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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
第2章「機械仕掛けのストライダー」
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第7話

「……今日はありがとうね。クリスちゃん」


 夜、ボクの部屋の中でシェリーさんが微笑む。

 トリシャさんの私室が空いているという話だったけれど、ボクの部屋の方が近いからこっちに連れてきた。

 ボクの着替えを持っていくのも面倒だったしね。


「どういたしまして」


 暖炉に火をくべながら、シェリーさんの言葉に答える。

 さて、これでだいぶ温かくなるだろう。もう秋だ。夜は冷える。


「……それにしても、凄いね」

「何がです?」


 部屋を見渡して溜め息を吐くシェリーさん。いったい何に驚いているのだろうか。


「本の数だよ、何冊あるの?」

「……数えてないですね。ちょっとグリューネバルトの一件以来、小金が貯まりまして」

「一気に買い増したんだ?」


 シェリーさんの言葉に頷く。あの事件を超えて以来、正直お金には困ってない。

 元々父さんがかなり用意してくれていたけれど、それは生活費で減っていくものだ。

 けれど、それとは全く別に大金が手に入った。おかげさまでもう好き勝手に知的好奇心を満たしている。

 特にベアトたちと探った”アカデミア設立を辿る探求”のために死ぬほど本を買い増しした。棚のひとつを潰している。


「――ちなみにボクが書いた本もあります」

「えっ、ほんと……?」


 驚いた顔をしているシェリーさんの前にドンと一冊の本を置く。

 グリューネバルトで過ごした暑い夏、その結晶がこれだ。ボクの愛おしい思い出だ。


「……”慈悲王ベアトリクスが見たスカーレット王国建国史”――クリスティーナ・ウィングフィールド。

 おお、本当なんだ。というかクリスちゃんってやっぱりクリスティーナなんだね」

「ふふっ、クリスって呼ばれるのが好きなんです」


 クリスなのかクリスティーナなのかってやり取りも久しぶりだな。

 そんなことを思いながら、パラパラと本を読み始めたシェリーさんの表情を見つめる。


「む、難しい……本当に学院生さん、というか学者さんみたい」

「まぁ、慈悲王に見てもらってますからね。死ぬほど直されましたよ。”これは歴史に残せる本だ、お前に恥はかかせられない”って」

「慈悲王って、魔法王の? あ、でもグリューネバルトの王様は好かれているんだっけ?」


 シェリーさんの確認に頷く。

 じゃあ、ここから少し解説でもしてあげようか。

 何も知らない相手にどういう風に話すかの練習にもなるし、今日は色々話がしたい気分なんだ。


「そう。魔法王たちの中で”唯一自国民を殺さなかった魔法王”それが慈悲王ベアトリクス。

 彼が魔法王として活動していたのは魔法時代前期の末期から魔法時代後期の末期まで。たぶんどの魔法王よりも長い」

「前期と後期って? 何が違うの?」


 興味を示してくれたのか、シェリーさんが瞳を輝かせて尋ねてくる。

 サングラスをしていないシェリーさんの瞳は本当に美しい黄金色で、どこか、ベアトを思い出す。


「魔法皇帝って知ってますか?」

「うん。魔法を発明して、教会の時代を終わらせた人でしょ?」

「そうです。で、その人が死ぬまでが魔法時代前期、その人が死んでからが魔法時代後期。

 だから慈悲王というのは、魔法皇帝が最後に選んだ魔法王で、彼より後の魔法王は自称なんです」


 こちらの言葉に納得してくれたように頷いてくれるシェリーさん。

 さて、これで概要の説明に入れるかな。


「それでこの本の主題は、ベアトリクスに取材することでスカーレット王国が建国された当時の話を聞こうというもの。

 まぁ、でも実際にはベアトが魔法王になって以降の話はだいたい入れちゃってるかな。凄く興味深い話ばかりだったから」

「ふむふむ、じゃあ、かなり網羅的な内容なんだね。それでこんなに分厚いんだ」


 柔らかな笑みでボクの本を見つめてくれるシェリーさん。


「そうそう。まぁ、ざっくりした話で言うと『当時の魔法王がどれだけ民衆に恨まれていたか?』って話が前半。

 後半は『民衆からの支持を得て急速に拡大した初代スカーレット王の快進撃』の話」

「ふぅん……歴史はそんなに詳しくないんだけど、そっか、今の王国が成立するまでの話なんだね?」


 ――んー、声色から判断すると、この話題を深めてもシェリーさんの興味をあまり惹けなさそうだ。

 まぁ、それもそうだろう。こんな魔術史学の一番濃い部分の話、なかなか外の人に興味を持ってもらえる話題じゃない。


「ええ、そういう話です。王国というのは、人智魔法に対する抑制装置として成立してるみたいな話をしてます」

「なんというか、難しい話してるんだね。すごいや、クリスちゃん」

「……いえ、まぁ、シェリーさんに近いところの話をすると今ボクが興味があるのは機械魔法なんですよね」


 シェリーさんがボクに近づいてくる。


「どうして? 歴史に残っちゃうのかな、トリシャたちが」

「間違いなく残ります。いいえ、残さなければ当代の魔術史学者は全員が後ろ指を指されます。のちの世代の史学者から」

「なんでそう思うのか聞かせてくれる?」


 まるで自分が褒められているかのように喜んでいるシェリーさん。

 まぁ、それもそうだろう。彼女の周りには機械魔法の関係者ばかりだ。

 アカデミアに新学科を立ち上げたトリシャ・ブランテッド。その師匠であるドクターケイと弟子であるジェフリー・サーヴォ、この3人が近くにいるなんて。


「機械魔法の特性は”誰にでも使える”ということです。あのジュース販売機だってどういう原理か分からないですけど、定期的な魔力供給で動いているはずだ。

 でもその供給者はたぶん人智魔法使いじゃない。だって、そんなの雇っていたら黒字になるはずがないから」


 こくこくと頷くシェリーさん。


「つまりです、ああいう便利なものが一気に広がる可能性があるんです。

 人智魔法使いを雇っていなければできないことがどんどん安くできるようになっていく。いろいろなものが大きく変わっていくと思ってます。

 その先陣を切るのはトリシャ教授とジェフリーさんなんだろうなと」


 ここから起こるであろう機械魔法による技術革命。

 それを歴史に残せなかったら、ボクらは後世から馬鹿にされてしまうだろう。

 あの時代の歴史家は何をやっていたのだと。


「だからボクとしてはドクターケイという人に話を聞いてみたい」

「――じゃあ、会う? シルキーテリアに来てくれれば、ってあれか。今こんがらがってるんだった……ごめんね、クリスちゃん」

「いいえ、今の話が落ち着いたら、またお願いしても良いですか?」


 ボクの問いにシェリーさんは頷いてくれた。簡単な約束だけど、期待しておこう。その日が来ることを。

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