの研究所、そこに用意されている大きな入り口はひとつ。
機密性を管理するための処置らしい。裏口はいくつかあるけれど、そこに仕掛けようとした領軍は返り討ちに遭っている。
ボクとジェフなら突破できるのかもしれないが、その場合、今の足を使うことは無理だ。バイクと馬で乗り込むことはできない。
「――違いない。それに俺たちが行かなきゃどのみち潜入が疑われるもんな」
そうだ。今、ニコレットたちがいるドクターケイの研究所を制圧するために動いているのは主に3つ。
ひとつはシルキーテリア領軍、ひとつはボクとジェフリー、そして最後のひとつがドクターケイとバトー・ストレングス。
研究所の中にはどうも、万能鉱石のうちいくつかを自爆させるための遠隔術式を操作する区画があるらしく、ケイとバトーはそこに潜入している。
ボクとジェフが敢えて真っ正面からビッグタートルを越えて突入しようとしているのは、2人の潜入を誤魔化すためでもあるんだ。
「そういうことです。行きましょう、ジェフリー」
「ああ、頼むぜ、クリス!」
バイクの駆動音が響くと同時に、ウマタロウが吠える。
ボクは彼の走ろうとする意志を解放した。
「――おお、ケイの弟子か!」
「頼むぞ、ジェフリー!」
流石は故郷だな、ジェフリーさんは色々な人に知られているみたいだ。
ボクなんて、なんで女の子が?くらいにしか言われてない。
「ヒヒン?」
「ふふっ、そう急かすなよ。分かってる――目覚めろ、慈悲の王冠ッ!」
若干の不安はあった。先ほどの戦闘でボクが慈悲の王冠を起動できたのは偶然に過ぎない。
だからまた発動できるのか? そういう不安がなかったわけじゃない。
けれど、それは杞憂だった。今、再び慈悲の王冠は起動し、ボクとウマタロウを炎に包んだ。そして――
「……流石だな、魔法王のアーティファクトは」
十二分に用意した助走の中でトップスピードに到達していた。その中でジェフさんの声が聞こえた。
たく、この中で口を開けるなんて慣れてるんだなぁ。凄い人だ。
「――女神よ、我が闘争に祝福を――」
女神か、意外だな。この人がアマテイト様のことを信じているなんて。
なんというか、無神論者だと思っていた。けれどそうか、このスカーレット王国で無神論者なんてそうそういるわけがない。
太陽神官というものが本当に存在しているこの世界で。
「行くぞ――ッ!!」
爆速で接近するバイクと馬、それに気づいたビッグタートルの腕が振り上げられる。
このまま突っ込めば、あの腕に叩き潰されることだろう。
けれど、ジェフリーは既にその拳銃を構えていた。ならば、彼に任せておけば大丈夫だろう。そういう信頼があった。
「ッ――!!」
放たれたのは2発の弾丸、直後、ビッグタートルの巨大な腕がよろめく。
ああ、これはあれだ。エクスプロードだ。彼の炸裂弾だ。
しかし、最初に見たときよりも威力の増したこのエクスプロードは何なんだろう。
ベータを追い詰めた時にも使っていた強化されたエクスプロードは。
「突っ込め――ッ!!」
ジェフリーの絶叫を聞くまでもなく分かっている。ビッグタートルからの次撃、それが来るまでにこの巨体を越えなければ消耗戦に巻き込まれる。
ボクらの本命はニコレットとベータ、そしてミハエルだ。
こんな時代遅れのアンティークにかまっている暇はないんだ!
「ウマタロウ――ッ!!」
「……ヒヒーンッ!!」
ビッグタートルの左足、それを大きく飛び越える。胴体全てを超えるのは無理でも、足一本程度なら越えられる。
ジェフさんの方は、僅かな隙間をスライディングして滑り込んだみたいだけれど騎兵でそれは出来ない。
だから、跳んで越えたんだ。これでもう、ボクらの道を阻むものはない。
「行け、クリス――ッ!」
放たれる弾丸が、研究所の入り口を破壊する。
それに導かれるままボクらは突っ込んだ。ドクターケイの研究所へと。
「ッ、なんだ、これは……ッ?!」
その先に待つ、深い深い暗闇へと。




