第22話
「――まずは改めて、私の元に来てくれたことを感謝するわ。シェリー」
ニコレット・シルキーテリア、彼女の開いた小さな晩餐会。
その参加者は4人。ボクとジェフ、エルトさん、シェリーさん。
ここから始まるのは考えずとも分かる。控えるギルドとの”交渉”に向けた話し合い。しかもこのメンバーだ、かなり危ういものになるだろう。
「いいえ、それが私の責任だと思っただけのことだよ。ニコ」
食事を進めながら会話が始まる。
半熟卵をあしらった前菜のサラダは、かなり味が良い。
生に近い卵を食べたのは本当に久しぶりだ。
「――それでニコレット、ギルドとの交渉ってのは具体的に何をどう進めるつもりなんだ?」
シェリーさんとニコレット殿下の会話、その合間を縫ってジェフリーが口を開く。
少しでもシェリーさんの危険を避けるため、彼は相当に自分の意見を押し通そうとするだろう。
「私はミハエルを味方につけてる」
「……あいつか。だがあいつは若い。責任者という訳ではないだろう? あいつは誰を味方につけてる?」
「ミハエルの後ろにはバトーがいるわ。私の後ろに父がいるように」
ミハエルとバトー、聞きなれない名前だ。
ストライダーズ・ギルドの若者と重役なのだろうということ以外は何も分からない。
「ねぇ、ニコ。どうして貴女なの?」
「……何を聞きたいのかしら? シェリー」
――シェリーさんの言葉に、あの夜の会話を思い出す。
そういえば言っていた。ニコレット殿下は機械魔法から遠ざけられている。だから今回の件に関わっているのが不思議だと。
「ニコって機械魔法を禁じられていたでしょ?」
「ええ、それは何も変わっていないわ」
「だったらどうして今回の件、ニコが仕切っているの? お兄さんたちやお父さんは?」
フッと笑みを浮かべながら水に口を付けるニコレット殿下。
「――簡単な話よ、お兄様たちやお父様は理解していないから」
「理解?」
「機械魔法とは何か。さすらい人の世界とは何か。ケイが何を開発して、シェリーがそれにどう関わっていて、ギルドがどうしてそれを狙うか」
全てじゃないか。今回の件に関する全て。
それを理解していないというのか。ここの貴族たちは。
「……魔法との距離を取る。それがシルキーテリア家の基本方針だったな?」
「ええ、あくまでその成果物にしか興味がない。そういう在り方を貫いてきたのが我が家系。
彼らの興味は作物の生産量と効率的な流通方法だけよ」
――だからって今回みたいな事件を、ニコレット殿下1人に丸投げとは。
相当に事態の深刻さを把握していないらしい。
「けれど、私が全権を握っていられるのも今のうちかもね。今はお父様は出払っているけれど、ケイの死が伝われば……」
「そういうことだったんだね。やっぱり持ち続けていたんだ。機械魔法への興味を――」
柔らかに微笑むシェリーさん。その表情に深い慈愛を感じる。
相当に仲が良いんだろうな、2人は。
「……ええ、それで今回、ケイと一緒に動いていたの。ギルドの連中は相当に血気盛んな状態よ」
「帰れる可能性を提示されて黙ってられるような連中じゃねえよな、あいつらは」
ジェフの言葉に頷くニコレット殿下。そこから彼は話を切り出した。
「なぁ、ニコ。あいつらは帰るためなら何でもやるような連中だ。
それを相手にシェリーをエサに”交渉”なんてやって意味があるのか? 落としどころはなんだ? どうやれば収まると考えてる?」
核心を突いた質問だった。相手の帰還への貪欲さを考えれば、交渉など成立しないはずだ。
そう考えるのは当然の見立てだった。
「……帰還は片道に過ぎない。1回で帰還できるのは恐らく最大でも10人。
つまりシェリーを使って強引に転移したところで、その恩恵を受けられるのはギルドの一部だけ」
「……なるほど、それで?」
ジェフリーさんの反応が若干和らぐのも分かる。
実際、交渉材料としては使えそうだからだ。
「ケイが生きていれば、ケイに転移装置の研究を進めさせることを切り札にしたかった。
今、シェリーをあちらに送ってしまえば、それより後は誰も帰還することができない。
だからケイに研究を進めさせる。それまでの抜け駆けは誰にもさせない」
……なるほどな、確かに牽制効果はありそうだ。
「――その交渉、始めるためにシェリーが必要だとは思えねえんだけどな」
「仕方ないじゃない。あっちが提示してきた条件なんだから」
「それ、交渉役が抜け駆けする気満々なんじゃねえのか?」
サラダを乱雑に頬張りながらジェフが追い込む。
「それは出来ないのだと教えてやればいい。僕たちで。武力で勝てないと分かれば、交渉を続けざるを得なくなる」
……ここまで沈黙を貫いてきたエルトさんだけど、的確なことを言ってくるものだ。
そうだ。武力で上手く行かないのなら交渉に入るしかない。
それが抑止力というものだ。
「……ケイが死んだ今、交渉はどう続ける? 誰が研究を進めるって言うんだ?」
「そうね……ジェフ、あなたは出来るかしら?」
「ッ、冗談……そんなハッタリ……」
――そう答えたジェフリー・サーヴォの表情が変わっていく。
やれるんだろうな、この人なら。
「やれるんでしょう? ジェフリー」
「……やってやれないことはない。時間はかかるだろうが」




