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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「農奴ジェフリーはお姉ちゃんと暮らしたい」
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第58話

「――どうしたんだい? 珍しいじゃないか。アンタが私の研究室に来るなんて」


 マルティンとの別れから数日、俺はトリシャの研究室を訪れていた。

 扉を開くとコーヒーをがぶ飲みしながら機械弄りをしているトリシャがいて、少し安心する。

 この女は昔と何も変わらないのだと。


「姉さんから”ビデオレター”が届いたんでね」

「ああ、再生したいってか。良いよ、この奥の3番の部屋に機器を用意してる。好きに使いな」


 言われるまま歩み進もうとした時だ。トリシャがこちらを呼び止めたのは。


「”ジュース販売機”とやらは、盛況かい? ジェフ――」

「――おかげさまでね。キンキンに冷えた甘いジュースの需要は半端じゃない。良いパティシエを教えてくれて助かったぜ」

「なに、この街も長いからね。そういうコネもある。だけどさ、傭兵稼業も続けるつもりなんだろう?」


 トリシャの問いに頷く。彼女が渡してきたビーカーに入ったコーヒーを受け取りながら。


「まぁな。”販売機”だけじゃ稼ぎが足りない。かなり稼げてはいるが、初期投資を回収するにはもう少しかかる」

「……そんなに早く帰りたいのかい? あの田舎に」

「当たり前だろう。俺の人生は、あの場所で終わるのさ。姉さんと共に」


 随分と酸味の強いコーヒーだな。

 なんだろう、トリシャの趣味じゃないような……単純に淹れてから時間がたち過ぎているんだろうか。


「あの田舎で一生を終える。それがアンタの口癖だったね――」

「――何か、文句でもあるか? いや、あるからアンタは俺を引っ張り出してきたんだろうが」


 グイっと顔を近づけてくるトリシャ・ブランテッド。

 年齢不詳のその顔は、間近で見ると惚れ惚れするくらいに美しい。これでまだ独身だというのだから信じられない。

 彼女の周りの男にはよほどタマがないらしい。まぁ、俺もこんなに我の強い女は御免だが。


「――ねぇ、ジェフ。最近、鏡を見ているかい? 今のアンタ、10歳は若返って見えるよ」

「おいおい、適当抜かすなよ。10歳若返った俺はただのちんちくりんだぜ」

「それだけ昔のアンタが老け込んでたってことさ。ジェフリー、アンタは私と同じ人種だ。いや、それ以上と言えるんだろうね」


 トリシャの両手が俺の右手を掴む。


「アンタがデバイスを弄り始めたのは7歳のころだったね。大したことも教えてないのに拳銃をばらしてもう一度組み立て直してみせた。

 ……正直に言おう。私はあの時、アンタに惚れたんだ。機械魔法使いとしてのアンタの才能に惚れた」


 ――そういうことなのだろうとは薄々感じていた。

 トリシャが俺のことを高く評価してくれているのは知っていた。

 けど、ここまで真正面から褒め称えられるのは初めてで、柄にもなくドキリとしてしまう。


「ッ、俺は魔法使いじゃない。アンタに比べればカスみたいな実力しかない」

「そうかな? 少なくとも私にはジュース販売機を造ろうなんて発想はなかったよ」

「でも造れはするはずだ。あの程度の設計図、描けないアンタじゃない」


 こちらの言葉に曖昧な笑みを返すトリシャ。

 あんなもの、冷却魔法を常時発動させておくだけのものに過ぎない。

 朝に魔力を供給するだけで夕方まで動き続ける。それだけの機械でしかないんだ。


「でも最初にやったのはアンタなんだよ、ジェフリー。タンミレフトでの活躍もそうだったけど、私の読みに狂いはなかった。

 思った通りだ。アンタさ、この街に来てからいくら稼いだ? その稼ぎの全てがアンタの才能の証明、アンタがこの街に向いているってことの証明なんだ」


 ……姉さんと農家をやっていた時の稼ぎ。1年間で得られる金。

 それの半分くらいは稼いだだろうか。この金こそが俺の才能の証明――か。


「おだてるな。俺が稼いだ金は愛の証明だ、シェリー姉さんへの」

「……土地を買い戻すための金。それを貯め終わってもなお今と同じことを言っていたのなら、アンタの言う通りなんだろうね」

「俺が、心変わりするとでも?」


 こちらの問いに頷くトリシャ。


「人間は才能の認められる空間にいると、思考まで変わっていくものなんだ。

 だからアンタは変わる。私はそう信じている。けれど、もし変わらなかったとしたら、アンタは稀有な才能を持っていながらそれを必要としない性格だったってことなんだろう」

「……つまりトリシャさんよ、アンタは俺を試すために大金はたいたってのか? バカだろ、お前」


 こちらの罵倒にニヤリと笑みを返すトリシャ。


「バカはお前だジェフリー、私たち学者にとって埋もれた才能を掘り起こすこと、自らの弟子を、飛び切り優秀な弟子を用意すること、それがどれほどの喜びかを知らないんだから」


 ――今、置かれている状況。姉さんと引き離されてしまっていること。

 そのことへの恨みは抜きにして、ここまで高く評価されていること、見込まれていること。それ自体は決して悪いものではなかった。


「引き留めて悪かったね。見るんだろ? ビデオレター」

「ああ、せっかく姉さんが送ってくれたんだからな」


 何かこそばゆいものを感じながら、3と表示された部屋の扉を開ける。

 武骨な機械とガラス張りの投射装置。ドクターケイとトリシャ・ブランテッドの発明の中でもかなり異才なこれこそ”映像再生機”だ。

 実際、こいつを使えばかなり金が稼げると思う。問題があるとすれば使用の際に要求される魔力量が大きいことと、そもそも作るための金が高すぎることくらいだろうか。


「久しぶりだな、こいつを使うのも……」


 記録媒体を差し込み、両手を再生機の定位置へ。そして魔力が吸い出されていることを感じながら、待つ。

 魔術式に魔力が流れ込む音がして、画面に光が灯っていく。

 そして、そこに映し出されていたのは――


「――なんだ、これ」


 映し出されていた場所は見慣れた俺たちの田んぼだった。

 けど、映像のど真ん中には大きな機械があって、それがガションガションと音を立てながら近づいてくる。

 ……田んぼには既に水が張られていて、機械には苗が備え付けられている。――ほう、田植え機か。これは。

 こいつがトリシャの言っていた農作業用の機械なんだろうな。


『ドクター! 撮れてるー?』

『フォッフォッ、撮れておるぞ~!』


 画面いっぱいに映り込むくらいまで田植え機が近づいてきたところでシュタッと音を立てながら姉さんが降りてくる。

 ――久しぶりに見る動く姉さんの姿に、嗚咽が零れそうになる。


『えへへ、びっくりした? これがトリシャさんの用意してくれた”田植え機”だよん♪

 おかげさまで今年の田植えも絶好調だから、ジェフは、何の心配もしなくていいんだよ?』


 姉さんの瞳が優しく微笑んでいる。

 実際、その背後に広がる田んぼを見れば、姉さんの言葉に嘘偽りがないことが分かる。


『ねえ、ジェフリー……聞いたよ、教会から褒章をもらったんだってね。おめでとう……ジェフは本当に自慢の弟だよ』


 ――ケイかトリシャが伝えたのだろうか。いや、教会の情報網があるからそっちから伝わった可能性もある。

 アマテイト教会、それも大神官から直々に褒章を賜る。それは本当に数年に一度もない大事だ。

 姉さんに心配かけたくなくて、手紙には何も書いていなかったけど、やはりバレていたか。


『……ジェフ、無理、してない? 身体は大丈夫? ごめんね、こんな湿っぽいことしか言えなくて』

「ハ、馬鹿でかい田植え機背中になに言ってやがる……」


 ああ、クソ、今すぐ姉さんを抱きしめてあげたい。

 心配してくれてありがとうって、伝えられればいいのに……ッ!


『あれ? もう時間?』

『うむ、あまり長くは撮れんのじゃ』


 ……そうか、映像を長時間撮るのはまだまだ難しいんだったな。

 ケイもトリシャもそれへの改善に力を注いでいる訳じゃないから劇的にこのネックが改善することはない。


『ふふ、と・に・か・く、ジェフリーはせっかくの都会暮らし、せっかくの学院生活、楽しんでね? それじゃあ、また~♪』


 映像が途切れ、姉さんの姿が見えなくなる。

 ……間髪入れずにもう一度再生しようかと思った。

 けれど、その前にもうひとつ”記録媒体”を持ってきていることを思い出して、俺はそれを引き抜いていた。


(……今なら、誰に疑われることもなく開くことができる)


 トリシャには姉さんからのビデオレターを何度も見直していたと言えばいい。

 そう言い通せるし、疑われる余地もない。疑われる余地もなく俺は再び確認することができる。

 ――フランセルの日記を。あの日、あのタンミレフトの中で、アティが用意した隠れ家の中で撮り写していた画像を、今なら読み出せる……ッ!


「……ッ、俺は、」


 姉さんからのビデオレターを引き抜き、フランセルの日記が収められた記録媒体を差し込もうとした。


『――その名前、2度と口にしないで。私、あなたは、殺したくないの』


 アティの言葉が脳裏を過る。リリィに対して俺は嘘を吐いた。彼女を遠ざけてまで俺は自分が安全でいようとした。

 マルティンが俺を止めた。没落貴族としての仲間であるあいつが、俺を止めた。俺は復讐に囚われることはないのだと。俺にはまだ姉がいるのだからと。

 ……確かに、この手の中に、フランセルの日記はある。だが、これをここで再確認することに何の意味がある? 冒頭の初期魔法文字を解読するか?

 そこに、いったい何が書かれていて、それを読んで何が変わる……? 俺はもう、関わらない。そう決めているのに。


『ドクター! 撮れてるー?』


 再び映し出されるシェリー姉さんの姿、それが俺の答えだった。今、俺が決めた答えだったんだ。

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