第40話
「――つまらない脅しはやめろよ、バルトサール。お前が俺を殺す気なら、ここまでの間に5回は殺せてるぜ」
自分の周りを滑空する小型の太陽を横目に、バルトサール本人に視線を飛ばす。
そう、こいつは”父親の真相を知る機会は失われた”と二度も言ってきているが、俺を殺そうとしてこないんだ。
何か腹がある。今、こいつが仕掛けてきているのは脅しであり、俺を生かしておきたい理由が、あるんだ。
「フン、本当にそうだと思っているのかな。痩せ我慢はやめたまえ――足が、震えているよ?」
瞬間、太陽がこちらの太ももに目掛けて落ちてくる。
迫る高温を前に、飛び退いて引き金を引く。噴き出す冷や汗を感じながら、自分がまだ生きていることに安堵する。
……クソ、これがアマテイト神官の、実力か!
「ッ……! 試したつもりか、バルトサール……ッ!」
「違うね。私には、こういうこともできるということだよ。君の手足の1本でもいただいてから、君に洗いざらい吐かせることもできる。
なにせ私には”治癒”の力がある。無力化してからの拷問は得意なんだ」
ニヤリとした笑みを浮かべるバルトサール。その表情に背筋がゾクリとする。
……なるほど、こいつはあくまでもこちらに優位を取らせるつもりはないということか。
それにしても無力化してからの拷問とは、アマテイト教会も随分と血生臭い組織のようだ。
「手足を奪う必要なんてないぜ? 何が聞きたい? お前は俺に何を求めている? 拷問させてまで吐かせたいことがあるんだろう?」
ホーミングレイザーへの変更は済ませている。2丁の拳銃ともを。
6つの太陽に襲われたとして、対応しきれるかは分からないが、それでも抵抗くらいはできる。
「――気に入らないな、その態度が」
6つの太陽が軌道を変え、俺を狙うように襲ってくる。
ぐにゃりと適当な軌道で動くそれは、避けにくいし、当てにくい。
だが、それでも……ッ!
「……ッ、”オルガン”か?! バルトサール……ッ!」
跳躍を繰り返しての回避、その最中に放つホーミングレイザー。
曲芸師のような真似の中で、揺さぶりをかける。バルトサールは俺に何かを求めている。
こいつが俺を狙ってきているのは、単純に無力化させてからの方が吐かせやすいからだと考えているに過ぎない。
ならば狙いは2つ。まずは容易に無力化などさせられないと教えてやること。次にこちらが確実に相手の欲しい情報を持っているのだと錯覚させることだ。
「――知っているのか? ベースメント・オルガンを」
太陽の動きが止まる。砕くたびにひとつまたひとつと追加されて常時6つ存在した太陽が4つで止まる。
……食いついた、完全に食いついたぞ。
「そうだと答えたら、アンタはこの太陽を下げてくれるのかな……?」
「――良かろう。お前も存外にしぶとい男だ」
吐き捨てるように笑い、太陽を霧散させるバルトサール。
その瞳は食らいつくようにこちらを見つめていて、この男にとって”ベースメント・オルガン”というものがそれだけ重要なものだと分かる。
そして同時に、俺は思考を全力で回転させていた。
(……フランセルの日記、オルガンへの復讐、没落貴族、お館様の無念)
そうだ、オルガンというのは、バルトサールの家であるライティカイネン家を没落させた相手だ。
少なくともフランセルはそう認識していたし、そうであればバルトサールも同じ認識だろう。
そして俺のサーヴォも、あいつのライティカイネンも同じ10年前の”政変”で没落させられた家同士。
しかもこいつは”親父の死の真相”を知っていると言った。ならば……!
「さぁ、教えてもらおうか? ジェフリー・サーヴォ。ベースメント・オルガンについて、お前が知っていることを、全て」
……さて、ここからだ。ここからが勝負、ここからが時間稼ぎだ。
こちらがベースメント・オルガンとやらについて知っていることは皆無。
見抜かれるのは時間の問題。問題は、その時間をどこまで稼げるか? 気を抜くな。一瞬の後には再びあの苛烈な太陽が襲ってきてもおかしくないと覚悟しろ。
「――親父は”闇夜の盾”の人間だった」
「よく知っているよ。王国貴族でありながら、裏稼業にも精通していた。彼はそういう人間……いや、彼の元々の家がそういう”家”だったんだな?」
……こいつ、俺の親父が婿養子だったことさえ知っているのか。
となれば、親父のことを全く知らないということはないな。そして、俺のハッタリは上手くハマってくれている。
「らしいな。俺は伝聞でしか知らない」
「無理もないだろう。君はまだ若い。当時は何歳だ? 5歳にもいっていなかったんじゃないのか?」
「まぁ、もう少しはデカかったが、誤差みたいなもんだ。あの時、俺は親父を失い、全てを失った」
忘れるな、目的は時間稼ぎだ。世間話じゃない。
いかに”嘘偽り”だと思わせずに時間を稼げるか? それだけが勝負なんだ。
「だから俺も全ては伝聞でしか知らない。親父の残した日記に、そういう記述があったから知っている。それだけだ」
「つまり、オルガンの名前もそこに書かれていたということだな?」
「ああ、あくまで個人的な走り書きを読んだだけだけどな」
バルトサールの瞳が動く。太陽に燃やされた真紅の瞳が、こちらを射抜く。
「――つまり君は、ほとんど何も知らない、ということで間違いないのかな?」




