第60話
「――さて、ジェフ、エルト。準備は出来てる?」
あの事件から1ヶ月、俺とエルトはリリィに呼び出され”とある現場”にいた。
「良いのかよ? 指揮官殿が場末の傭兵に直々に会いに来て」
「場末の傭兵ですか。随分と自分たちを過小評価していますね。今この業界で、貴方たちシャープシューターズの名前を知らない人間はいませんよ」
シャープシューターズ、ケイやトリシャたちのセンスを借りた名前。
俺が拳銃、エルトが弓矢を使うことから名付けた名前だ。
タンミレフトの惨劇を引き起こしたバルトサールを討ち取った英雄という名前の持つ力は凄まじく、俺たちは破竹の勢いで傭兵業界で大きくなっていった。
今では仕事が途切れないくらいには安定して稼げている。
「フン、おかげさまでね。それで今回、俺たちの仕事は退路を断つことだけで良いんだな?」
「ええ、最初に突入する私たちに次いで重要な役所です。死にもの狂いの人間を止めるのは、難しいですよ。予想以上に」
――シャープシューターズ、略称SSSの仕事が軌道に乗り切った頃の話だ。
リリィから依頼があった。アマテイト教会による突入作戦、人手が足りないから複数の傭兵を召集して実行したい。だから俺たちにも力を貸せ。そういう依頼が。
「仕掛けるのはベインカーテンの支部ってことで良いんだよね? リリィ」
「ええ、そこに間違いありません。タンミレフト以来、奴らはその動きを活発にしています。だからここで確実に、潰す――」
バルトサールの凶行にベインカーテンは関わっていない。
だが、死霊呪術という技術を使っての凶行があれほど成功してしまったのだ。
同じ技術を愛用するベインカーテンにとっては最高の追い風になってしまっている。
「殺して良いのか?」
「なるべく生かして捕らえたい。貴重な情報源だ」
「なるべくで良いんだよね? 必須じゃない」
リリィからの頼みに、さらに被せていくエルト。
「もちろん。最優先はあなたたち自身の生存です。
しかし、ベインカーテンの信者は自決すら厭わない連中だ。
1人でも多く生き残らせることに意味があるということを忘れないでほしい」
そう言い残し踵を返すリリィ・アマテイト。
タンミレフトの惨劇を越え、昇進したという彼女が纏う装束は以前のそれよりも風格に満ちていた。
しかし、あの若さで複数の傭兵をとりまとめての突入作戦の指揮を執るとは。リリィが有能なのか、アマテイト教会の人手不足が深刻なのか。
いや、それよりももっと単純でタンミレフトの惨劇を収めた”神官リリィ”の名前が持つ力が強いということなのかもしれないな。
「さて、持ち場に移動しましょうか。ジェフ」
エルトの言葉に頷き、俺たちに与えられた持ち場に移動する。
アカデミアの外れ、郊外にぽつんと佇む建物が”支部”なのだという。
今回、SSSに任されたのはその裏口だ。窓からの脱出なども考えられるがそこには別の人員が配置されている。
「――チェンジバレット・スモークボム」
郊外、ここにあるのは小規模なひまわり畑だ。
背の高いひまわりに隠れて裏口に向けて銃口を構える。
「なぁ、エルト。実際効くのか? その痺れ薬は」
「ドルンどころかドラリオにも効く優れものさ。逆に人間を殺してしまわないか心配なくらいだ」
流石は竜族との国境線に生きる男だ。とんでもないものを仕入れてやがる。
影の傾き具合を見る。予定の時刻、そして扉を蹴破る音がして理解する。
――始まった!
「ジェフ、今だ――」
「――ああ、分かってる!」
裏口付近の窓に向けてスモークボムを放つ。
視界を潰すことによってそこを退路にする気を削ぐ。
そして裏口が開かれ、逃げ出してきた人間たちに向けて、エルトが放つ。
第1の矢を、その足に向けて。
「ァ――アア……ッ!!」
違えることのない連射。それによって7人の人間を沈めたところで、1人、鎧を着込んだ男が飛び出してくる。
その鋼はエルトの矢を受け付けない。
「――キツいですね、これは」
「俺が行く――ッ!」
チェンジバレル・スタンガン――そう呟いて、音声認識を行う。
今回の目的はあくまでも無力化。そしてエルトの矢が届かないというのなら、最適解はこれだろう。
「ッ……アマテイト教会、か!」
「違うね、俺は――」
振るい降ろされた剣を寸前で回避しながら、懐に飛び込む。
鎧の胸元に銃口を突きつけ、引き金を引く。
「何かしたか――?」
「さぁ? なんだろうな」
……流石に鎧が分厚すぎたか。
もっと効果的な場所を狙わないと効果がないように見える。
振るい降ろされた剣を、銃身で受け止めながら、次の一手を考える。
やれやれ、それなりの強敵だな。こいつは。
「チェンジバレット・ペイントイット」
左の弾丸をペイント弾へと変更する。
そして、剣を受け流しながら、脳天に向けて放つ。
鮮烈なペイント弾を。
「な――ッ?!!」
「フン、終わりだ――ッ!!」
視界が潰されたこと、顔面にドギツい赤の染料が被せられたこと、それによる恐怖が男の体勢を崩す。
こうなってしまえば後は簡単だ。剣をたたき落とし、右の銃口を顔面に突きつけ、引き金を引く。
「ァアアアア!!!!」
流れ出す電流。それは男の顔面から前進へと流れ込む。
出力はそこまで上げていないから、死ぬことはないと思うが、どうだろうな。
まぁ、他にエルトが痺れさせている連中もいるんだから1人くらい死んだところで誤差といったところか。
「ジェフ! ケリはついたようだね」
「ああ、おかげさまでな――」
そう言った瞬間、建物の中から炎が吹き出してくる。
……リリィめ、あいつこそベインカーテン関係者、殺しまくってんじゃないだろうな。
「加勢に行きます?」
「その必要もないだろ。俺たちの持ち場はここだ」
加勢を求める合図もないし、あの炎をみる限りリリィも絶好調なのだろう。
ならば俺たちがここを離れて脱走者を増やしてしまうことの方が問題だ。
「了解です。しかしこうして教会の突入作戦に参加するとは、改めて感慨深いですね」
「そうか? リリィとの仲がある。別に特別なことじゃないだろ」
リリィの奴が俺たちを頼ってくれるのは嬉しいが、別に感慨深くなるほどじゃない。
「――ふふ、それが特別なことなんですよ。ジェフリー、人と人の繋がりは確かに貴重な財産だ。僕と貴方があの事件で得たそれはとても大きい」
にこやかな笑みを浮かべるエルトを見つめ、彼の言葉に頷く。
確かにリリィとのコネが出来たのは非常に大きい。
そしてあのアティという女と顔見知りになったことも、大きいのだろう。
それが吉と出るか凶と出るかはまだ分からないけれど。
「――各員、周辺を再確認! 捕虜の拘束を徹底しなさい! 自決を許すな! 逃亡も!」
リリィの声が聞こえてきて、作戦が一段落を着いたことを理解する。
シャープシューターズ、今日の仕事もまた無事に済んだということだ。




