第32話
ブルーノ陛下との謁見を終え、死んだはずのドクターケイが待つというアマテイト教会へと向かう。
ジェフリーとバトーさんとボク、なかなかに奇妙な3人組での移動。
その最中、ボクはどちらにも声をかけることができなかった。感情を見せないような冷徹な表情にその気が起きなかったのだ。
「――いよいよ、ですね」
アマテイト教会についたボクらを案内してくれたのは、敬虔な教徒さんだった。
神官でこそないが、かなり重要な役職を担っていることが見て取れた。
そして彼に導かれた最奥の部屋、この中にドクターケイがいる。それだけ告げて彼は去った。
「……なぁ、バトーさんよ」
「なんだ? ジェフ」
後はこの扉をノックすればドクターケイと会える。そんな場所で2人の視線が交差する。
「……俺は、ケイの考えに従うつもりだ。俺は”転移装置”を壊す」
「ッ、ならば私は――」
一触即発。今、この場で戦闘を始めてもおかしくない。
そんな殺気が充満していく。
「……やはり貴方はその考え、なんですね。ジェフ」
「お前は違うのか? クリス」
「ボクは……シェリーさんを助けるだけです。他のことは、任せます」
自分でも曖昧な回答をしている自覚はあった。
けれど、答えを出せるとも思えなかった。今後、シェリーさんが狙われないために転移装置を壊そうという考えは分かる。
しかし同時に思うのだ。いったい誰がバトー・ストレングスの願いを否定できるというのか。
「――失礼します、ドクターケイ」
ジェフリーの回答を待たず、ボクは扉を叩いていた。
これ以上、ドクターケイという最重要人物を抜きにして話を進めても意味のないことだからだ。
バトーとジェフは必ず割れる。ならばその前にケイを招き入れたほうが良い。
「……少女の声がすると思ったら、君か。
お父さんにそっくりじゃな? クリスティーナ・ウィングフィールドちゃん」
扉の向こう、寝台に横たわり、上半身だけを起こしている老人。
彼が告げた言葉、ボクが父に似ている。その言葉にゾクリとした感覚が走る。
ああ、そうか。知っているのか。この人はボクの父さんを知っているんだ。
「知っているんですか、父のことを」
「まぁな。ワシのトリシャの古き友、今も何か難儀なことに巻き込まれているらしいではないか」
「……それこそ、あっちとこっちを行き来する魔術を持ってますよ、あいつならね」
ボクの言葉に薄い笑みを浮かべる老人。彼がドクターケイなのか。
「ふふっ、あやつのことじゃ。どこかで魔法王どもの遺産を手に入れたのじゃろうな。
だが、あれらには再現性がない。今のワシらの技術でアレを再び生み出すことは不可能よ」
「――魔術式の固形化、成功していた魔法王がいたのですか? ましてやあちら側への転移なんて」
……この期に及んで自分の研究の話かと自嘲したくはなる。
けれど思わず聞いていた。目の前にいる知識の塊に。ボクの先人に。
「いたと考えるほかあるまい。現に君はそれを使ってここにいるんじゃろ?」
「……そうですね。しかし、なぜそれが時代を席捲できなかったのか。歴史に名を残すことができなかったのか」
「さてのぉ、世の中というのは全てが時の運。素晴らしい技術が日の目を見ずに消えていくことがない訳ではない」
いつもなら聞き流す言葉だ。この程度の論拠で”はい、そうですか”と納得などしない。
けれど目の前の老人が言っていると自然と腑に落ちた。
特に機械魔法という稀代の技術を確立しておきながらも、一地方のお抱え魔術師で止まっている彼を見ているとそうだと思うのだ。
「――昔話をしている暇があるのかよ、ケイ」
「ジェフ……相当殺気立っておるな? やはりシェリーは奪われたか」
「そうだ。アンタには悪いことをした。せっかく姉さんをアカデミアまで逃がしてくれたのに」
ジェフさんの拳が震えていた。怒りが全身に充満しているのが見て取れた。
「ニコの策略じゃ。仕方あるまい。あいつめ、相当な女狐に育ったものよ。あれは稀代の策略家に化けるぞ」
何処か嬉しそうに笑うドクターケイ。
なんだろう、彼はニコレットのことを怒っていないんだろうか。自分を殺そうとした相手なのに。
「……嬉しそうだな?」
「ふふ、子の成長くらいしか楽しみがないのじゃ。老いというはそういうものよ」
「悪いがニコレットは潰す。この落とし前、つけさせてやる」
殺気に満ちたジェフの言葉にドクターケイは静かな笑みを浮かべる。
「その必要はない。ワシが転移装置を破壊する。そうすればニコレットは二度とシェリーを狙うことはない」
「……あんた、自分が殺されかけたんだろ? なんでニコを庇う?」
「脅されただけじゃよ。ただ、ベータも居ったからな。逃げるために一芝居打っただけにすぎん」
……ドクターケイ自身からしてみれば、自分を殺そうした相手ではないんだ。ニコレットという人は。
それどころか、子供がやんちゃをしているくらいにしか思っていないようにさえ見える。
「――勝手に話を進めるのはやめてもらおうか、ケイ」
「バトー……お主は反対するじゃろうな」
静かに睨み合うケイとバトー。2人の間に流れる空気に、言葉を失う。
「なぁ、バトー。お主は本気で抜け駆けを許さずに研究を進められると思っているのか? シェリーに危険を及ばせることなく」
「できる。そうしなければ我々ギルドに未来はない」
ドクターケイが立ち上がる。寝台を後に、その両足で。
力強いその姿を見ると、彼が80歳を超えた老人には思えない。
「……ストライダーズ・ギルド全員の帰還、それを本気で望んでいるのはきっとお主だけじゃよ、バトー」
「ッ……そんなことは」
「あったのなら、お主はここで1人では来ておらんじゃろ。信用できなかったか、裏切られたか。そのどちらだ?」
そのうちの後者であること、ミハエル・ロッドフォードが裏切ったこと。
それを告げるバトー・ストレングスの表情は本当に壮絶だった。
自分が交渉役として、使いとして選んだ相手が裏切ったのだ。それもニコレットと内通して。
本気で落としどころを探っていたバトーにとっては痛恨というほかあるまい。
「……ミハエルか。意外じゃな、あやつが」
「1人2人の裏切り者のために我々の希望を手放すつもりはない」
「あんなもの、偶然ワシの手元に入ってきたものに過ぎん。あれに頼らずとも帰還の方法は見つけてみせるわい」
――このドクターケイという男の場合、これが気休めの言葉なのかそれとも本気なのか。
分からなかった。それが分からないくらいに本気で言っているように見えた。
「……お主だって分かっているはずじゃ、バトー。
このままあの”転移装置”が残っている限り、たとえ今回が防げたとしてもまた誰かが仕掛ける。
そのたびにシェリーが危険に晒される。ワシの孫のようなあの娘が」
静かにバトーさんの肩を叩くドクターケイ。
「力を貸して欲しい、バトー。お主以外には頼めないことじゃ」
「……ッ、高くつくぞ、この貸しは」
「分かっておる。依然としてワシの最後の研究は変わらぬ。今回は少しばかりの回り道になるが、なに、すぐに取り戻してみせよう」




