第21話
『死んだわ、遺体も残らなかった。殺されたのよ――ドクターケイが』
今朝の事だ。自らの研究所に戻ろうとしたドクターケイの馬車が襲われた。
下手人は不明。何かしらの魔術式によって馬車は爆発し、炎上。同行していたニコレット殿下も巻き沿いで怪我をした。
吹き飛ばされただけの殿下は幸運で、ケイの遺体は損傷がひどく、燃え尽きていたらしい。
(……魔術なんだろうな、人間の身体が燃え尽きるなんて)
――冷静に思考を走らせようとする。けれど脳裏には何度も響いてくる。ニコレット殿下の言葉が。
そのたびに指先に震えが走る。死んだ。ジェフさんとシェリーさんの保護者だった人が。トリシャ教授とジェフリーの師に当たる男が。
65年という時間を見知らぬ世界で生きた男が、最後の最後に殺された。
「エルト、先に言っておくぞ――」
アマテイト神官からの加護を受けるために席を外したニコレット殿下。
彼女が案内してくれた部屋、ボクらに貸し付けられた一室。その中でジェフリーさんは静かにエルトさんを睨んでいた。
「――姉さんにもしものことがあったら、俺はお前を許さない」
憎しみさえ込められているような強い視線を前に、エルハルトという男は動じなかった。
静かに見つめ返していた。
「……甘んじて受け入れよう、そうなったのならば。
だけど、そうさせるつもりはない。この僕がそんなことはさせない」
――凄いな、この人。この状況でここまで言い切れるなんて。
もっと恐れていてもよさそうなのに、それが全く表に出ていない。
それでいて軽薄という訳でもない。ただ目の前のことを受け止めているんだ。
「ッ、その言葉、違えるなよ、エルト……」
ジェフがエルトさんから視線を外す。
場を支配していた緊張状態が緩んだことで、ボクも2人から視線を外すことができた。
そして気づく。青ざめた顔をしたシェリーさんに。
「……だい、じょうぶですか? シェリーさん」
無駄な質問だと分かっていた。大丈夫なはずがない。
けれど彼女は答えるだろう。大丈夫だと。そうとしか答えないはずだ。
「うん、大丈夫だよ……信じ、られなくて……ケイが死んだなんて……」
「ッ、大丈夫、大丈夫です……あなたはボクが守りますから――」
震えるシェリーさんを抱きしめていた。きっと彼女のことだ。恐怖以上に自責の念を感じているのだろう。
エルトさんの誘いに乗らなければよかった。そのせいでボクとジェフリーも巻き込んでしまった。
ドクターケイが殺されるような戦いに、巻き込んでしまったのだと。
「――ジェフリー、ボクには引っかかっていることがある」
「奇遇だな、俺もそうだ」
やはり、そうか。彼とボクが同じことを考えているか分からないけれど、たぶん同じ事を考えているのだろうな。
「――ドクターケイを、誰が殺したか」
「少なくともストライダーズ・ギルドにケイを殺す理由は無い」
ボクの言葉に重ねられるジェフリーさんの回答が心地いい。
そう、おかしいんだ。ギルドにとってケイという男は、帰還装置を造り出した重要人物。
身柄を押さえる必要はあっても殺しはしない。
「誘拐しようとして殺してしまった可能性はあるんじゃないですか?」
エルトさんからの質問、もちろんその程度は想定済みだ。
「いいえ、その可能性は低いですね。理由は2つ。1つは、誘拐しようとした相手に、遺体を焼失させるほどの魔術式を使うはずがない。
もう1つは、暗殺ではなく誘拐が目的だった場合、ニコレット殿下が実行犯を目撃していないはずがない」
最初から殺す気なら一瞬の接触で良いだろう。ニコレット殿下が姿を見ていないのも分かる。
けれど誘拐目的から暗殺目的に土壇場で変わったというのなら、一度はその姿を晒しているはずだ。
「なるほど。確かにクリスさんの言うとおりですね……」
「――可能性としては、特殊な魔術式の利用が考えられるだろうな」
エルトさんが納得したところで、ジェフリーさんが口を開く。
「どういったものがあるんです?」
「転移魔法の中には、燃えたように消えて炎の中から現れるものもある。
あとは、対象物を燃やして”情報を抜き出す”魔術式ってのも存在はしているらしいな」
燃やして情報を抜き出すというのが人間相手にも使えるのなら、アカデミアでは禁止されそうな術式だ。ボクは聞いたことがない。
「それの使い手って実際、シルキーテリアにいるんですか?」
「少なくとも俺の知る限りではいない。相当に魔術に詳しくなきゃいけないからな。お抱え魔術師の筆頭がケイだったこの街で、ケイ以上の術者はいない」
「……となると、結局この不自然さは解消されませんね」
それにそもそも現状において人智魔法使いを擁してまでドクターケイを狙う勢力があるというのだろうか。
ギルドがこの件に関して魔術師を招くとは思えないし、それ以外の勢力が引退間近のお抱え魔術師を狙う理由があるか?
「ああ、何にせよ、俺たちに分かるのはこのシルキーテリアという場所が相当危険だということだ。
既に形振りを構わないで動いている奴らがいる」
これ以上の推理は無意味だろう。情報が少なすぎて何も特定できない。
空想に足を突っ込んでいくことになる。
「――皆様方、お嬢様がお待ちです。夕食の準備を整えております」
先ほどの侍女さん、ベータと呼ばれていた女性が部屋をノックし、そう告げた。
思ったより早い。神官様の施術は既に終わったということか。
「分かった。案内してもらえるな?」
「ええ、そのために遣わされましたから――」




