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第13話

 ――燃え始めた”海上霊廟”

 そこで起きた異変は、狼煙を使って海の向こうに伝えられていた。

 だから、小舟に乗って逃げ出してきたボクらをグリューネバルトの領兵さんたちが待ちかまえていた。


「クリス……?」


 殺気だった男の大人たち。

 それらを前に、ベティちゃんが怯えているのが分かる。

 並外れた魔術師といえど、結局のところ、まだ年端もいかぬ女の子というわけだ。


「大丈夫だよ、ベティ。ボクがついてる」


 そこからのやり取りは、本当に厄介極まりないものだった。

 まず、正規の観光客じゃないボクに向けられる疑い。

 次に300年前の少女であるベティに向けられる畏怖。

 他の観光客さんとその案内役だったお兄さんに対しては、事情の聞き取りがスムーズに進んでいるのに、ボクとベティちゃんは、まだ”どこが管轄するんだ?”って話で揉めている。


(……関所の変態もそうだったけど、ここの領兵さんたち、質が悪いな)


 規律のなっていない軍隊が、有事に統率を取れるのか?

 その答えは”否”だ。よく”育ての兄”が話していたんだ。

 当時のボクにはよく意味が分からなかったけれど、こうして実例を目の前にするとよく分かる。

 こいつら、役に立たない。これが、指揮系統がなってないってことなんだ。


「――へえ、誰かと思ったら”黒苺のお客さん”かい?」


 海の家を接収した場所で、半ば放置されているボクとベティちゃん。

 そこに現れたのは、あの”変態な領兵”さんだった。


「……げ、関所で働いてるんじゃないの? 貴方」

「連れねえな、お嬢ちゃん。でもよ、アンタ、戦ったんだろ? ドラコ・ストーカーと」


 グイッとボクの前に腰を下ろす、あの領兵。

 この人が、ボクとベティの担当者ってことは、無いんだろうな……。

 担当が決まってくれたのなら、話が進むのに。


「まぁね、恐ろしい相手でしたよ。ドラコ・ストーカーの”現首領”は」

「……まさか、アンタ、そこまでの実力者だったとはな」


 不意に、領兵さんの瞳から、おふざけの色が消える。

 何か知らないけど、急に真面目になった――


「――アンタ、どうして”海上霊廟”に居た?

 生誕祭の時期なんだぜ? 正規の方法で”小舟”の乗船券は手には入らないはずだ」

「知っているんじゃないですか? タルドさんと、長い付き合いなら」


 この鎌掛けに大した意味はありません。

 ただ、この人の問いに、大人しく回答したら最後。

 主導権を握られることになる。だからこれは、それを防ぐためだけの鎌掛けだ。


「フン、まぁな。俺、霊廟の門番役もやったことあるし」


 つまり、賄賂を受け取る側を経験済みってこと、ですか。

 鎌掛けは見事に成功しましたね。


「そういうことですよ、タルドさんに良くしてもらったんです」

「分かった。じゃあ、ひとつ教えろ。あの坊主、今、どこにいる――?」


 ――ふむ、そう来ましたか。

 確かにそれは当然の疑問だ。タルドさんは、脱出する小舟に乗っていなかった。

 現状のところ、行方不明の状態だ。


「さぁ? 逃げたんじゃないですか?」

「あの坊主が、君を見捨てて、逃げたと?」


 ――へぇ、やっぱり高く評価されてるんだね、タルドさん。

 思った通りだよ。


「少なくとも、あの霊廟の中に逃げ遅れた人は居ません。

 それはボクとベティが確認しています」

「だから、お得意のイルカで逃げたってか?」


 釈然としない思いを抱えているみたいだけど、ボクはこれ以上のことを知らない。

 まぁ、ボクの推測で良いのなら、おそらくこうなんだろうという見立てはあるけれど、それを、こいつと共有するつもりはない。


「そう考えるのが一番”自然”かなって」

「まぁ、そうだわな……」


 そう思っていないのが見え見えだ。


「おい、デニス、そろそろ連れて行かないとヤバいぜ?」

「お嬢様をこれ以上待たせるわけにも行かねえ、か」

「そういうこった。さっさと行けよ」


 お嬢様……?


「悪いな、嬢ちゃん。場所を変える、ついてきてもらうぜ」

「――どこに、ですか? 人気のないところ、とかじゃないですよね?」

「違う違う、そういうんじゃない。

 流石に俺だって、ドラガオンとやりあえる女に手なんて出さねえ」


 まぁ、これだけの大事になったんだ。

 今のボクとベティは、簡単に好きにできるような人間じゃない、か。

 その分、グリューネバルト家がどういう判断を下してくるのかに大きく左右されるんだろうけれど。


「それに、今からアンタらが行くのは、この街で一番にぎやかな場所だ」

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