見知らぬ場所で
頬に触れる冷たい土の感触で、目が覚めた。
ひんやりと、そしてザリザリとしたこの感触。
直接こうして土を触るのなんて、いつぶりだろう…。
ぼんやりとした頭でそんなことを考えながら、ゆっくりと瞼を持ち上げてみる。
薄暗い世界。太くしっかりとした幹が、まっすぐ横に向かって伸びている―――いや、そうではない。
横になっているのは、自分だ。
ようやく自分が地面に横たわっていることに気づき、揚羽は上体を起こした。
「ここ、どこ…?」
唇から漏れた言葉は、湿った空気に溶けて消えた。
視界に映る景色は、まったく見覚えのないものだ。
どこかの山の中、だろうか。
自分のいる場所だけは少し開けているが、ぐるりと四方を見回しても、そこにあるのは、木、木、木。
どこまでも鬱蒼と木が茂っているだけだ。
時間もよく分からない。
日が昇る前なのか、沈んだ後なのか。
混乱する頭を落ち着かせようと、揚羽は再び目を閉じる。
まずは深呼吸。それから、自分がなぜこんな場所にいるのか、記憶を辿ってみた。
「そうだ、あいつ……あの男」
脳裡に、一人の男の顔が浮かんだ。
憎しみと、欲望と、狂気を浮かべた卑しい目。
その目で揚羽を舐るように見ていた男――姓を確か『堀内』といったか。
意識を失う前、そいつに首を絞められていたことを思い出し、揚羽は身体を小さく震わせた。
どうやらショックで一時的に記憶が飛んでいたようだ。
一度思い出してしまうと、皮膚に食い込んできた爪の感触や、男の荒い息遣いまでもが生々しく思い出され、気付けば背中を冷や汗が伝っていた。
もしかしたら、あの男は揚羽が死んだものと思い、遺体を遺棄しようと山中に置いていったのかもしれない。
聞こえるのは鳥のさえずりくらいで、人の気配は感じられない。
男が近くにいないことにひとまず安堵したが、誰もいないということは、同時に助けも求められないということだった。
山で迷ったら無駄に歩き回らず、体力を温存したまま助けを待つ方が良いと聞いたこともあるが、それは人が来る可能性のある場所での話だろう。
こんなところで人が通りかかるのを待っていたら、何日かかるか知れたものではない。
となれば、麓まで降りるしか助かる道はない。
「よしっ!」
いつまでもここで震えているわけにはいかない。
待っていても、助けは望めないだろう。
気合いを入れ、立ち上がろうと足に力を込めたときだった。
―――きぇぇいぃ。
聞いたことのない、獣の咆哮とも人間の悲鳴ともつかない声が、どこからか聞こえてきた。