第8話
「――朝焼けにコーヒーとは、乙なもんだな」
スカーレット王国全体でも上位に入るような高級ホテル、その1室。
そこに用意されたバルコニーで熱いコーヒーを飲んでいた。
まもなく他の朝食も運ばれてくる。なんという厚遇。こんなの久しぶり、いいや、初めてと言っても良いだろう。
「……ふぁあっ、ん、朝ですか」
「寝てても良いぞ。俺が早く帰りたいだけだからな」
「いえ、こっちもこっちで早く帰りたいんで、あなたと一緒に帰りますよ、ジェフリー」
寝起きのため若干暴れまわっている長髪、まだ寝ぼけたまなこ。
だというのに真紅に燃えているそれらはやはり戦士のそれだ。
相変わらずこの女は強い。リリィ・アマテイトという女はあの時よりも強くなっているようにさえ感じた。
「……昨日は、お疲れさん」
「それはこちらのセリフです。すみませんね、王族への接待になんて付き合わせてしまいまして」
「まぁ、日程がもうちょっと早ければ素直に喜んでいたんだがな。王都観光としゃれこんでもよかった」
眠そうにしているリリィにコーヒーを注いでやる。
ポットからカップへという単純な話だけれど。
「……お姉さんが来るんでしたっけ? アカデミアへ」
「ああ、今日の夕方にな。だから本当は来たくなかった」
「それに関しては本当に無理を言いました。タンミレフトの関係者を集めろって話で」
……エルトの奴、今日の話をしたら悔しがるんだろうなぁ。
あいつなんか知らんけど別の貴族の社交会に呼ばれてて、リリィが呼びに来た時にはもういなかったし。
「お上からの指示に従って相変わらず大変だなぁ、リリィちゃんは。転職しないか? シャープシューターズに」
「ふふっ、面白い冗談ですね。私の髪が黒くなったら、その誘いに乗りますよ」
ふん、神官であるうちは神官を辞められないか。当たり前だよな。
「しかし相部屋とは本当に要らない気を回されましたね、私たちも」
「……マジでお前の読み通りの話なのか?」
「だと思いますよ。私と貴方が交際していると思っているのでしょう。あるいは、交際させたいか」
男女で同室とはどういう計らいだよとは思った。
けど、リリィ以外に聞くにも聞けず、俺が聞いているのはリリィの推測だけだ。
「なんで交際してるって思われてるんだ?」
「私がシャープシューターズを重用しているからでしょうかね。あの事件のこともありますし」
「おいおい、仕事してりゃそれってガキの勘繰りかよ」
そんな話をしていると朝食が運ばれてきた。わざわざ個室にまで運んでくれるなんて本当に待遇が良い。
とうもろこしのポタージュを飲みながら、リリィとの会話を続ける。
「まぁ、確かに勘繰りとしては下の下だ。可能性として高いのは、私と貴方をくっつけたいという方でしょうかね」
「それまたどうして?」
「貴方はタンミレフトの英雄、そして稀有な機械魔法使い。ジュース販売機なんて教会の中でも噂になっているくらいだ」
へぇ、あれが話題になってるのか。儲けを突っ込んだ甲斐があるな。
あれに関しては単体の儲けというのもあるが、それ以上に”機械魔法”とその技術を仕掛ける俺の宣伝になると思っていた。
「没落貴族となると王国への反抗心を持っているんじゃないかと思われていてもおかしくない。
だから教会の人間と血を結んでしまえば、王族への敵対心が残っていても教会に帰依する」
「ほー、理屈は分かった。それでお前とねえ……神官って結婚したらお役御免とかあるんだっけ?」
こちらの質問に首を横に振るリリィ。
なんだ、偽装結婚くらいしてやろうかと思ったのに。
「じゃあ、意味ねえな」
「なんですか? 貴方は私に神官を辞めさせたいんですか?」
「……いや、別にそういう訳じゃねえんだけどさ、教会で働いてるの辛そうだなって」
こちらの問いに軽い笑みを返すリリィ。
「ふふっ、私と貴方が結婚したらアティーファに怒られます」
「別に怒りはしないだろ」
「そうですかね? 私は彼女、ジェフのことを好いていると思っているんですけどね」
まさか……そんな話があるもんか。
「冗談。で、昨夜の事はどう報告するんだ? 何もありませんでしたって包み隠さず? それともブラフを仕掛けるか?」
「……ジェフ、あなたは私に何をさせるつもりです? 上司相手にそういうことはしませんよ」
そんな丸腰で良いのか? またバルトサールみたいなやつが――と言おうとした。
して、やめた。茶化して良いことと悪いことがある。これは後者だ。
「そりゃ残念。別に俺は好きにカードにしてもらってよかったのに」
「ふふっ、それに流石にそんなところまで聞いてきませんよ。それにしてもジェフ、よく私に手を出しませんでしたね?」
「誰が自分より強い女を襲うかよ」
にやにやとした笑みを浮かべているリリィ。
「アティへの義理立て」
「違う」
「ほうほう、そういうことにしておきましょうか」
リリィの表情を見てるとぶん殴りたくなってくるな。アティアティって毎度からかってきやがって。
「それで今日、本当に俺と一緒に帰るのか? 教会の奴らと一緒に帰ったほうが良いんじゃないのか?」
「良いんですよ、もう先行で帰るって伝えてますから」
「……乗り心地については、保証しねえからな?」
こちらの確認に頷くリリィ。こうして俺は、バイクに2人乗りで帰ることになったのだ。
姉さんが到着するであろう学術都市・アカデミアへと。




