第44話
――死というものを、逃れられないのだと自覚したのはいつだっただろうか。
つい、数秒前のことだったか。いいや、それよりも前から分かり切っていたのかもしれない。
最初から理解していたんだ。敵は太陽神官、リリィと同類。いや、それよりも質の悪いリリィの師匠だ。
そんな男が死の力に手を伸ばした怪物――それがバルトサール・ライティカイネンだ。
(勝てる、なんて思ったのが甘かったか……)
太陽神官としてのバルトサールを倒せそうになって、期待したのが間違いだった。
死の力を完全に取り込んだあいつの強さは、別格だった。
足元の魔術式を破壊しようとするリリィたちのことを完全に後回しにしたのも大きい。
どす黒く染まった太陽を操りながら、こちらに近接戦闘を仕掛けてくるあの男の強さに、俺は歯が立たなかった。
(――どうする、ここから俺に、何ができる……?)
敗北を、死を、完全に覆せないものだと覚悟したのは、つい先ほどのことだ。
左腕が折られた。引きちぎれていないのが奇跡的なくらいで、もう完全に使い物にならない。
太陽の雫による再生は見込めない。見込めない理由は2つ。そもそもそんな暇をバルトサールは与えちゃくれない。
もうひとつは、魔力不足だ。完全に力が枯渇した。自らの傷口を癒すだけの生命力が、尽きたのだ。
「死ね――ッ!」
破壊しきれなかった太陽と、バルトサール自身の突撃。
これは防げない。動くだけの力もない。ならば、あとは――
「――チェンジバレット、エクス、プロード……ッ!」
呟く言葉、狙うは足元に広がる魔術式。バルトサール本人への攻撃はもはや焼け石に水に過ぎない。
なら、俺ができる最後のことは、これ以上バルトサールが死の力を手に入れることを防ぐこと。
リリィたちの目的が、少しでも果たしやすくするようにすること。それだけだ、もう、時間稼ぎはできない……!
「な、に……?」
ガチリと音を立てた。それだけだった。俺は引き金を引いた。
銃口は応えなかった。銃身は震えなかった。何も起きなかった。何も放てなかった。
……俺にはもう、1発の魔力弾を放つだけの力も残っていなかったのだ。
「フン、魔力切れか――」
ニヤリと笑みを浮かべたバルトサール、それが最期だと思った。
このまま心臓を抉られて死ぬのだと、そう覚悟を決めた。
決めていた――はず、だったのに。
「――らしくもないですね、あなたが匙を投げているだなんて」
床が爆発した。俺の少し前で爆発が起きて、その炎の中に”彼女”は立っていた。
真紅の長髪に白い装束、煤汚れたそれを見ると彼女も彼女で苛烈な戦いを越えてきたのが分かる。
それもそうだろう。この魔術式はフランセルとバルトサールの計画の肝だ。多重にも防御のための魔術式が仕掛けられているはずだ。
もし、それがないのなら、彼女らはとっくの昔にここを破壊し終えている。
「お前か、よくもフランセルの術式を越えてきたな――リリィ、アマテイト……ッ!」
「フン、私のことを”アマテイト”だなんて、既に神官でない自覚は済ませているようですね。バルトサール、ライティカイネン――」
迫り来る太陽をすべて殴り壊し、バルトサール自身の攻撃も全て受け止め切って蹴り飛ばす。
その流麗な動きは、初めて彼女の戦いを目の当たりにしたあの時のようで、否応なく心がときめく。
ああ、なんて、なんて美しい戦士なんだろう――そんな場違いな感想が、溜め息と一緒に零れ落ちる。
「ジェフ、太陽の雫を――」
右手で真紅の宝石を掴み取り、リリィに手渡す。
瞬間、彼女はこちらの左腕を掴み取り、骨のズレを直したうえで治癒を施す。
強烈な痛みの後に、熱い力が流れ込んで、傷が癒えていくのが分かる。
「――見ていなさい、ジェフ。私の、太陽神官の戦いを、特等席で」
太陽の雫を首に下げ、より強い炎を纏うリリィ・アマテイト。
白い装束の全てが炎色に染まる。彼女の背中に強烈な英雄性を感じる。それもそうだろう。だって今、俺は命を救われたんだ。
彼女こそが俺にとっての英雄でなくてなんと言う? ああ、今なら分かるかもしれない。神官を信じる信徒というものの在り方が。
「背中に重荷を抱えて、私に勝てるとでも思うのかね? リリィ」
リリィを迂回し、こちらを狙ってくる漆黒の太陽。
それを打ち消すように、リリィは放つ。極大の炎を。
狙いなんてつけていない。自分よりも後ろに向かうもの全てを燃やして落とす炎の壁を一瞬ばかり展開して見せたのだ。
「フン、相変わらず狙いをつけるのが下手だな、リリィ」
「ええ、だから、その補い方も知っている。貴方に教えてもらったことだ」
――女神よ、我が闘争に祝福を――
リリィがそう呟き始め、終わるときには既にバルトサールに肉薄していた。
たったそれだけの言葉の間に、一度深く踏み込んで進んだだけで、距離を詰め切ったのだ。
「ッ、相変わらず、出鱈目な真似を……ッ!」
「それを見込んだのも貴方でしょう? 私を見出してくれた貴方には、本当に、感謝しています」
涼しい顔で攻撃を重ねながら、リリィは呟く。
その様を見ていると、よく分かった。バルトサールが初手でリリィを殺そうとした理由が。
彼女にだけは一切の揺さぶりをかけずに殺しにかかった理由が。
「……ぁあ、本当に残念だよ、君ほどに育ってくれた教え子は居ないんだ。
君は私の最高傑作、それが私の敵になる。私自身が、殺さなければならない。なんて損失だ――」
リリィの拳を防いだバルトサールの左腕が引きちぎれる。
だが、奴はそれさえ利用する。崩れた腕を再生させて、そこにリリィの拳を巻き込んで、捕らえたのだ。
「ッ――?!」
「いいね、君のそういう顔を見るのは、本当に久しぶりだ……ッ!」




