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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2章「機械仕掛けのストライダー」
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第16話

 ――ボクの傍ら、静かに寝息を立てるシェリーさん。

 彼女につられてボクの意識も遠のいていた。はずだった。

 宿屋のドアを叩く音がするまでは。


(……こんな夜更けに来客、か)


 いったい何者なんだろうか。ノックをするということは敵ではないのか。

 ベッドから腕を伸ばし、槍を収納したブレスレットを握る。これがあればなんとかなる。

 都合の良いことに”慈悲の王冠”もここにあるんだ。


「――どちら様ですか?」

「夜遅くにすまない。姉さんは寝ているか? クリス」


 月明かりだけが差し込む深き夜、わずかな光に反射していた。その真紅の瞳が。

 太陽神官のそれとは似て非なる色素の薄い赤の瞳。

 眼の色が薄いからこそ血管の色が反映されているような、そういう瞳だ。


「ジェフさ、ジェフリーさん……」

「ジェフで良いよ、周りの奴がそう呼んでるからな。つられるだろ?」


 数歩ばかり後ずさりしたのに合わせてスッと部屋の中に入ってくるジェフさん。

 揺れる長髪から石鹸の香りが漂ってきて、心地良い。


「どうしたんです? こんな夜更けに」


 深い眠りに落ちているお姉さんの前髪を撫でてからこちらに振り返る。

 その手にはお酒のボトルと2つのグラスが握られていた。


「――晩酌の相手が欲しかった」


 宿屋の椅子に腰を下ろすジェフさん。ボクもその向かい側に座る。

 この時点でもう”誘いに応じる”ということだ。ただ――


「エルトさんじゃダメなんですか?」


 ――これくらいの質問は投げたくなっていた。


「あの野郎とは今回の事件が終わるまで落ち着いて話す気にはならん」

「やっぱり納得してなかったんですね?」

「当たり前だろう。ケイが逃がしたシェリーを連れて行くなんて馬鹿な話、受け入れられるものか」


 ジェフさんの論拠はこの一点だけだ。けれど、それも仕方ないのだろう。

 この一点だけをもって彼の中では、お姉さんをシルキーテリアに連れ帰るということは思考の外に弾き出されているのだから。


「じゃあ、ボクが首を突っ込んだのも良くなかったですかね?」

「いや、どっちみち姉さんはエルトに乗っただろう。それなら君が居てくれて良かったとは思う」


 そういいながらお酒のボトルを傾けるジェフさん。

 手渡されるグラスには濃さそうなお酒が注がれていた。

 なんなんだろう、ウィスキーの類だろうか。


「お酒、ですか……」

「ブランデーだ。……まさか未成年だとは言わないよな? 学院生で」

「ええ、15歳は過ぎてますから」


 コトンと音を立ててボクの前の前に置かれるグラス。

 月明かりを写したそれが本当に美しい。


「……苦手、だったかな?」

「いえ、というよりも殆ど初めてで。ボクの故郷だと20歳で成人でしたから」

「――20歳で? 変わった故郷だな」


 ジッと含みのある視線がボクに向けられる。

 ……夜中、わざわざ彼がここに来てかつお姉さんを起こしもしないとなると、狙いはボクだ。

 いったい何を狙っているのかは、分からないけれども。


「――なぁ、クリス。どうして君は姉さんの為に危険を冒そうとしている? シェリーと共にシルキーテリアへ入ることの危険性、認識していないわけじゃないんだろう?」


 つい先ほど、シェリーさんにも答えた問いだ。


「今のエルトさんとジェフさんじゃお姉さんを守りきれないと思ったからです」

「……それは否定できない。ただ、たとえそうだとしても君が自分の身体を張るようなことか? 捨て置けば良いだけの話じゃないか」


 ――捨て置く、か。

 このボクがシェリー・サーヴォさんを捨て置く。

 あの時点で既に一晩も寝食を共にした友人を見捨てる、か。


「嫌ですね。ボクは後悔をしないように生きている。

 ボクが同行せずに数週間後、何か良くないことが起こったのだと言伝で聞いたのなら、ボクは間違いなく後悔する。それが嫌だったんです」


 自分でも信じられないような話だけど、強引にジュースをおごってきた見知らぬお姉さんのことが、出会って数日も経っていなかったシェリーさんのことが、好きになっていたんだからしょうがない。


「――トリシャの言っていたとおりだな」

「トリシャさんの?」

「ああ。クリスってのは義理人情に篤い女だって」


 ……そうストレートに言われると照れてしまうな。


「別に全てが義理と人情のためってわけじゃありませんよ。多少の打算くらいはあります」

「ほう? いったい何を考えているんだ?」


 不適な笑みを向けるジェフさん。

 ああ、この人もこういう利害の話が好きな人か。やっぱりな。


「――ドクターケイへの直接の取材」

「魔術史学科の人間として?」

「ええ、トリシャ教授、あの人自身も史学科の人間のくせに機械魔法の発展史に関しては疎かですから」


 魔術史学の中でドクターケイという存在が語られていないのは明らかに問題だ。

 トリシャ・ブランテッドの師匠、機械魔法のルーツが触れられてさえいないなんて。


「なるほど、そういうことかい。

 ”慈悲王ベアトリクスが見たスカーレット王国建国史”の次を考えているんだな?」


 ほう、ボクの著書を知っているとは。ちょっとドキリとするな。


「ドクターケイからジェフリー・サーヴォまでを網羅した機械魔法の発展前夜。これを今のうちに残すことに意味があると信じています」

「へぇ、君も機械魔法の発展を信じているのか」


 そう言ったジェフさんがブランデーをくいっと傾ける。そして続けた――


「――機械魔法なんて所詮、人智魔法の代替品に過ぎない」

「ええ。けれど、それは”誰にでも使える”代替品です」

「貴族、王族、商会、その他連合結社といった魔術師を雇える人間たちにとっては無用の長物だ」

「そうだとしても誰もが簡易にその利益を享受できる技術は全てを変えます。ジュース販売機、現に儲かっているんでしょう?」


 ボクの回答にニヤリと笑うジェフリー・サーヴォ。


「よく分かってるな。その見解、ケイやトリシャ、いいや、ケイにそっくりだ」


 ブランデーを見つめるジェフさん。そして彼の真紅の瞳がギラリと輝いた。


「なぁ、クリスティーナ・ウィングフィールド。いったい君は、どこから来た?」

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