第11話
「――とにかく君がいてくれてよかった、クリス。少なくともアカデミアにおいてこれ以上の安全は無いだろう」
絹のような黒髪と真紅の瞳を持つ美少年ジェフリー・サーヴォが微笑む。
どことなくトリシャさんに似た雰囲気を持っていて、シェリーさんによく似た顔立ちだ。
まるで女性のように美しい。
「さすがにそれはボクを過大評価しすぎですよ。たった一度の功績を」
「世の中、その一度を手に入れられずに死んでいく奴らが半数を超える」
今、これ以上の安全は無い。そう言っておきながら場の空気は完全に鈍重だ。
それもそうだろう。このシェリーさんを逃がすという判断は、所詮は守りに過ぎない。
動く敵から身を隠す。いつまで隠れればいいのか分からない防衛戦だ。
「――しかし、ジェフリーさん。いつまで彼女をここで匿うつもりですか?」
「敵の脅威が去るまで」
「1年や2年で済む話とは思えない。……ちょっと不躾で悪いんですが、シェリーさんがこっちに来れなかった理由って何かあるんじゃないですか?」
シェリーさんと2人きりの時には聞けなかった。
彼女に対してこういう外堀を埋めていくような質問は仕掛けたくなかったから。
でもジェフリーさんなら大丈夫だろう。なんとなくだけれど同類の匂いを感じるんだ。
「――あったらどうする?」
「数年単位でアカデミアに住まわせられますか? シェリーさんを」
「無理だな」
ジェフリーさんの表情を見ながら、同時に一瞬シェリーさんも伺う。
2人とも何かを知っている。やはりボクの推測通り、シェリーさんはアカデミアに住めなかった事情があるんだ。
それもそうだろう。ボクのような人間でさえ受け入れてくれるトリシャがシェリーさんだけ田舎に残すなんてありえない。
何かの事情がない限りジェフリーさんと一緒に引きずり出す。そのほうがジェフリーさんだって大人しくついてくるはずだ。
「やはり、そうなんですね。その事情に立ち入るつもりはありません」
「――いいよ。クリスちゃん」
「えっ……?」
会話を続けようとしたボクを遮るように、シェリーさんは口を開く。
そして掛けていたサングラスを外した。
「――待て、姉さん」
「ふふっ、大丈夫だよ、ジェフ。クリスちゃんはトリシャの身内だし、本当に良い子だから」
「ッ、だが不用意に話すのは、」
ジェフリーさんの唇を、人差し指で押さえるシェリーさん。
その瞳はただ静かに弟さんの瞳を射抜いていた。
「不用意じゃない。私、クリスちゃんに隠し事、したくないの」
「姉さん……」
引き下がるジェフリーさん。そのやり取りから滲む真剣な空気にボクの背筋も張り詰める。
なんだ、いったいこのシェリー・サーヴォという人にはどんな事情があるというんだ……?
「――私ね、魔力が見えるの。人が魔法使いかどうか、どれくらいの魔力を持っているのか眼で見て分かる」
な、に……? 今、何を言った? この人は今、何を言ったんだ……?
「そんな力、聞いたことがない……」
「うん。だって隠してきたもん。ずっと。お父さんが絶対に隠せって言ってくれたから」
「――ジェフリーさん」
隠せ、だと……? 見ただけで魔法使いかどうかを識別できる桁外れの才能を”隠せ”だと……?
「なんだ? クリス」
「トリシャは、あなたは、どう考えているんです? 見ただけで魔法使いを識別できる力、その価値、分かってますよね……?」
「ああ、もちろん。貴族だろうが王族だろうがアカデミアだろうが、この力を手に入れた組織は魔法使いを一気にかき集められるようになる。
まだ目覚めてない雑多な民衆から魔法使いを引き抜いて回れればそれだけで一気に抜きん出ることになる」
……分かってる、ジェフリーさんはシェリーさんの持つ力の価値を理解し切っている。
そうだ、見ただけで魔法の才能の有無を見分けられるのならば、彼女は”まだ目覚めていない魔術師”を一気にかき集められるんだ。
それは破格の力だ。魔術師不足という問題を一気に解決しうる天の才能だ。
「じゃあ、どうして……? いえ、あるんですね、事情が」
「――都会に住んでいたころ、姉さんは病弱だった。数日に一度は吐いていたほどに。
あの頃を知っているんだ。シェリー姉さんの力がどれだけ有用なのかなんて関係ない。使わせない、誰にも」
ッ、度重なる嘔吐か。まぁ、それもそうだろうな。
魔力が見えるというのがどういうことか分からないけれど、恐らくは視覚や聴覚を鋭敏にする術式を常時発動しているようなものだろう。
神経や脳に掛かる負荷は生半可なものじゃないと考えられる。
「シェリーさん、よく来られましたね。アカデミアまで」
「――まぁ、吐いてたってのは子供の頃の話だからね。少し強くなったんだと思う。
あと、これジェフが発明してくれたんだ。魔力が見れなくなるメガネ」
随分と色の濃いサングラスを掛けていると思っていたけど、そういうことだったのか。
「どうやって作ったんですか、それ? 魔力が見えるなんて症状、他にないのによく作れましたね」
「まぁ、発想としては単純さ。視覚を強化する魔術式の逆が発動する機械魔法を仕掛けてある。常時微弱な魔力で発動するようにしていて、視力全体を落としてるんだ。
そして逆に単純な視力の方は眼鏡の屈折で補ってる。だからそこまで素晴らしい効果があるわけじゃない」
ほう、あえて魔術で視力を落として普通の眼鏡でそれを補わせているのか。
面白い設計思想だ。
「でも、これがあるのと無いのじゃ大違いだよ?」
「だが全体的に見えにくくなってる上に隠しきれてないはずだ」
「それでも頭痛くならないもん♪」
視界から注ぎ込まれる情報量が落ちているから脳への負荷が軽減されているのだろうか。
でも、ジェフリーさんとしては視力を落とさずに魔力が見えなくなるようにしたい。けれどそこまで辿り着いていないと。
「なるほど。しかしそういう事情だと、本当に大変ですね。アカデミアなんて魔術師しかいないような街なんて――」




