第28話
――ミハエルとベータ、2人が口火を切った戦闘。
その中で矢面に立ったのはジェフリー・サーヴォただ1人だった。
それでも、勝機が見えた気がした。ジェフを不意打ちしたベータが、ジェフによって打ち倒されたときに。
最初の爆裂弾とは別格の威力を放った2度目の爆裂弾を前にベータが倒れたんだ。
「ベータ……ァ!!!」
ニコレット殿下の悲痛な叫びが響いた。その声色に背筋が冷えた。
……この人、この状況で”ベータに裏切られた”と思っていないのだ。
つまりだ、ベータの言う主とはミハエル・ロッドフォードではなく、ニコレット・シルキーテリアなのではないか……?
「ニコレット……ッ!!」
こちらに駆け寄ってくるニコレット殿下、それを制する。
そんなボクを前に、彼女は倒れ込んできた。
思わず彼女を抱き留めていて、ボクはそれを後悔することになる。
「……ごめんなさい、クリスティーナ」
彼女の声が聞こえたのと同時だった、ボクの身体に強烈な電流が流れたのは。
壮絶な痛みと、出鱈目に動き出す筋肉に全身の力が抜ける。
そして、ボクが倒れた先、シェリーさんにスタンガンを突き付けるニコレットが見えた。
「……に、げて、シェリー……さん……ッ!」
クソ、身体が動かない! 全く身体が言うことを聞かない。
何もできないのか、ボクは……ッ!!
「――痛い思い、したくないでしょ? シェリー」
「元からこのつもり、だったんだね、ニコレット」
睨み合うシェリーさんとニコレット。
けれど、決着は次の瞬間にはついていた。
ニコレットがシェリーさんを組み伏せたのだ。
「ッ……どうして?」
「聞かなくても分かるはずよ、貴女は知っているわ。私の夢を、私の立場を」
……動かない右手を、伸ばそうとする。
クソ、届け、届け、ここでこいつの好きにさせたら終わりだ……ッ!
連れていかれる! シェリーさんを、地球に! 彼女は言ったんだ、ジェフリーのいないところには行きたくないって……ッ!!
「――やめなさい! ジェフリー」
ニコレットの大声が場の空気を制する。
ベータにトドメを指す勢いだったジェフリーさんの動きが止まる。
「ニコ、レット……?」
彼の声色を聞けば分かった。彼は信じていたんだ、ニコレットのことを。
……ボクは疑っていた。疑っていたのに、何もできなかったッ!
「武器を捨てなさい。シェリーを殺されたくなければ」
「……ふざけんな、お前らにとって一番重要な人間だろうが!」
「あら、そうかしら? 私は殺したのよ、ドクターケイを!」
ッ――?!
「……そういうことだ。僕らは内通していたことになる。残念だろうけど、諦めてくれるかな」
再び拳銃を引き抜くミハエル・ロッドフォード。
そしてニコレットは見せつけるように、シェリーさんにスタンガンを突き付けた。
「……ジェフには手を出さないで」
「ええ、彼が抵抗しなければね。私たちの目的は貴女だけよ、シェリー」
「ッ……武器を捨てて、ジェフ」
諦めたのか、シェリーさん……ッ!
「冗談じゃない、姉さんを見捨てろってか?!」
「……良いの、私は。お願い……ッ!」
息を呑んだジェフリー。ガチャリという音が響いた。
彼はその拳銃を手放したのだ。
「――ニコレット、これが君の依頼の真相だったという訳か」
「そうよ、何か問題があるかしら? エルハルト」
ここまで沈黙を貫いてきたエルトさんが口を開く。
「いいや、ただ報酬の上乗せを要求したい。僕は友を裏切ることになってしまったからね」
「……なにを?」
「”あちら側”への転移に興味がある。同行させてもらいたい」
一瞬、場の空気が硬直した。測りかねたのだろう、エルトさんの真意を。
「同行……?」
「なに、僕自身は地球に行くつもりはないのだけど、人生で2度は見れないような出来事だ。欲しいんだよ、貴族の語る物語のひとつとして」
「……貴方らしいわね。いいでしょう、ついてきなさい」
シェリーさんを押さえるニコレットの元にミハエル、ベータ、エルハルトが集う。
「ッ……エル、ハルト……ッ!」
「すまない。詫びくらいはさせてもらうよ、ジェフリー。けれど今さら許されるとも思ってはいない」
「……だから、裏切るのか! ニコレットに着くのか、てめえ……ッ!!」
他の3人に背を向けながら、静かに微笑むエルハルト。小さく彼はウィンクをして見せた。
「ッ……エルハルト、カーフィステイン……ッ!!」
拳銃を蹴り上げ、握りなおすジェフリー。その銃口はエルハルトを狙っていた。
そして、次の瞬間、銃弾を放ったのは――
「危ない! ジェフリーッ!!」
「――なっ、バトー……?」
――銃弾を放ったのはベータ。そしてジェフリーを庇うように飛び出していた、バトー・ストレングスが。
ストライダーズ・ギルドの構成員が。
「何のつもりだ、バトー……?」
「……お前に死なれたら、誰が皆の帰還を……、」
「――2人まとめて殺します」
倒れ込んだバトーさん。それを支えるジェフリーさん。
そんな2人に銃口を向けるベータタイプ・ウェブドール。
「やめなさい」
「いいえ、ここで殺さなければ貴女の障害になる。ニコレット」
「ッ……」
――ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなよ、殺すだと?
シェリーさんが身を挺して庇おうとしたジェフリーを殺すだと?
ジェフリーを守ったバトーさんごと殺すだと?
「お前、それでも人間か……!!」
震える右手で、ボクは引き抜いていた。
――”慈悲の王冠”を。ベアトリクスから授かったボクの切り札を。
あの戦い以来、一度も目覚めていない切り札を。
『安心しろ、クリス――然るべき時、然るべき場所、お前が真にこの力を必要とするとき、必ず”王冠”は応えてくれる』
いつかに聞いたベアトの言葉が脳裏に響く。
そしてボクは無意識のうちに頭上に頂いていた。慈悲の王冠を。
彼のアーティファクトを。
「ッ……なに――?」
ベータの意識がこちらに向かう。いいや、ベータだけじゃない。この場にいる全員が、こちらに意識を向けていた。
「――好きにさせない。君たちの好きにはさせない」
一歩踏み出すたびに炎が巻き上がる。一歩また一歩と重ねていくたびにそれは全身に回っていく。
向けられる弾丸など、この炎の前には意味を成さない。
そして燃え上がる炎は固まり”鎧”へと形を変えた。太陽騎士としての姿が完成したのだ。
「……これが”死竜殺し”というわけね」




