第25話
「抵抗はしないほうが良い。こちらにあなたたちを傷つける意図はない。下手な抵抗はケイと同じ末路を招きます――」
侍女の衣服、メイド服に包まれていたベータの右腕が変わる。
一振りの刃へと変貌していく。
「ッ……ドクターケイを殺したのは、お前だったのか! ベータッ!!」
こちらの言葉に口元を釣り上げるベータ。
その表情がどこか”人形”に見えた。
……そもそも、あの右腕はなんだ? 機械魔法の産物か? それとも。
「構えを解きなさい。貴女に勝ち目はない。クリスティーナ・ウィングフィールド」
振り上げられた右腕の刃を前に槍を引き抜く。
けれど、そもそも部屋が狭すぎた。
そのすべてを引き抜くことはできず、半端に槍を引き出して刃を防ぐことしかできなかった。
「……ボクは、死竜殺しだぞ」
「フフッ、ならばその力、見せてもらいましょうか」
ぶつかり合った槍と刃、その拮抗状態を崩すようにベータの右足が放たれる。
槍を引き戻しながら、身を下げてその足を回避する。
「素晴らしい身体能力ですね。でも、どこまで続きます――?」
放たれる足技と斬撃、その全てを間一髪のところで避けていく。
クソッ、慈悲の王冠さえ起動できれば避ける必要なんてないのに……ッ!
「ほら、もう、後がないですよ?」
シェリーさんを後ろに、ボクは完全に追いつめられた。
あと少しでも後退すれば、ボクらは落ちることになるだろう。
先ほどまで見つめていた応接室に。ミハエル・ロッドフォードが支配する空間に。
「――それは、どうかな?」
余裕の表情を見せながら、こちらに最後の攻撃を仕掛けてきたベータ。
その動きよりも一瞬だけ速くボクは構えた。ジェフリーから預けられていた魔法銃を。
「ッ――?!」
そのまま躊躇無くベータの胸元に向けて3発、銃弾を放つ。
弾丸を受けた彼女の身体が吹き飛び、地面を転がる。
――勝った? 殺した……? ボクは、人間を――ッ!!
「フフ、その表情、貴女は戦士に向いていない――」
地面に転がっていたベータの身体が、独りでに立ち上がる。
腕を使わず、足首の動きだけで立ち上がってくる。
な、んだ、なんなんだこれは。人間じゃない、人間はこんな動きをしない。
「――以前に私を殺した男はもっと超然とした表情だった。貴女のような怯えはなかった」
完全に立ち上がったベータが静かに笑っていた。
「お前、死体か……? サータイトの――ッ!」
「違うよ、この人、そういうのじゃない。それどころか人じゃない……ッ!」
シェリーさんの言葉が響く。
そうか、魔力を見れる彼女なら分かるのか。サングラスを外した彼女なら。
死霊呪術の使い手かどうかくらい。でも、なんだ、人じゃないっていうのは……?
「――良い瞳をお持ちのようだ。シェリー・サーヴォ、ますます我が主が欲しがることでしょう」
そう言いながら焼け焦げた胸を開くベータ。
露出した肌が見える、かと思った。けれど違った。彼女の胸の奥には……
「……機械の、身体」
あるのか、この世界に、スカーレット王国に、機械の身体が――
「ええ、そういうことです。その拳銃では私を殺すことは出来ません」
「ッ――!!」
今一度、弾丸を放つ。けれどそれは全て切り落とされた。
常軌を逸した反射防御によって。右腕の刃で。
「何者だ、ギルドの発明か、ベータ、君はいったい……!?」
「違いますね。私の名は”ベータタイプ・ウェブドール”言うなればドクターケイの”同輩”です」
ドクターケイの同輩……?
その言葉の意味を、考えている暇はなかった。
既にベータタイプが眼前にまで迫っていたからだ。
彼女の言葉はこちらの意識を分散させるためのエサだったんだ。
「ッ、シェリーさん、掴まって――!!」
シェリーさんの身体を抱きしめ、ボクは飛んだ。
カーテンの向こう側に、落ちることを選んだ。
「思い切りの良い――ッ!」
加速のついた落下、その中でボクは槍を引き抜いた。
落下地点に人がいないこと、それだけを見極め、ボクは槍を突き立てた。
そのまま衝撃を吸収させて床に降り立つ。
「――作戦は失敗かい。ベータ」
落下した先、ミハエル・ロッドフォードが吐き捨てる。
「いいえ、ここからが本番です。”役者が揃った”というべきかと」
ボクと同じように、ボクよりも涼しげに飛び降りてくるベータタイプ。
そうだ、彼女の言うように揃ったのだ。全員が。
この場に関わる者たちが全員――




