第31話
「――ベータの正体、いったいいつ誰から聞いたのでしょう? 昔から知っていたのですか? それとも」
この質問にどう答えるかで話が変わってくる。
ニコレット・シルキーテリアは言っていた。両親や兄弟は機械魔法に詳しくないから全権を任されたと。その話が変わる。
そして仮に、昔から知っていたというのならば何故ベータが侍女をやることを許していたのか。ここは確認しなければいけない。
「……ケイが、何かしらの技術の塊を握っていることは昔から知っていた」
一瞬、場の空気に静寂が訪れる。何かしらの質問を投げかけようかと思ったが、それは出来なかった。
ブルーノという重鎮の纏う空気がそれを許さなかった。
「彼の機械魔法の根源が機械人形であること、その名がベータタイプ・ウェブドールであること、そしてそれが我がニコレットに取り入っていること。
全てを知ったのは、つい先ほどのことだ。我が領地に戻ってきたばかりのことだ」
やはり、そうなのか。知っているとは思っていなかった。知っているのならそもそもベータと近づいたニコを重用したりはしない。
けれど誰だ。ギルド側におけるケイの側近であったバトー・ストレングスでさえ知らなかったことをブルーノ陛下に伝えたのは、いったい。
「誰から聞いたのですか? どうやって知ったのです……?」
「――ドクターケイ、私が抱える魔術師。彼本人から聞いたのだ」
ッ――?! どういうことだ、ドクターケイが生きていると……?
「生きている……? ケイが……?」
「ああ、そうだよ、ジェフ。考えてもみたまえ、あれは前回の人竜戦争を生き抜いた怪物だぞ。殺したって死ぬものか」
ブルーノ陛下の回答に乾いた笑みを零すジェフリー。
「……なるほどな。死んだふりでもして逃げたって訳かよ」
「そうだ。ベータとニコに襲われたケイは、自らの身体が燃えたように見せかけて逃げ延びていたのだ。
彼の身柄はアマテイト教会に保護されている。だから私にその報せが伝えられた」
……ふむ、見せかけの死亡か。だから”身体が燃え尽きた”なんて無茶な状況になったんだ。
しかもそれを伝えたのが実行犯のニコレットだから情報が歪んで、こちらの推測が立てられなかった。
「陛下。ケイはこの事態、どう収束させるつもりなんでしょう?」
「そういう君はどう考えている? ストライダーズ・ギルドの人間として」
交差するバトーさんとブルーノ陛下の視線。張り詰めた空気にゾクリとした感覚が走る。
「……恥ずかしながら、身内の中に抜け駆けを企む者が出てくることは予想していました。
だからこそ、その者への処罰を徹底するしかないと。ですが陛下、まさかシルキーテリア家のご令嬢がこう動くとなると」
「言いたいことは分かる。引き締めも何もできないと言いたいのだろう?」
ストライダーズ・ギルド内部の規律、数人の帰還のために全員が帰還できる可能性を摘んでしまうこと。
シェリー・サーヴォという現状唯一の鍵を連れてあちら側へと行ってしまうこと。
それはギルド全体としては封じたい動きなんだ。だからバトーという男の人がこう考えていることは自然なことだ。
ましてや、咄嗟にジェフリーを庇うくらいのお人好しならば信頼に足るのだろう。
「――ケイは”転移装置”の核を破壊するつもりだ。万能鉱石を壊す」
「ッ……?! それでは我々の帰還が……!!」
……転移装置の破壊か。これまた大胆な一手を打つつもりみたいだな。
バトーさんの愕然とした表情も当然だろう。
ボクとしても、そこまで覚悟を決めているとなると肝が冷える。
「……あちら側への帰還は、ケイの悲願だ。
彼はよく”もう自分が帰っても仕方がない”と言ってはいたが、胸の底からそう言っているとは思ってはいない。
特に、しばらく昔のケイのことを思い出すとそうだった」
ならば……!と一歩踏み出すバトー・ストレングス。
彼の前に領兵が立ちはだかり、ブルーノ陛下は静かに彼らを制した。
「……私は”さすらい人”ではない。真の意味で君たちの悲願を理解しているとは言えないだろう。
だが、私の恩師がその悲願にかける思いを知らない訳ではない。そして他ならぬ彼の考えなんだよ。
ドクターケイは”転移装置”を、自らの最後の研究を、破壊するつもりなんだ」
シェリーさんに危険が及ばないように、全てをご破算にするか。
なんて、なんて覚悟を……
「ッ……! 待て、待ってくれ……! あれは唯一の希望なんだ、あれ無しで帰れるものか、私たちが……ッ!」
……バトーさんの叫びが胸に刺さる。
ボクとしては、シェリーさんを守りたいボクやジェフリーとしては、ドクターケイの考えは歓迎すべきものだ。
シェリーさんが狙われる原因である転移装置さえ破壊できたのならば、彼女が狙われることはもうないのだから。
「――陛下、ケイに会いたい。あいつと話さないと何も決まらない」
「そう来ると思っていた。最寄りの教会に彼は居る。今、君たちが行けば教会の人間が通してくれる手筈になっている」
……ジェフリーさんはどう考えているのだろう。
転移装置を破壊することを、どう考えて。
「……分かった。それと、領軍はどう動くつもりだ? ケイや俺たちの動きとは別に、ニコレットをあちら側へ行かせるつもりはないはずだ」
「領軍をもってドクターケイの研究所を制圧する。転移装置を押さえてしまえばニコレットを失うことはない」
「表向きはベータが黒幕、ニコは被害者で落ち着けるか」
そう告げるジェフリー・サーヴォの表情は読めなかった。
完全に表情が動いていなくて、何を考えているのか全く分からなかった。
「そういうことになる。手早く済ませてくれ、敵は機械魔法使いたちだ、君たちの戦力は欲しい」




