第17話
「なぁ、クリスティーナ・ウィングフィールド。いったい君は、どこから来た?」
――ああ、そうか。
この人が敢えてこんな夜更けにボクと一対一で酒を飲もうとしたのは、最初からこのためだったのか。
「……どこ、から?」
「魔法使いでも貴族でもないのに機械魔法の有用性を見抜いている。
今まで俺が出会った理解者は、単純に新興の技術に興味のあった魔術師か、領軍への転用を考えている貴族だけだ。
それも、ごく一握り。大半の奴らは機械魔法なんて人智魔法の成り損ないくらいにしか捉えられない」
静かに言葉を続けるジェフリー・サーヴォ。
ボクは、何も返せなくて、目の前のブランデーに逃げるしかなかった。
むせ返るようなアルコールの味に、逃げるしか。……これが、ボクの初めての酒の味か。
「それは、トリシャさんから……」
「トリシャは自分から機械魔法の有用性を強く売り込んだりしない。あいつは恐れているんだ。拳銃の量産を」
そう言いながら懐から魔法銃を抜き出し、机に置くジェフ。
クソ、よく知っているな。確かにあの人は恐れている。機械魔法の軍事転用を。
だから機械魔法科なんていう新領域を立ち上げておきながら、機械魔法を爆発的に広めようとはしていない。
「……ボクは魔術史学科の人間です。神官聖術から分離した人智魔法の価値を知っているように、人智魔法とは似て非なる機械魔法の有用性も分かる」
「ああ、少し考えれば分かるだろうよ。だが、そうも早く分かる人間ばかりなら機械魔法は既に広まり切っている」
ことん、と音を立てグラスを机に置くジェフリー。
その瞳が静かに、もう一度、ボクの瞳を射抜く。
「クリス、お前、夏の少し前にアカデミアに来たんだったよな?」
「そう、ですよ……それがどうかしましたか……?」
「その前に魔術史学に触れたことは?」
――完全に追い詰められたな。マズい、マズいぞ、これは。
あると答えたところでそんなものは嘘だ。このスカーレット王国で生まれた”ただの少女”が、魔術師でない人間が、魔術史学に触れたことがあるなんて嘘にしかならない。
ごくまれにそういう人間もいるんだろうけど、ボクはそれに見合うだけの経歴を持っていない。少し深く質問された時点で崩されてしまう。
「ありません」
「たった半年程度で機械魔法の有用性を見抜ける訳がない。最初から知っていない限りはな――」
「……ボクが何を、知っていると?」
もう一口ばかりブランデーを流し込む。揺れる水面に映るボクの顔が何処か面白かった。
ああ、追い詰められた人間というのはこういう顔をするんだなって。
「”さすらい人の世界”――機械という技術が全てを担う場所」
ジェフリー・サーヴォの瞳を見ていれば分かる。この男相手に、言い逃れは通用しない。
どんな論を建てたところで、この男は納得しないし、冷静にその論理の破綻を突いてくるだろう。
ああ、そうだ。この推測を否定するために建てるボクの論理は最初から破綻しているのだから。
「――ケイと同じような機械魔法の発展についての見識、さすらい人やストライダーズ・ギルドという言葉に対する理解の深さ。
そして何よりもさすらい人が持つ帰還への渇望を当然のように知っていること。今回の件でシェリーがどれほど強く狙われ得るかを分かっていること」
綺麗な瞳だ。そして綺麗な黒髪だ。
……なるほど、これがこの人の洞察力か。凄まじいな。
流石はトリシャ教授の一番弟子、機械魔法の天才にして飛び切り優秀な傭兵。よく分かった。
「エルトでさえ理解していないんだ。ストライダーってのは帰還のためならなんだってやるって。
帰還を前にしてシェリーを逃がしたケイが異常なんだって。何も知らない奴は最悪こう思っているはずだ。
”さすらい人の世界”など存在しているかどうかさえ怪しいってな」
なるほどな、それが一般人の反応なんだ。ストライダーというものを前にした普通のスカーレット王国民の反応なんだ。
知らなかった。だってストライダーの存在はほとんど表に出てこないから。知らなかったんだ。
機械魔法の存在を知ったとき、何かしらの関連があるんじゃないかとは思っていたけれど、まさかドクターケイほどの直球だなんて思っていなかったくらいに。
「……トリシャさんは、「何も話してない。あいつはお前について何も話していない」
ボクの言葉を遮るように言葉を重ねるジェフリーさん。
「やっぱり、そうなんですね」
「……逆に知っているのか? トリシャは」
「ええ、知っています。父もそれくらいは伝えていたみたいなので」
ほぼ同時にブランデーのグラスを傾ける。
……さて、これでこの世界にボクの正体を知る人間が1人増えたわけだ。
3人目かな、ジェフさんで。
「――色々と詳しい話を聞きたいんだが、その前にひとつどうしても教えてほしいことがある」
「なんですか? かしこまって」
根掘り葉掘り聞きたいはずなのに、あえて一番重要なものだと前置きしてくるとはいったい何を聞いてくるつもりなんだろうか。
「……お前は、帰りたくないのか? あの世界に」
「ッ、――ああ、そうか。そういうこと、ですね……?」
「そうだ。端的に言えば俺はお前を疑っている。そういう人間には見えないが、そうすることが当然の立場だからな」
机の上に置かれた拳銃が、目に入る。
この人、敢えてボクの前にこれを置いたんだろうか。
疑っているのだと言い切った相手の目の前に。
「――ボクがシェリーさんを犠牲にしてでも生まれ故郷に帰ろうする。あなたはそれを疑っているんだ」




