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ホワイト・レイン  作者: ラニスタ
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7 事態

№7 事態


 春、マーカスは懐かしい花のにおいに誘われてあくびをした。ぐんとのびをする。

訓練場には8年間ともに訓練を受けてきた青年達が集まっていた。

彼らは皆、様々なことを学び立派な青年になろうという年頃だった。今では噴水の横に座るマーカスにくってかかったことやフラビウスを物珍しげに眺めたことなど無知な少年時代のほほえましい思い出だ。

 今日が最後の訓練の日であり、今日が皆の人生の分かれ道だ。

マーカスと少数人は騎士になるためにもう一年の訓練を、多くは家業を継ぎ、フラビウスは王位継承者としての立場に。

少年達はそわそわしながらそれを押さえるように座り込んで、それぞれ懐かしい話に花を咲かせて教官を待っていた。

 やがてやってきた教官達はいつになく親しみを込めた声で一人一人の名前を呼んだ。呼ばれる度に少年達は立ち上がって、教官の前に並ぶ。

彼らは2列に並んだ。軍団に残る者とそうでない者とだ。

フラビウスはマーカスの後ろに並んだ。

やがて全員の名前が呼ばれると、教官はぐるりと皆を見回した。


「皆、8年間ご苦労だった。訓練を終えた今日この日、貴殿らは一人前の男となるわけだ。

だがそれは建前だけであり、実質これから貴様らは多くのことを学びようやく本当の大人になるだろう。この8年間、それぞれいろいろな思いがあっただろう。

この経験はこれから本当の大人になり、この国を支えていくために大いに役立つだろう。

それぞれやることは違うが、皆が剣を合わせた兄弟達だ。それだけは忘れるな。

この剣の絆こそがテーネロの男達の絆だ」


教官はいつも以上にきびきびとした声で、伝えるべき事を青年達に伝えた。

青年達は頷いた。そして一人一人、軍団訓練を終えた証として短剣を授かった。

それはテーネロの成人男性ならば必ず持っているもので、殺傷能力はない。多くは家に大切に飾られるものだ。

この年の短剣にはめ込まれた色は葡萄酒のように深い赤だった。マーカスは受け取った短剣を眺めた。この代物がこの8年間の証だ。この石の色が自分と仲間達を繋ぐ色だとマーカスには思われた。



 軍団訓練を終えたマーカスは久しぶりの休日を満喫していた。

普段は滅多に休みがないのだがこうして一年の節目には休みがもらえる。

この間に皆はゆっくり休んだり好きなことをしたり、来年のために装備を調えたりするのだ。

 マーカスはその合間にフラビウスから夕食に招かれた。城に招かれるのは初めてではなかったがマーカスは非常に緊張した。

というのも、今まではフラビウスの友人として招かれていただけだったが今年は最後の一年の訓練を担当する教官とも顔を合わせることになっていたからだ。

その教官は元々は実に優秀な騎士で、名をクロウディウスという。

今は引退しているがテーネロ王――フラビウスの父にあたる――の側近を務めたこともある男だ。

フラビウスによると教官はマーカスの優秀ぶりを噂に聞いてぜひ会いたいと言ったそうなのだ。

 城に招かれたマーカスは出来る限り失礼の無いように振る舞いながらクロウディウスとフラビウスも交えて対談した。

彼は非常に穏やかな人だったが、訓練の話となるときりっと顔を引き締めた。

マーカスはこの男が訓練についてくれれば自分は最大限の力を発揮できるだろうと瞬時に感じた。


「では、あの戦いにも参加なさったのですか」

「ああ、あれは懐かしい。私の人生の内に敵と戦った、たった二度の戦のうちの一つだ。皆ひどくおびえてな。

なにせ戦など経験した者の方が少ないのだから当たり前のことだ。

だが王が――フラビウス様のお父上が、「こんなつかれきった敵軍など、山にはびこる山賊どもの始末よりよほどたやすいぞ」とおっしゃってな。

ここがこの国の軍の良いところでな、王と共に訓練をしてきた年代の者達は当然王のお言葉を信た。なにせ彼らは兄弟も同然。そしてそこから輪はひろがり、皆が勇気を取り戻し敵は海へ逃げ去った。まぁ、あの疲労と装備では無事国へ帰れたかも分からん。

なんにせよ、この国の兄弟達のおかげでテーネロは危機を脱したというわけだ」

「そのお話はよく伺いますが、やはり実際にいらっしゃった方から聞くとまた違って聞こえます。

ぜひどのように戦ったのか教えていただけませんか? この先役に立つかも知れません」

「そうだな、俺も聞きたいよクロウディウス。父上がどういう風に皆を動かしたのか。

俺はこの訓練生活でみんなとは剣の兄弟になれただろうと心から思っている。だが指揮のやり方が分からなくては信用を失うだけだ」

「それについては、あなたはこの先に十分学ぶ機会があります。

しかし良いでしょう。せっかくですから、お聞かせいたしますよ」


そういうとクロウディウスは、この国の兵士がよくやるように口直しに置かれた水に指を浸して、その水で木造のテーブルに図を書きながら戦闘の様子を説明した。

マーカスはそれを食い入るように見ながら話を熱心に聞いた。フラビウスももちろんちゃんと聞いていたが、クロウディウスと目が合うとにやりと笑って、親友の方へ目を向けた。

彼はただ親友のこの話を聞かせてやりたくてああいっただけなのだった。それに気が付いたクロウディウスも笑い返しながら話を進めた。

そんなことには気が付かずに、マーカスはただ熱心であった。

やがて話が終わるとマーカスは感心しきった様子で礼を述べた。


「ありがとうございます。これからの一年あなたのもとで訓練を受けられると思うと本当にうれしいです」

「そりゃ、なによりだよ。それはそうと、次は君のことを聞かせてほしい」

「ええ、お答えできることならばなんでも」


マーカスがほほえみかけるとクロウディウスもそれを返したが、細められた瞳の向こうにはなにかを試そうという思惑が見て取れた。


「君が兵士になる道を選んだのには訳があろう?

この国では何も理由が無く兵士を選ぶ者はおらんはずだからな。そのわけが聞きたいのだ。かまわんな?」

「ええ、もちろん」


マーカスはごく素直にそういった。


「私は、14の時――訓練生として四年の月日を過ごした頃です。クオーレの姫君がいらっしゃったのに偶然お会いしたのです。

その姫は実にやんちゃで、私が城までおぶって連れて帰ったのです。今でもありありと思いだせますよ。あのときのふてくされたようで、外への好奇心が絶えないと言うような青い瞳を」

「私も、彼女にはお会いしたことがあるな。たしかにそのようなお方だった」

「ええ。それからというもの姫は毎年テーネロを訪れてくださるのですが、私はあるとき、姫の護衛を任せていただけるくらい立派になろうと思うきっかけがあって。

それで、それまでずっと漁師になるか騎士になるのか悩んでいたのですが、ついに心に決めたのです」

「ほぅ、なるほど」


クロウディウスの笑みは、読めない表情だった。だがマーカスは胸を張って座っていた。

「生半可な気持ちではあるまいな? 例えばその姫君に恋をしてしまっただとか…」

「いえまさか! 今はそのような気持ちはありません。一度言われたことがあります。

私がクオーレの生まれであったなら側近に任命したのに、と。私も心からそう思いました。

側近として姫を守りたいと。しかしそれはかなわないことです。

だからせめてこの国にいらっしゃったときだけでも姫の護衛を任せていただけるように、そう約束をしたのです。私は何があってもその約束…いいえ、誓いと言ったほうが良いでしょう。

その誓いを破ったりはしないと心に決めております。

私ははじめて見たのです。あんなに瞳の綺麗な人を。

だからこの気持ちに偽りなど有りません。訓練兵が生意気のようで申し訳ありませんが、本当にこの気持ちに偽りはありません」


依然クロウディウスはマーカスを見つめていた。マーカスはあまりにまっすぐ見つめられるものだから丸裸にされたような気分になって、つい目をそらしたくなった。

だがそんな事をすればこの男は自分の決心を信じてはくれないだろうと思い、マーカスは一度ゆっくり瞬きをしてから自分も無心に相手を見つめ返した。

やがて、クロウディウスの瞳には柔和な笑みが浮かんだ。

そこでマーカスも相手に笑いかけた。クロウディウスはゆっくりと言った。


「君の決心はよく分かった。私も君のようなまっすぐで優秀な少年に様々なことを伝授できると思うと、非常に喜ばし――」


だがその言葉は、最後まで紡がれる前に立ちきられた。大広間の扉がノックもなく開かれたからだ。

扉をあけた男はすこしくたびれた軍服を身に纏っていたが、彼の青白く焦りと恐怖に見舞われた顔がそれをより引き立たせた。

クロウディウスが勢いよく立ち上がり、椅子は後へ倒れた。

マーカスとフラビウスは驚愕して男を見た。


「無礼な振る舞い申し訳ありません!」

「緊急事態という訳か?」

「はい、クオーレが陥落いたしました!」

「――!!」


瞬間、マーカスはめまいがした。

事態の深刻さは男の様子で伝わっても、その内容はあまりに現実離れしていた。マーカスは突然告げられた驚愕の事実に吐き気すら催しながらよろよろと立ち上がった。

フラビウスも続いて立ち上がり、ほぼ無意識にマーカスの肩をつかんだ。

だがマーカスはそれに気が付いていないようで、ただうつろな目で無心にテーブルにかかれた地図を見ていた。

それは水が乾いて消えかかっており、ただの染みになっていた。


「マーカス! 気を確かに!」

「っあ、ああ……クライネ様は……」

「それが生き残った者達は命からがら舟で島から抜け出し、今こちらへ向かっていると言うことです。ただ生き残ったのが誰であるかは…まだ…」


マーカスの脳裏で、笑うクライネが現れたり消えたりを繰り返していた。クロウディウスが男に何かを言っているがそれはただの雑音に過ぎなかった。


「よし、ではすぐに向かおう。マーカス!」

「――っは、はい!」

「お前も来い! 姫が生きていると信じているならな!」


マーカスはうつろな世界から視線を外し、クロウディウスの言葉に一兵士のように返事を返した。


あれ、マーカスの春ってあくびばかりだな

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