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ホワイト・レイン  作者: ラニスタ
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2 出会い

№2 出会い


 マーカスが軍団訓練生になってから、4度目の春が訪れた。マーカスは14歳になった。相変わらずの怠け者で、そして相変わらずみんなをまとめるのもうまかった。

みんなは何となくマーカスを好いているので彼の怠け癖に不満を抱くこともなかった。フラビウスはマーカスの思った通り今ではすっかりみんなになじんでいた。

彼は勤勉で常に真面目だった。マーカスは将来のために勤勉でなくてはいけない彼を気の毒に思う。だがフラビウスは訓練場にいるときが一番楽しいのだと言った。マーカスもそれには賛成だった。訓練は面倒くさいが、フラビウスや仲間達と一緒にいるのも悪くないと思えるようにはなっていたのだ。


 その日もマーカスは無気力な訓練を行って教官から罵声を浴びせられていたが、彼はもう慣れっこなのでそれをうまくかわしていた。教官もいい加減に諦めてきたのか今日のところはあまり長い説教にはならなかった。

日が暮れる前に訓練が終わり、皆は家路についた。マーカスは残って、四年前軍団訓練生になった日に父から貰った槍を磨いていた。フラビウスのほうは城に戻る支度をしている。

いつもは自分に少し付き合って槍を磨いていくのに珍しいな、と思い尋ねる。


「フラビウス、今日は急ぎなのか?」

「ああ、聞いていないか? クオーレ王国の姫君がいらしているから、終わり次第相手をしに帰らなくてはいけないんだ」

「クオーレ? ここから一番近い島国だな」

「四年前のこの時期にも一度いらしている。うちはクオーレと同盟を結ぶことにしたからな。

それでその姫君が四年前に来たときとてもこの島を気に入ったらしくて、またいらっしゃるんだそうだ」

フラビウスはたいして興味なさげに答えて、地面に突き刺しておいた槍を引っこ抜いた。

「相手をするっていうのは?」

「ひどくやんちゃな姫君で、要するにその暴走を止めるべく行くわけだ」

「それはご愁傷様だな」


マーカスは幼い少女が走り回っているところを想像してそういった。

フラビウスは感謝を込めているとは思えないような声で「そりゃどうも」と言い、手を振って城の方へ行ってしまった。

マーカスはそれを見送ってもう少しだけ槍を磨いた。フラビウスが居ないと一人きりで退屈だった。マーカスはいつもより早めに切り上げて自分も家路に付くことにした。

 だが体の向きを変えたところで、マーカスは先に帰ったはずのフラビウスの声を聞いて振り向いた。フラビウスはまだ遠くにいる。

そしてドレス姿の少女がこちらに向かって走ってくるのが見えた。マーカスはひどく驚いた。だが少女はもう目の前だ。眼前に迫ってきた少女はマーカスの羽織っていたマントをひっつかむと、マーカスの背中にしがみついて前方を伺った。

あわてて肩越しに振り返ると、少女と目があう。少女は水のように透き通った大きな青い瞳をしていた。肌は白く、背はマーカスの肩ほどだ。

背中まであるサンディブロンドの髪は輝いている。

なぜだか前髪は額の上で雑に縛られていて、ふわっと立ち上がっていた。

 二人はぽかんと口を開けてしばらくの間見つめ合っていた。だがその間にフラビウスが追いついてきたので少女はマーカスから目を離してしゃがみこんだ。

シャツの裾をつかまれ、マーカスは動けない。追いついたフラビウスはマーカスを盾にする少女に必死になってこう言った。


「姫! そんな風に髪を縛って外に出るのはおやめください。はしたないですよ」

「フラビウスまでじぃみたいな事を言うのね! 見損なった!」

「俺――私はあなたのことを案じて言っているのです。さぁ戻りましょう」

フラビウスはもううんざりだと声に込めてそういった。

それから混乱してきょろきょろしているマーカスの方を見ていった。


「すまないマーカス。彼女がさっき言っていた姫なんだ」

「ああ、彼女が……」


マーカスはてっきり「ひどくやんちゃな姫君」というのはもっと幼いと思いこんでいたから驚きを隠せないままなんとかそういった。

しかしそれもそうだ。マーカスが思っていたとおりの年齢だったら彼女は四年前まだほんの赤子で、この島に来たことを覚えているはずなどないのだから。 


「さぁ姫!早く戻らないと私もしかられてしまいます」


フラビウスが言った直後に城から世話役の中年の男が出てきて「フラビウス様ー! 姫君ー! かってに外出なさるなー!」と叫んだ。

しかし姫はまだ座り込んだままそっぽを向いている。フラビウスが頭をかきむしってうなだれた。

なんだかおかしな光景だ。幼いせいかもしれないが、少女はあまり一国の姫と言う雰囲気ではなくマーカスに緊張感を与えることはない。

だがフラビウスはそんな少女に手を焼いている様子だ。仕方ないから協力してやってもいいかもしれない。そう考えてマーカスは試しに、肩越しに振り向いて言ってみた。


「姫君。お名前はなんというのですか」

「クライネ」


彼女はつんとしたままそう答えた。シャツが解放されたので、マーカスは体ごと振り返ってしゃがみ、クライネと視線を合わせた。


「ではクライネ様。皆が心配しております。お城に戻られては?」

「いや!」

「なぜです?」

「足が痛くて動けないもの!」


クライネはとんだ嘘っぱちを言った。フラビウスがわなわなと震えだす。

マーカスはそんなフラビウスは初めて見たのでなんとか力になってやりたいと思う反面、笑いそうになるのをこらえた。


「では私がおぶって差し上げます」

「みんな、はしたないって言うわ」

「大丈夫、今は私たちしか居ませんから。ほら、どうぞお乗りになって」


マーカスがそうせかすとクライネはまたしばらくマーカスを見つめていた。だが背中を向けたマーカスを見て、すぐに子供らしい笑みを浮かべ背中に張り付いた。

毎日訓練している――たとえサボりの常習犯だとしても――マーカスにとって小柄なクライネをおぶって立ち上がることは容易だった。フラビウスは追ってくる世話役達に手で制止をかけた。

マーカスは立ち上がって、クライネを背負いなおした。


「あなたは誰なの?」


背中でクライネが言った。


「私は軍団訓練生のマーカスと申します」

「マーカス! マーカスね!」


クライネは嬉しそうに名前を繰り返した。


「じゃあ姫君、走りますよ」


クライネはマーカスの肩に顎を置いて腕を回した。マーカスは走り出した。マーカスが走っている間中、クライネは声を上げて笑った。

それは本当に楽しそうな笑い声だった。マーカスは自分も少し良い気分になって途中で回ったりジャンプしてみたりして城に向かう。

そして城の前までたどり着くと息を整えながらクライネをおろしてやった。


「どうでうでしょう、お気に召しましたか?」

「ええ、すごく! お城の中じゃこんなに刺激的なことはないわ!」


誰かにおぶられて走ったのは初めてらしく、クライネは興奮した顔つきで言った。


「それはよかったです。でもね、クライネ様。クライネ様が退屈なさるのはよく分かりますがあまりみんなが心配するようなことをすると今まで以上に制限がかかって退屈になってしまいますよ。なぜ城を抜けたのですか?」

「あのね、海が見たかったの。きっとクオーレのより綺麗だと思ったから」


クライネは割とすぐに口を開いて言った。ふてくされていた少女はマークスの態度に心を開いたらしかった。マーカスは頷く。


「では、クライネ様がもっと大人しくなさってみて、それからお父上か世話役の者に頼んでみてはどうですか? きっと連れて行っていただけるはずです」

「…わかった。じゃあそうするわ」


隣で世話役の男があんぐり口を開けているのが横目に見えて、マーカスは含み笑いした。


「マーカス」

「はい、なんでしょう」

「マーカスは軍団で訓練しているのよね」

「はい」

「じゃあ来年ここに来たら、また会えるかな?」

クライネは小首をかしげてそう尋ねた。

「ええ、もちろん」

「じゃあ来年は、もっといいこになってまた来るね」

「では、私ももっと真面目になってクライネ様をお待ちしていますね」


マーカスは心からそう思っていった。それはマーカスにしてみれば珍しいことなのだが、マーカスはこの少女に引かれる何かを感じたのだった。

馬鹿らしい話、また会いたいと心から思った。


「さぁ、姫君参りますぞ」

「うん。じゃあまたね」


クライネは少し残念そうに言って城に戻っていった。

マーカスは扉が閉められるまでその様子を見送った。


 そのあと、世話役の男がマーカスにうっとうしいほど礼の言葉を贈った。

それほどまでにクライネが言うことを聞くのは珍しいらしかった。フラビウスにも助かったと礼を言われて、マーカスは「今日はいい一日だったよ」と彼に返事を返し、今度こそ家路についた。

帰り道、彼はクライネのことばかり考えて「少しは真面目になろうかな」などとつぶやいき、その晩は率先して夕食作りの手伝いをした。

母はただただ、驚いてマーカスを見つめていた。




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