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ホワイト・レイン  作者: ラニスタ
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15 二人と二人の関係

15 二人と二人の関係


夏はそろそろ過ぎて行ってくれるようだ。この頃は夕方になると少し冷えるようになった。マーカスは薄着のクライネに上着を持っていった。


「大丈夫よ!」

「いいえ、なりません。羽織ってくだされば結構ですから」

「まだ夏なのに!」


クライネは反発してから、顔をゆがめて小さなくしゃみをした。


「ほら、私の言った通りです」

「ううっ」


一見以前となんら変わりなく見えるが、マーカスはクライネと二人きりでも自分のことを「俺」とは呼ばなくなった。時々訪れる気まずい雰囲気が二人を苦しめたが、二人はいたって通常のように接しあい、なんとか関係を形のままにしようと必死だった。

一方で、フラビウスとフィンネは見るからに変わっていた。二人は何かと理由をつけては何となく隣に立っているくせに、目があったりするとすぐにそらして、互いに切なげな苦笑を浮かべる。マーカスもクライネも、それには気が付かないふりをしていた。

四人は、王や他の騎士たちに自分の内面を悟らせなかった。この問題は二人と二人の問題であり、決して外には出せないのだった。


 その日は、午後から非番だった。

マーカスは腕まくりをし、汗をぬぐいながら何をしようか考えあぐねていた。この残暑では昼寝もできそうにないし、いっそいつも通り訓練に行ったほうがよいだろうか。

しかし、せっかくの休日なのにそれでは味気ない。


「何もないのもさみしいものだな」


誰かに言ったわけではない、独り言だ。だがそれには応答があった。


「では、一緒にお菓子でも作りませんか」


驚いて振り向くと、そこにはフィンネがいた。


「フィンネ! 君も暇を持て余しているのかい」

「ええ。暇だったから、クライネ様のおやつを作って差し上げようと思って、よろしかったら一緒にどうでしょう」

「うぅん、どうだかなぁ。俺はおかし以前に料理だってへたくそなのに」

「大丈夫。実は、さっきクッキーのたねを作ってきたから、あとは形を作って焼くだけなの。生地が多すぎて一人だと大変だから、手伝ってもらえるとうれしいわ」

「しかし、おれは形を作るのも苦手だ」

「大丈夫、型があります」


そういわれて、マーカスはとうとう行くことにした。フィンネはクライネより低身長で、歩幅は狭いくせにさっさと歩いた。マーカスはついて行って、食堂へやってきた。

ちょうど昼食の片づけが済むころなので、そこは無人だった。

マーカスはフィンネに教わりながら茶色の生地を伸ばした。フィンネは白い生地を伸ばしている。

やり方を覚えると、マーカスは渡された型を、判子を押す要領で生地に押し付けていった。食堂は相変わらず無人だ。マーカスは急にフラビウスとフィンネのことが気になった。

いままで気が付かないふりを決め込んでいたが、マーカスは突然二人の様子がおかしいと言う事実を認める気になったのだった。

いっそのこと、聞いてみようか。フィンネはなんだかもの言いたげに時々口を開いてはそれをため息に変える。本当は、聞いてほしくてお菓子作りに誘ったのかもしれない。


「なぁ、フィンネ」


フィンネは腕を止めてマーカスを見た。マーカスは腕を止めず、なんてことないという様子で言い出した。


「最近、お前とフラビウスの様子がなんだかおかしいな。何かあったのか」

「……私は、むしろあなたとクライネ様の様子が、ぎこちないと思ったのだけれど」


マーカスは腕を止めた。聞いてほしくて誘ったというのは半分あたりで、半分はずれのようだ。

フィンネは目を伏せて、手の中で生地のかすを転がした。


「……私は、重大な気持ちを抑えきれずフラビウス様にぶつけてしまった。その気持ちが届いてしまったので、なんだかお互いに気まずくなってしまって」


おそらく、コロヌ・コロナのせいだろうな、とマーカスは思った。フィンネはその気持ちの正体を口には出さなかったが、さすがのマーカスにも何のことだかすぐに分かった。

そして、そっと打ち明けてくれたこの女中に報いるには、自分も話すべきだろうかと思う。

いや、話すべきと言うよりは、聞いてほしいのかもしれない。マーカスは、ほぼ無意識のうちに口を開いていた。


「俺もだよ」


マーカスは自分の声に自分で驚きながら、続けた。


「――クライネ様がどうして動揺なさっているかはわからないが、俺は自分の本当の気持ちというやつに気が付いてしまった。どうにも、そんな自分を嫌悪してしまってな」

「嫌悪?」


フィンネが顔をしかめる。


「ああ、そうさ。嫌悪だ。俺はクライネ様をお守りしたい。これは忠実な騎士の気持ちだと幼いころから信じてきた。それなのに、気が付けば俺は、あの人を愛していたんだ。

俺の忠義は誠の忠義ではなかったのだと、自分に嫌悪している」


マーカスは止めた腕を再び動かし始めた。人にこうして話せるだけ、まだましになったと言えよう。

似たような境遇の彼女だからこそ、こうしてあっさりと明かすことができただけかもしれないが。


「嫌悪することは……ないと思う」

「え?」

「あなたはクライネ様と自分の立場と、それに見合わない思いに苦しんでいるのでしょう? 

なら私たちだって同じよ。それに私は知ってるわ。少なくともテーネロに来てから、あなたがずっとクライネ様を支えてくれたこと。

あんなに熱心なのは、クライネ様に恋してるだけじゃ無理だと思うわ。きっと小さいころからの忠義の気持ちが、あなたをそうやって動かしているのだと思う」

「……そうだろうか」


腑に落ちないくせに、マーカスは自分の働きを認められたことはうれしかった。フィンネは続けた。


「私には騎士がどうこうってわからないけれど、あなた私にクライネ様をお守りする同志だといったでしょう? 私はそれを信じてるし、あなたの思いが純粋で、汚れ無いってわかるもの。だからあなたは自分を誇ってもいいと思う。まずは、クライネ様に打ち明けてみてはどうかしら。

まぁ、なかなか難しいわよね。ならさりげなくクライネ様の気持ちを探るの。そしてこの先どういう関係でありたいのか、話し合うべきだと思うわ」


確かに、クライネが関係を修復したがっていることはこの状況でも感じ取ることができる。

だが、修復ということは、彼女自身もまた二人の関係がどこかおかしくなりそうだと気が付いているはずなのだ。ちゃんと、話しあうべきかもしれない。


「君は話し合ったか? フラビウスと」

「フラビウス様ったら、やたらと私にお茶を運ばせるの。それで、いつも何か言いたげにして、結局何も言わないわ」

「意気地なしだな、あいつは」

「あなたとおんなじでね」


フィンネもマーカスも、お互いに苦笑した。



***



クッキーの生地を作ったのも、焼いたのもフィンネだというのに、フィンネはクライネの分のクッキーをマーカスに渡した。


「自分で作ったのだから自分で持っていけばいい、君はクライネ様を思って作ったのにその感謝を一番に受けないでどうするんだ!」


マーカスが言うと、フィンネは「おおげさね」と笑った。


「これはクライネ様というよりは、あなたへの贈り物にするわ。それを持って行って、ちゃんと話し合うのよ」

「では残りのクッキーは、君がフラビウスのもとへもっていって、あの意気地なしの男から気持ちを聞き出してやれよ」

「ええ、もちろん。ありがとうマーカス」

「いや、俺こそ。感謝するよフィンネ」


二人はそれぞれの相手の部屋へ足を進めた。

マーカスは片手にクッキーの皿を持ち、もう片方の手でクライネの部屋の扉をたたいた。この時間ならば、彼女はおそらく休憩中だろう。返事があった。


「マーカスです。フィンネの焼いたクッキーをお持ちしました」

「入って!」


クライネが許可をだし、マーカスは扉を開けた。クライネはテーブルの上に何種類かの布を並べて裁縫をしているところだった。マーカスが入ると彼女は布を重ねてテーブルの端においやった。


「やったわ! フィンネのクッキーはおいしいのよ。マーカス、お茶も入れて頂戴。もちろん二杯よ。あなたと私の分」

「はい、すぐに」


慣れた手つきで、クライネの部屋の窓際に準備されている珈琲豆の粉を使い、コーヒーを入れる。その間、一瞬の沈黙が流れた。


「さきにクッキーを召し上がっては?」

「マーカスがこっちに来るまで待つわ」

「では急ぎましょう」


クライネはいつもそうだ。だが今回は、クッキーを食べる音か何かでこの沈黙を回避したいものだ。珈琲はやたら時間をかけて落ちているように思える。

マーカスはじれったく思いながらどう切り出そうかと、そればかり考えた。やがて二人分の珈琲がはいり、テーブルの上に並べられた。マーカスは断りを入れてからクライネの前に腰かけた。


「フィンネのクッキーとマーカスの珈琲だなんて、今日はついてるわ」

「私の淹れるコーヒーなど、大したことはございません。さぁ召し上がってください」

「ええ、いただきます」


クライネは、フィンネのクッキーをおいしそうに頬張って、時々珈琲で喉を潤した。マーカスもクッキーを進められ食べた。いつの間に、沈黙など気にならなくなった。

そこにある空気は、和やかで、午後の光が差し込む平和な雰囲気だけである。マーカスは急にあれこれ考えていたことがおかしくなった。

クライネの顔を見ていると、素直に打ち明けることが一番良いように思われた。彼は少しも緊張せずに、自然に口を開いていた。


「クライネ様、この頃はどうにも、あなたに色々と気を遣わせてしまったようで申し訳ありませんでした。あなたに気まずい思いをさせてしまったこと、恥じております」


クライネは少し驚いたように目を見張った後、穏やかな表情で首を横に振った。


「ううん、気まずくさせちゃったのは私よ。あのね、マーカス」

「はい」


クライネはカップをテーブルに置き、少し姿勢を正した。


「私、マーカスに世話役以上のことを求めてたの。気が付かなかったけど、あの時歌を歌いながら――何度も何度も練習したわ。だけど、はじめてあなたに向けて歌った時、気が付いた。自分の本当の気持ちに」

「――クライネ様。“俺”もです。俺も、あなたの歌を聴かせていただいたとき、自分の気持ちに気が付いて……どうしたらよいのか、分からずに」


二人は見つめ合った。クライネの青い瞳から涙が零れ落ちる。

それは嬉しさと悲しみを含む複雑な色をしていた。フィンネとフラビウスはこんな気持ちだったのかと、マーカスは他人事のように考えた。

泣いているクライネを、抱きしめてやりたかった。だがそれは不可能だ。

彼女に触れたら最後、自分は二度と世話役の騎士には戻れないだろうとマーカスは思った。


「マーカス、お願いだわ。きっとこの先、私たちは別の誰かと結婚をして、家庭を築くわ。

だけど、どんなに辛くなっても私のところから居なくならないで。

ずっと私の世話役で、私の騎士で居て。お願いっ……」


マーカスはクライネに触れる代わりに立ち上がって、自身の胸に手を置いた。


「クライネ様、俺は実家にいる間ずっと考えておりました。俺の忠誠心はまやかしだったのかと。

だけど、たった今わかったのです。俺もあなたと同じ気持ちです。

とても、うれしくて、そして辛いのです。この先もそうでしょう。

それでもどうしても、俺は世話役としての地位を失いたくはない。


あなたにお仕えしたい気持ちは、あなたとあの海岸で約束をした日から、少年のころから何一つ変わりません。

俺が人生の中で誇ることができるのは、怠惰だった少年時代、あなたのおかげで変わり、そして夢と希望を持てたこと。そのために努力したことです。

これだけは、この先がどうであろうと、変わらず誇ることのできるものです」


だから心配なさらないで。

マーカスは言って、騎士らしく敬礼して見せた。

クライネは泣きながら笑って、「私も、少女時代の気持ちをまだ忘れていないわ」と言った。


そうして二人は、ようやくお互いの気持ちを理解し合い、そしてこれからも同じ関係であることを望んだのだった。





これ書きながらシクシクしたよ……二人の気持ちは、変わったように見えて、でも一番大事なものは代わってないんだっていう……うううフラビウスかわいい(私情)

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