第30話
「ッ……どういうカラクリかは知らないが、完全にしてやられたみたいだな。俺たちは」
ジェフリーの吐き捨てた言葉が全てだった。してやられた。
勝てるはずの相手を逃がした。シェリーさんを奪われた。完全にボクらの負けだ。
しかし、いったい何をどうしたら5人も人間が忽然と姿を消すというのだろうか。
「ッ、ジェフ……お前、何をした……? どうして私の傷が……」
「詮索は止せ。俺は借りを返しただけだ。手の内を教えるつもりはない」
ジェフに問いかけるバトーさん。その傷が塞がっていた。
最初からそんな傷、無かったみたいに。
「……それも機械魔法?」
「言ったろ? 手の内を晒すつもりはない」
フッと笑みを浮かべるジェフさん。なるほど、情報の制限は傭兵の基本か。
「では話を変えましょう。ベータについての心当たりは?」
「……知らねえ。機械魔法の産物ではあるんだろうが、あんな人間そっくりなモノを作れるなんて」
「彼女、ドクターケイの同輩だと言っていました」
……同輩。つまり、同時期にこちら側の世界に来たのだろうか。
65年前にスカーレット王国に訪れた機械人形。それがベータタイプ・ウェブドール。
馬鹿な、半世紀以上前からアンドロイドが存在しているなんてそんな話が……。
「ケイと同時にこっちに、ってことか……?」
「恐らくそういう意味だと思います。そして彼女は名乗っていた。自らの名前を”ベータタイプ・ウェブドール”だと」
「――心当たりはある」
ボクらに近づいてくるバトーさん。
その言葉に一瞬、糸口が見える。
「……アンタ、ケイの助手やってたんだったな」
「少なくともギルドの中では最も重用されていた自覚はある」
「それで、心当たりってのは?」
ジェフとバトーさんの会話に独特の距離の近さを感じる。
やはりそれなりに顔見知りということか。ボクには分からない距離感だ。
「……昔、ケイが言っていたんだ。自分がシルキーテリアのお抱えになれたのは、そう居続けられたのは自分に”手本”があるからだって」
「手本、か」
「結局その手本が何なのかは教えてくれなかったが、あのベータというのがそれだとしたら辻褄は合う」
ベータタイプ・ウェブドールという技術の塊があったからこそ、機械魔法の基礎を築くことができたということか。
可能性としてはあり得るし、それなりの数が存在しているストライダーの中で彼が抜きん出た理由としても納得できる。
「――領軍のお出ましだな」
ボクらの会話が進みそうなタイミングで複数の人間の足音が聞こえてきた。
規律の取れた足音だ。それもただならぬ雰囲気である。
「ニコレットは無事か……?!」
突入してくる領軍、その先頭に立っていたのは豪奢な衣服に身を包んだ壮年の男性。
貴族だ。そしてニコレットを呼び捨てにするということは、父親だろうか。
「ブルーノ陛下、これは……」
「ジェフリー、君は無事だったようだね。お姉さんは?」
「連れ去られました、ニ――」
ジェフさんの言葉を遮るように、ブルーノ陛下がジェフさんの肩を叩く。
「怪我はないか? 下手人は知っている。ベータタイプ・ウェブドール、ケイの宿敵だろう?」
「……え、ええ、その通りです」
「皆、この場を保全し調べ上げるのだ! 敵は古の機械人形、ドクターケイの宿敵だ! わずかでも良い、手掛かりを探るのだ!」
領兵さんたちに指示を下すブルーノ陛下。
そして彼はボクら3人に告げた。
「君たちから話を聞きたい。ついてきてくれるね――?」
口調こそ確認だったが、実際のところ選択権などなかった。
ここで着いていかないなんて言ったらどうなることか。
それにそんな事を言うつもりもなかった。だって、彼は知っているんだ。ベータのことを。その本名まで。
(……違う。余りにも違う。ニコレットの言っていた、親族像と)
機械魔法の事なんて何も知らない。
そんな勢いだったのに今、目の前にいるブルーノ陛下は知っている。ベータのことを。
いったいどこで知った? 知っていたとすれば許すだろうか。
侍女として紛れ込んでいたことを。
「――すまない。少々強引に連れ出してしまったね」
ニコレットが通してくれた応接室とはまた別の部屋。
さらに豪奢な場所。居るのは精鋭に見える領兵さんが数人ばかり。
ほぼボクら3人とブルーノ陛下だけの空間だった。
「……構いませんよ。それで、何から話しましょうか。ニコレットが、裏切った話とか?」
ジェフの投げる直球、彼らしいそれに肝が冷える。
いくらなんでも恐れというものを知らなすぎる。
「やはり、そうか……」
「驚かないんですね。やっぱり」
「分かっているんだろう? 私が君の言葉を遮ったことを」
つい先ほどの話か。シェリーさんがニコレットに連れ去られた。
そう告げようとしたジェフリーをブルーノ陛下は制していた。
「まぁ、それくらいは」
「――失礼を承知ながら、質問をさせてもらってもよろしいでしょうか。陛下」
会話の途切れた瞬間を狙い、ボクは一歩前に出る。
「君は……クリスティーナ・ウィングフィールド、グリューネバルトの”死竜殺し”で合っているかな?」
「ええ、恐れ多くもそう呼ばれています」
「良いだろう。質問に答えよう」
思った以上にスムーズに応じてくれるものだな。
「――ベータの正体、いったいいつ誰から聞いたのでしょう? 昔から知っていたのですか? それとも」




