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ホワイト・レイン  作者: ラニスタ
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16 四人の決断

16 四人の決断


 フィンネとクッキーを焼いたあの日から数日、マーカスとクライネは気まずさを捨て、

いつものように接するようになっていた。

時々手が触れ合うと赤面してしまうことは、問題だったのだが……。

一方フラビウスとフィンネはさらによろしくない顔色になっていた。二人ともそれを悟らせたくないのか、マーカスとクライネに極力近づかなくなった。

何があったのかわからないが、マーカスはいい加減フラビウスに声をかけようかと思った。親友のつらそうな顔を見るのは好ましくないし、自分の背中を押してくれたフィンネが暗い顔をしているのでは申し訳ない。

マーカスは外での稽古中、難しい顔でベンチに腰掛けるフラビウスを見つけた。フラビウスはよほど深刻に悩んでいるのか、訓練中の騎士たちが心配げに自分を見ていることなどまるで気が付かない様子だった。

教官として騎士たちの面倒を見ていたクロウディウスも「どうかなさったのだろうか」と心配げだ。


「クロウディウス殿」


マーカスは剣を帯の間に戻しながら教官に言った。


「今日の訓練はここまでにさせていただけますか。王子とお話ししなければならぬことが」


クロウディウスはマーカスの真剣な様子に、無言でうなずいた。

そしてなんとなく白けてしまった兵士たちに「声を出せ! 全員素振りだ。私が良いというまで気合を入れながら続けろ!」と言った。

マーカスとフラビウスの会話がほかの騎士たちに聞かれないようにという配慮らしい。マーカスは頭を下げて訓練の一団を抜け出した。マーカスがフラビウスの前に仁王立ちになると、彼は顔を上げた。


「お前――訓練は」

「お前こそ、訓練する気がないなら部屋に戻れ。騎士たちが余計な心配をしている」


ほかの騎士やクロウディウスの前だが、マーカスはわざと「友達」の口調でフラビウスに言ってやった。


「ああ、すまんな」


弱々しい返事である。マーカスは今度は声を落として言った。


「どうした。フィンネとの話し合いはうまくいかなかったのか」


フラビウスの肩が小さく震えた。彼はまるで全身に重装備をしているかのようにのろのろと立ち上がり、マーカスに向き合った。


「うまくいったさ。だがその結論が……いいや、これは俺たちにとって最善だ。マーカス、クライネを俺の部屋に呼んでくれないか。そしてお前も俺の話を聞くのだ」

「……わかった、そうしよう」


マーカスはクロウディウスに目くばせをしてから、猫背ぎみのフラビウスに続いた。マーカスがクライネを呼び、フラビウスの部屋を訪れると、すでにフィンネも部屋の中にいた。

彼女は落ち着かなそうに部屋の隅にこじんまりと立っている。

フラビウスに促されて4人は席に着いた。一応テーブルにはお茶と菓子が準備されていたが、だれも手を付けようとしなかった。

マーカスはなぜ自分がここに呼ばれたのか見当もつかなかった。だが、フラビウスの重苦しい様子と、フィンネの緊張した様子が空気を張りつめさせていた。


「すまない、訓練中だったのに」


まず、フラビウスはそう話を切り出した。


「かまわん。お前がずっとこの調子では王も心配なさるだろうしな」

「何から話そう。いや、何からというか、どう話すべきか」


マーカスは正面に座るフィンネを見た。彼女は目に涙を浮かべながら、必死に笑顔を作ろうとしていた。フィンネの隣にいるフラビウスの腕が動きかけたが、彼は自分に何か言い聞かせるように首を横に振り手を下した。


「実は、数日前父上から国王の座を譲ると、言われてな」

「それはまた……急だな」


宮廷内でも噂がなかったわけではない。テーネロ王は王としての執務を王子に任せ、自分はクオーレの復興に手を尽くしたいという考えをお持ちだという噂だ。

まさかこんなに早くなるとはマーカスも思わなかったが。


「その時には、妃を迎えることになる」


フラビウスの重苦しい様子から、当然その妃というのがフィンネではないことがわかる。そしてマーカスは嫌な予感がした。クライネが隣で、小さく震えた。


「少し考えれば――考えずともわかる。俺が今、最も民から求められている相手は、王がこれから復興を目指すと決めたクオーレの姫であると。クライネも、少しは考えたことがあるんじゃないのか」


クライネはうつむいて、小さくうなずいた。


「お父様は、なにかとフラビウスと仲良くするようにって言ってきて、だからそうなることもあるかなって、思ってたけど……」


おかしな感情がマーカスを包んだ。クライネ様が結婚する? 

いつかはそうなるはずだ。そして彼女とこの前話し合った時も、お互い違う家庭を築くだろうという話をした。それでも、クライネがほかの誰かのものになるのは、心底嫌だ。

だが同時に安堵の気持ちもあった。相手は親友のフラビウスだ。彼は、この世で最も信用のおける男。

その嫌悪と安堵が混ざり合い、マーカスの中でぐるぐると回った。その回転を止めたのはほかでもないフラビウスの声だった。


「まだ正式に決まったわけじゃない、そして、お前の気持ちは痛いほどわかる。なぜなら俺も同じようにするからだ」

「なにが、どういうことなんだ」


椅子を倒して、フラビウスが立ち上がった。彼はテーブルを半周してマーカスのもとへ来た。マーカスもそれに応じて立ち上がる。フラビウスは縋り付くような目でマーカスを見て、そして、肩をつかんだ。

痛みすら感じるほどの強い力に、マーカスもフラビウスの肩に手を伸ばして同じようにつかんだ。


「頼む――頼む! フィンネを嫁に貰ってほしいのだ!」

「フィンネを――!?」


マーカスはあまりに驚いたが、その手は離さなかった。


「お前を幼いころから見てきた。ともに騎士の道を歩んできた。お前は俺の親友で、だれより信用できる男だ。これは間違いない。

クライネのことは俺が守る。外国の王子やどこぞの貴族なんかに任せるよりよほど良いとお前も思うはずだ。だからお前は、おれの代わりにフィンネを守ってくれ……!」


そうか、それでわざわざ3人ともフラビウスに呼ばれたわけだ。マーカスは驚きはしたものの、割と冷静だった。

おかしな話ではない。身分の差が二人を阻むならば、せめて最も信頼できる者に託す。それは先刻訓練場でフラビウスが言ったように「俺たちにとって最善」のことだ。マーカスはこの決断が何よりも正しいことだと頭ではすぐに理解した。


マーカスは一度目を閉じて、深呼吸をした。

それからフラビウスの肩をつかみなおした。


「――約束するよ。フィンネは俺が娶る。だから、お前はクライネ様を、どうか頼むっ……!」


フィンネのすすり泣く声が聞こえた。フラビウスは、ほとんど空気のような声で「ありがとう」と言った。振り返ると、クライネは静かに頷いた。



***



 そのあとは早かった。マーカスはフィンネの両親に挨拶をし、結婚の許可を得た。またフィンネを自分の家族に紹介した。母は喜んだが、父は何か訳がありそうだと少しだけ複雑そうだった。

フラビウスのほうも結婚を決意したことを両国王に伝え、クライネもそうしたいという意を述べた。二人の国王は手を取り合って喜んだ。

話が決まれば、進むのも早かった。

テーネロ王子とクオーレ姫の結婚の話は瞬く間に島中に広がった。住民たちはテーネロとクオーレが本当に兄弟になったのだと喜び、祭りを開いた。


マーカスとフィンネは親戚だけを呼び小さな結婚式を開いた。フラビウスとクライネは来なかった。この小さな島では王子でも姫でも親しい庶民の結婚式に出るくらいは許されるはずだ。マーカスは一応便宜上二人に招待状を送ったが、来ないことはわかっていた。

いや、来られなかったのだ。

代わりに、フラビウスからふたつの結婚指輪が送られてきた。庶民的なそれは、一応マーカスが選んだということで両親には通しているが、フラビウスが親友と愛する女のために送ったものだった。代わりにマーカスはクライネの結婚指輪を選んだ。フ

ラビウスが「どれにしたらよいか困ってなぁ、いっそお前に決めてもらおうと」などとわかりやすい嘘をついて選ばせてくれたのだ。



秋になるころには、マーカスは家を設けて、城に寝泊まりする生活は終わった。

家は城のすぐ近くだから、マーカスとフィンネはそこから通った。

同僚たちは奥さんと一緒に出勤か、とうらやましがった。

二人は複雑そうに笑ってわざとらしく腕を組んで歩くのだった。


そして冬の初めに、フラビウスとクライネの結婚式と、王の即位の儀式が行われることになった。フラビウスとクライネは、マーカスとフィンネの結婚式に来なかったがこちらはそういうわけにもいかない。フィンネは給仕の人手不足で行かざるをえないだろうし、マーカスはクライネの世話役だからもちろん準備を手伝わなくてはならない。


四人の関係は割と良好だった。クライネが時々四人でお茶会をしようと声をかけたし、また夫婦同士これっぽっちも愛し合っておらず、うまくやってこれているのは友情故であることが両者を安心させていたのだ。それでも愛する人の結婚式にでるのは、あまりに苦痛だった。


「マーカス、これはどう?」


たくさんのウェディングドレスを順番に着ては、クライネはマーカスに披露した。

白いドレスに身を包む彼女は美しかった。


「それは……いいですね、私はとても好きですよ」

「じゃあこれにしましょ」

「フラビウス王子も、これを見ればさぞ驚くでしょう」

「馬子にも衣裳だって言うわ」


クライネはおかしそうに言いながら、試着室のカーテンのさっと閉めた。

ドレスが決まったようなので、マーカスはそろそろ別の仕事を片付けなくてはならない。

私は戻りますよとカーテンに声をかけると、クライネはカーテンから顔だけを突き出した。


「マーカス、私の結婚祝い」

「ええ、なんなりと」

「やっぱり、貝殻がほしいわ。ピンク色の巻貝」


そんなものでよろしいのですか。マーカスは言わなかった。


「ここからが難題よ。それを、ブローチにしてほしいわ。いつでも使えるように。いいかしら?」

「不器用な私にそんなことを頼むとは無謀な人です。いいでしょう、いざとなったらフィンネに助けを求めますから」


マーカスはそういって、部屋を後にした。クライネの着替えを手伝っていた女中たちにはわかるまい。マーカスとクライネにとって貝殻が何を意味するかなんて。



 仕事を終えたマーカスは一人海岸に向かってピンク色の巻貝をいくつも拾って帰宅した。先に帰ったフィンネが夕食の支度をしているようで、煙突から暗い空へ煙が立ち上っている。


「ただいま」

「おかえりなさい」


城にいるときと大差ない恰好で、フィンネは鍋を混ぜている。

一瞬だけマーカスに視線をよこして、その腕に抱かれた貝殻を不思議そうに眺めた。


「どうなさったの?」

「クライネ様が、結婚祝いに貝殻のブローチを作ってほしいと」

「マーカスにも、そのようなことができるのね」

「まさか! わからないに決まってるだろう。それにあの人はいつでも使えるようにとおっしゃったんだ。おかしなものつくってしまったら、ドレスの上で恥をかくことになる」


肩をすくめながらも、どこか嬉しそうなマーカスを見て、フィンネは笑った。


「手伝いますから、クライネ様に最高の結婚祝いを送りましょう」


 旦那になった同志に、フィンネはそう言った。


貝殻の意味

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