第46話
――圧倒的だった。
”太陽の雫”を手にしたリリィ・アマテイトの力は一線を画していた。
炎色の装束を身に纏い、太陽の化身となった彼女は完全にバルトサールを圧倒していた。
「――聞こえているからですよ。私には彼女の声が聞こえる。私の成すべきことは、彼女の光が照らしている。
だから何の迷いもなく、私は常にアマテイト神官だ。それは貴方の裏切り程度で揺るぎはしない――!」
言い切った彼女の瞳に迷いはなく、その拳こそが最大の証左だった。
彼女は、自らの師を相手にしていることへの迷いなど一片も持ち合わせておらず、同時に師を上回るだけの力を持ち合わせていた。
……勝てる、そう確信した。あと僅か瞬きを繰り返せば、決着がつく。その時の勝利者を、俺は確信していた。
「ッ……?!」
「フン、ここがどこか忘れていたのかな。私がただのアマテイト神官のままだとでも?」
毛色が変わったのは、リリィがその拳をバルトサールの胸に叩き込んだ、まさにその時。
――心臓を、握りつぶしたはずの一撃が”致命傷”に至らなかった。
足元の魔術式が赤黒く輝き、穢れを流し込んだ。バルトサールの肉体へと。
「ッ、捕らえたって、同じことだ……!!」
「ふふっ、腕1本の時と同じように、逃げられるとでも?」
リリィの片腕は、再生したバルトサールの胴体に取り込まれている。縛り付けられている。
そこから逃れるまでの間に、リリィが行った我武者羅な攻撃と、バルトサールの放った追撃。
――流れを変えるには充分だった。圧倒的なリリィの有利。それを五分に持ち込むには充分過ぎた。
「……やって、くれましたね。筆頭――ッ!」
「フフッ、教えたはずだよ、リリィ。死霊呪術を前に”油断するな”と。穢れの強みは粘り強さなんだ。それはもう知っているだろう?」
ほくそ笑むバルトサール・ライティカイネン。あと一歩で攻めた切れた寸前からの”再生”だ。
死に近いがゆえに死ににくいその在り方。なるほど、確かに粘り強いし、一度死んだら終わりの”生ある人間”とは一線を画している。
「ええ、何度も相手にしてきましたからね……貴方と共に!」
リリィの全身から炎が噴き出す。彼女は再び臨戦態勢に入った。彼女の消耗は、恐らくまだそこまで致命的なものではないだろう。
しかし、これと同じことがあともう一度でも起きれば、それで終わりだ。
追い詰めたバルトサールがもう一度全快したら、その時、リリィに体力が残されているとは思えない。
(……ハァ、今の俺に、何ができる――?)
拳銃が2丁あったところで、2発も弾丸を撃つことは出来ない。
リリィが治してくれた折れた腕。彼女が注ぎ込んでくれた力のおかげで、僅かばかり魔力と呼べるようなものが俺の中にも残っている。
けれど、これで何ができる? 1発の弾丸でさえ、放てるかどうかも危ういというのに、何が?
『――魔力欠乏は、命に関わります!』
リリィの言葉が脳裏に響く。これを言われてからいったいどれだけの時間を刻んだのだろう。
「っ……チェンジバレル・スタンダード、チェンジバレット・キリングイット」
火力のエクスプロード、追尾のホーミングレイザー、そのどちらの弾丸も不可能だ。今の俺では放てない。
それだけの残りがないんだ。そして残りがないのならガトリングにも意味がない。
そもそも複数の弾丸を用意できないのに、連射などできても意味がない。
(どこだ……? どこを狙う……? 考えろ、苦し紛れの1発は要らない――)
――俺が放つ”最後の1発”は、リリィを勝利に導く弾丸でなければならない。
もはや俺自身が勝つ目はない。俺1人が立ち上がってバルトサールを倒せるはずもない。
勝たせなければいけない。負けさせてはいけない。太陽の雫を握るリリィ・アマテイトという最強の戦力を、勝たせるため自分にできる最大の一手を考えろ。
(単純な実力差で言えば、リリィの方が上手。厄介なのは、やはりあの再生能力)
現状を再認識する。穢れを取り込むことによる再生と強化。
最も厄介なのはそれだ。つまり結局のところは、この足元に広がる魔術式を破壊すること。それに尽きるということか。
アティとエルトに期待したいところだが、リリィとバルトサールの戦いに間に合わせられるかどうかは怪しいだろう。
俺が稼いだ時間だって相当だったはずだ。それだけの時間があってリリィだけが送り込まれてきたんだ。生半可じゃない。この魔術式を守るために仕掛けられているものは、生半可じゃないんだ。
(……魔術式を狙って撃つしかない、か)
リリィとバルトサールが繰り広げる死闘を視界の中に留めながら、同時に分析する。
この足元に広がる術式の”要点”を。こういう術式は枝葉を壊してもすぐに残された部分が穴を埋めてしまう。
大規模であればあるほどそれは確実だ。だからこそ、狙うのは”要所”でなければならない。術式の心臓部でなければならない。
(――心臓部が、複数用意されているな、これは)
よくもまぁ、こんな手のかかる術式を用意したものだ。要が等間隔に配置されていて、1つ壊しても塞がるようになっている。
徹底的に”一定以上の範囲”を壊し尽くすまで、この術式は停止しない。そういう造りだと分かる。
通りで3人がかりで破壊できないわけだ。――だが、ならばどうする? この状況、指をくわえてみているしかないのか?
(……いや、俺がここにいて1発撃てるんだ、必ず”その時”が来る。最後の1発を放つべき時が!)




