第48話
「そうだと答えれば、お前はどうする? 私の大義が善であれば、この悪を見逃すのか? お前にそんな器用な真似ができるか? リリィ・アマテイト――?」
――筆頭の投げかけてきた問い。ここに頷けば、おそらく彼は私を信じるのだろう。
けれど彼のことだ。何かしらの防御策を講じてくる。たとえば私の首元に爆弾を括り付けるような、そういう術式を仕掛けてくるのだろう。
そして私は彼の駒になる。彼の復讐の道具にされてしまう。
「……大義が善であれば、悪を見逃す? くだらない話だ。そもそも貴方の復讐が善であるものか」
こんな惨状を引き起こしていなければ、その復讐心は一概に否定されるべきものではなかったのだろう。
けれど、この惨状を引き起こしたような奴の言う復讐心など、相手にする価値もない。斟酌してやるような温情は持ち合わせていない。
「フン、だろうな。お前はそう答える。そう知っていたから、殺したかったんだよ――」
ここまでの会話は良い時間稼ぎになった。
私の呼吸は整い、溢れる太陽の炎は全身に漲っている。
「――私だって、最初から生かして返すつもりはありませんよ。
この惨状を見たときから、これを引き起こした人間は殺す。そう決めている……ッ!」
漆黒の太陽を撃ち落としながら、距離を詰める。
突撃に合わせて、蹴りを叩き込み、まずはバルトサールの体勢を崩す。
そして徹底的に追い打ちをかけていく。
「いい気になるなよ……! リリィ……ッ!」
へし折れた腕を唸らせながら、こちらの首元を狙うバルトサール。
その一撃を受け止めながら、その顎を殴り飛ばす。
――行ける、このまま攻め落とせる。ただ、問題はあれだ、あの再生力だ。
「私の力が貴方を上回っていたんだ、いい気にならないはずがないでしょう?」
足元の魔術式からの”穢れ”の供給、あれをまたやられたら本当に危うい。
こちらの体力は目減りしていて限界が近いし、穢れを取り込むことによって再生するだけでなくバルトサールはより多く、死霊の力を手に入れる。
それを実行させたら負け。では、どうするか――? その答えは、既に見えていた。
『――命とは即ち世界である――』
誰にも聞こえないような極小さな声で、呟く。必殺の一手、そのための布石を。
最中、バルトサールが放つ漆黒の太陽を殴り潰し、そこからの蹴りを回避してみせる。
戦闘を続けながらの詠唱、これくらいが出来るようになってようやく半人前の土俵に乗るんだ。
『――心臓とは即ち太陽である――』
幾度となく繰り返してきたバルトサール筆頭との組手。
まさかそれを、こんな形で行うことになるなんて思っていなかった。
こんな、本当の殺し合いとして演じる日が来るなんて、きっとあの日の私に教えたら卒倒するのだろう。
『――ならば我が血潮よ――』
紡ぐ言葉、続けてきた詠唱、その完成が近づき、私の両腕に女神の炎が灯りかける。
その力の流れを、察知しないバルトサールじゃない。それは、分かっていたことだ――!
「リリィ、お前……!!」
「もう遅い――燃え盛れ、そう、太陽のごとく……ッ!』
両手に灯る炎は太陽へと変わり、放つのは極大の一撃。
炎を狙い定めて撃つことに劣る私が編み出した、私にとって最も強い遠距離攻撃。
全てを燃やし尽くす太陽の一撃。この火力は、バルトサールの操る小型の太陽の比じゃない。
無意味なまでの火力特化、これほどの力であれば、消し飛ばせる。バルトサールの身体の、その全てを……!
「終わりだ、バルトサール・ライティカイネン……!」
巻き起こる爆炎、その中に消えるバルトサール。
そして、炎が消えたときには”消し炭”になった男が1人、立っていた。
――おかしい。身体が、残っている……? 立ったままで……?
「ッ、バカな、そんな……っ?!」
消し炭と化したバルトサール・ライティカイネン。その身体に目掛け、真紅の魔術式が発動する。
集められた膨大な”穢れ”が、焦げ付いた身体に流れ込もうと動き始める。
追撃だ、追撃を放つんだ、あの身体を破壊すれば……! そう、分かっていても私の身体が追い付かなかった。
極大の一撃を放った直後に十全に動けるほど、私は出来上がった人間じゃない……!
「――今だ、トドメを刺せ! リリィ、アマテイト……ッ!!」
響いたのはジェフリー・サーヴォの絶叫。そして1発の魔力弾が、流れ込もうとする穢れを、その流れを破壊する。
彼が稼いだ時間は一瞬に過ぎない。魔術式そのものが崩壊した訳じゃない。
流れ込む穢れ、その全てを止めたわけじゃない。それでも、それでもだ――充分だ、充分にする。今から、私が!
「終わりだ……ッ! バルトサール……ッ!!」
全力を込めた右の拳、それを叩き込むためなら、他のことはどうでもよかった。
流れ込んでしまった穢れの量、バルトサールの再生具合を見て、この一撃を叩き込めれば終わりだと分かっていたから。
だから、他のことは、どうでもよかった――
「――リリィ、ッ! お前は……!」
バルトサールが放った右の拳、それが私の腹に食い込み、突き刺さるのを感じながら、右の拳を押し込む。
「ッ……さようなら、筆頭」
押し込んだ拳、そこに炎を灯す。そして拳を回転させながら、押し、広げる。
「あなたには、感謝していました。嘘偽りなく――」
私が最後に伝えたのは感謝だった。
たとえ貴方の思惑が何であろうと、貴方の有り様が変わろうとも、貴方がそもそも最初からこれほどの悪だったのだとしても、貴方が私に与えてくれたものは変わらない。
だから”アマテイト神官”としての私が貴方を殺すとしても、私個人は伝えなければならなかった。貴方への感謝を、女神の元へと旅立つその際に。
「ッ、お前の、そういうところが……」
――彼の最期の言葉は、紡がれることはなかった。
その前に全身が爆発したからだ。そうなるように私が力を流し込んだ。殺したんだ、私が……!
「ッ……マズい、ですね、これは……」
筆頭が残した傷、私の腹に空いた穴。これを塞がなければ死ぬのは時間の問題。
そして、これを治せば、私の力は底を尽きる。
(私自身の命を勘定に入れろ、でしたよね……? ジェフ)
ならば後は、託します。だって、ここですぐに傷を塞がなければ致命傷に至るのだから――




