第54話
――灰の中の帰路。灰が絡まり、バイクが使い物にならないその道のりは、良い時間だった。
お互いがお互いのことを話し合うには、都合が良かった。
まず知ったのはトリシャとルビアが、アカデミアの教授会もアマテイト教会もぶっちぎってここに来ていること。
「きっと帰る頃には”ルビア”はどこだ?!って大騒ぎだと思うよん♪」
なんてふざけながら微笑むルビア様に、大神官というものが威厳あるものなのかどうかよく分からなくなった。
そして次に話したのが『エルトがなぜここに来たのか?』だった。
「――アティーファ・ランディールという暗殺者、元々のジェフリーへの依頼人に誘われましてね。
彼女と共にタンミレフトに入ったんです。地下水道からね」
「つまり地上の結界は通ってきてないんだね? そういう足は着いていないと」
トリシャの確認に頷いたエルト。それを聞きながら、ルビアとリリィは話していた。
地下水道への浄化作戦も必要になるだろうなんて話を。
アティが決定的な証拠を奪っていったこと、そしてそこから話は本題へと移る。
「やっぱりバルトサールが今回の黒幕、だったって訳だね……」
「予想していたんですか? ルビア様」
「……ライティカイネン家のこと、知っていたんだもの。なんとなく予測してた。ごめん、遅くなって」
深い溜め息を吐くルビアさん。
「トリシャ、アンタはどう思ってた?」
「――私のジェフを巻き込むゲス野郎とは思ってたよ。
けど、黒幕とまでは思ってなかったね。私は神官の神官以前なんて知らないからさ」
バイクを押しながら答えるトリシャ。
しかし、バルトサールはどういうつもりで俺とリリィをあの死地に送り込んだんだろうな。
教会として手を打っていますよという見せかけのためか、それともリリィという扱いにくい部下を殺すためか。
どちらにせよ、その答えを知る日は来ない。あいつはもう、死んだんだから。
「――リリィちゃん。あいつの動機、分かる? どこまで聞き出せた?」
「いえ、詳しいところまでは。ただ”10年前の政変”を仕掛けた者たちへの復讐なのだと言っていました。何かしらの組織の存在を掴んでいたのかと思います」
その”何かしらの組織”――その名前が”ベースメント・オルガン”なんだ。
アティが俺に二度と口にするなといった組織の名前。
実体は不明、心当たりさえない名前。いったいどの手の組織なのかさえ想像がつかない。闇夜の盾のような盗賊結社なのか、それとも魔術師の連合か。
「……10年前、か。だよねえ、あのころからバル君どっかおかしかったもん」
「止められたかもしれない。なんて思わないことだね、ルビア。どんな理由があろうとも奴は、この大惨事を招けるような”異常者”だ」
「分かってる。――でも、そう薄情にもなり切れないんだよ、私はね」
ルビアさんの瞳がこちらに向けられる。
「ジェフ君は、読んだんだよね? ランディールとかいう傭兵に奪われた”フランセルの日記”を」
「ええ、ですが組織に関するめぼしい情報はありませんよ。
せいぜいこの死都の力をもって、バルトサールが組織に入り、内側から破壊してくれるだろう。そんなフランセルの期待が書かれていただけです」
――ベースメント・オルガンという名前を除いては。
いや、あの日記に書かれていたのは”オルガン”だけだったか。
「死都の力で組織に入る……ベインカーテン、なのかな……」
「私にはそうは思えないんです。ベインカーテン相手なら教会を敵に回すような下策、取る必要がない」
「うん。私もそう思う。そういう感じじゃないと思うのは確かなんだよね」
もし、ここでベースメント・オルガンという名前を出したらどうなるんだろう?
リリィとルビアにその名前を提示したら、彼女たちはどう動く? それを知りたいと思った。
だけど同時にアティの忠告が脳裏を過る。ベースメント・オルガンの名前は出すな、殺したくない――そんな意味合いだった彼女の言葉が反響する。
「――へぇ、それで家族あての手紙だけ残してタンミレフトへ?」
「ええ、もしも僕が死んだとしてもあの手紙が僕の行き先を教えてくれる。そうすればあとは父上たちが美談を仕立ててくれるか、何かしらの足掛かりにしてくれます」
「フン、つくづく覚悟の決まりきった男だね。全てはカーフィステイン家のためにかい?」
ルビアとリリィから意識を逸らした先、そこではトリシャとエルトが話し込んでいた。
どうやらトリシャは、エルトがこの事件に首を突っ込むことで何を得ようとしていたのかを聞き出しているらしい。
「――貴族の次男坊なんて替えの利く存在です。これくらいの無茶をしたほうが良い。
おかげで貴女様と親密になることもできたし、普通なら縁の無いルビア様に顔を覚えてもらうくらいのこともできました」
「……私とのコネにそんな価値はないよ。少なくとも命を張るようなもんじゃない」
トリシャの言葉に、薄い笑みを返すエルハルト・カーフィステイン。
「ふふっ、それは謙遜ですね。あなたはもっと自分の存在価値というものを自覚なされたほうが良い」
「知っているからこその言葉さ。それにアンタはもうジェフの友人やってたんだ。私とのコネなんて放っておいてもできてたよ」
「……まぁ、それはそうですが」
一瞬、エルトから視線を外し、こちらを見つめてくるトリシャ。
そして彼女は口を開く。
「ジェフ、守ってやりなよ、こいつのこと。早死にする部類の人間だ」
早死にしそう、か。
俺もアティにそんなことを言われたな――なんてことを思い出す。
「フン、報酬次第じゃ構わないぜ――?」
「――心配ご無用。流石に貴方に守られるほど弱い男ではありませんよ」
エルトと視線を交わし、笑い合う。そんな中で俺は少し安堵していた。
ベースメント・オルガンという名前を出さなかったことに。
奴らの名前さえ出さなければ、俺はまた普段の日常に戻れる。こんな超の付くほど大規模な事件に巻き込まれるのはもう、御免だ。
ほどほどの仕事でほどほどに稼げればいいのだ。傭兵なんてものは。あくまで俺の目標は金を集めて、トリシャから土地を買い戻すことなんだから。
死んでしまったら、元も子もないんだ。




