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ホワイト・レイン  作者: ラニスタ
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11 踊る日々

№11 踊る日々


「クライネ様、起きられましたか」

「うん! でももうちょっと待ってマーカス」

「ゆっくりでよろしいですからきちんと身なりを整えてください」


起床ラッパの音で目を覚ましたマーカスの朝一番の仕事はクライネの起床を確認することだ。

なかなか起きないときにはフィンネを呼びつけて起こすように言われているが、ここ数日のクライネの起床は予定通りだ。

なんでも朝一番に部屋の外で騎士の姿をしたマーカスが待っていてくれることが楽しみで仕方ないらしい。

これからは毎日そうなるのですからいちいち喜ぶこともありませんと言ったマーカス本人も、実のところは朝の調子はすこぶる良いのだった。

クライネが部屋から出るとマーカスはクライネの体調を確認し、食堂へ向かう。

そこでクライネと、フラビウスや王達が食事を済ませ、その後でマーカスも城勤めの者達と食事を取る。午前中は訓練に勤しみ、午後には書類の確認やクライネの用事にあわせた。

夕方には自由時間もあったがマーカスはその時間もたいていはクライネに付き合っていた。彼女もその時間帯は好きなことをしていられる時間になっていたから、マーカスはクライネの裁縫だとか料理を隣で観察した。マーカスが居ないときにクライネを任せているのはフィンネか同期の騎士だった。


そんな生活が十日ほど続いたある日、いつものようにマーカスが訓練に向かおうと部屋を出ると、そこにはクライネが待っていた。

予想もしなかったクライネの登場にマーカスはかなり驚いて瞬きを繰り返した。その様子を見てクライネはいたずらっ子の用にくすりと笑った。


「今日は私がマーカスについていく日なの」

「クライネ様がついてくる……ですか?」

「ええ、その通りよ! たまには私がマーカスについて行って、マーカスのことじっと見るの。どうかな」

「え……それはちょっと……」

「……マーカス」

「いや、あの……。クライネ様がよろしいのであれば……しかしあまり近づかないでください、危ないですから。それに姫が居ては皆も緊張してしまいますから」

「分かってるわよ」


ほら、いきましょうとクライネは笑ってマーカスの手を引いた。

ついて行くと言うくせに結局はクライネが前を歩いているのがマーカスにはおかしかった。手を引かれながらマーカスはふと握られた手首を見て、その手を繋ぎなおして隣を歩きたいと考えた。

当然すぐに思い直して手はおろか隣を歩くこともしなかったが、マーカスは自分をしかりつけた。

いつまでも子供の気持ちで居てはいけない。自分はクライネを守る騎士なのだから。

しかし隣を歩くのはともかく手を繋いだことは子供時代でも一度もなかったのに、自分はいったい何を考えているのだろうかとマーカスは疑問に思いながらクライネに続いた。


「クロウディウス殿!」

「おおマーカス!ちょうど今、今日の訓練についてお前に相談が……」


クロウディウスは言いかけて、少し驚いたように頭を下げた。

訓練場に入ってきたマーカスの後にクライネがくっつくようにして入ってきたので、それをみた騎士達は急に改まって背筋を伸ばした。


「だから言ったではないですかクライネ様。皆が緊張してしまいます」

「あら、緊張に慣れることはよいことだとお父様がよくおっしゃっているわ」

「そ、それもそうですが……」

「なによ、さっきはいいっていったくせに」


クライネはつんと突っぱねるように言って、そのくせ次の瞬間には子供のように目を輝かせて辺りを物珍しそうに眺めた。


「まぁ、あれは矢を射る的ね! 真ん中にささっているのは誰がやったのかしら!」

「クライネ様! 勘弁してくださいお願いですから」

「もぅ、マーカス。そんなに堅いこといわないで」

「いいえ言いますとも!

あなたに怪我をされてしまっては面目がたちません、さぁあちらへ! あそこなら安全ですから。いいですか絶対に動かないでください。絶対ですよ!」


マーカスの必死な様子と、頬をふくらませるクライネを見てクロウディウスは声を上げて笑った。

ふたりが怪訝そうな目でそれを見やると、クロウディウスは口元を手で覆いながら謝罪を口にした。


「申し訳ない、いやにお二人が様になっていたので。マーカス、なんだか側近らしく見えるじゃないか」

「そんなことを言っている場合ですか! クロウディウス殿からもなんとか言って差し上げてください」

「クライネ様、あちらのベンチでならよく見えますし安全ですから、あちらへどうぞ」

「ええ、ありがとうクロウディウス!」

「クロウディウス殿!」


頭をかきむしって訴えかけるマーカスにクロウディウスは笑いかけた。


「まぁそう堅いことをいうなマーカスよ」

「う……クロウディウス殿もそのようにおっしゃるのであれば、致し方有りませんね。

クライネ様、大人しくなさってくださいね」

「まかせて!」


元気いっぱいのクライネに多少の不安はあったが、マーカスはここに来たからには訓練に集中しなくては、と気持ちを切り替えた。クライネがクロウディウスに指定された席に向かったのを見送り、マーカスは剣を抜いて訓練に励んだ。

訓練に集中すればマーカスは先刻までの明るい空気はまったく感じさせないほどにピリピリとした空気を放っていた。クライネは感心してそれを見ていた。当たり前だがマーカスも一端の兵士である。

それも同期の中では一番実力があるとクロウディウスに言わしめるほどの実力の持ち主である。

ただそれが自分と過ごすときにはまったく見せたことのない表情だったので、クライネはじっと見つめていた。


「マーカスは、さすがでしょう?」


不意に背後から声がした。クライネはあまりに夢中になって訓練の様子を見ていたのでひどく驚いたが、相手が誰だかすぐに分かった。


「フラビウス。あなたは訓練をしなくても良いの?」

「私はさきほど別の仕事をしていたのです。息抜きです」

「そっかぁ…ああ、ううん。ダメね私は」


クライネは何かを思い出したように姿勢を正してフラビウスを見た。


「なにがです?」


「テーネロ王に世話になっている身だし、お前ももう子供ではないのだからフラビウス王子にきちんとした言葉遣いをするようにと言われたのを思い出したの。

二人は端から見て少なくとも対等に話していないとダメだって。私もそうおもったわ」


クライネはうんざりした調子で言った。フラビウスとは口調がどうこうという歳以前からの知り合いで、兄のようなものだからいまさらそう言われてもいまいちピンと来ないのだった。

フラビウスはふっと笑ってクライネの隣に腰掛けた。クライネは少しだけわきによけてやる。


「対等で有れば良いのなら、私がそちらにあわせましょうか。それがいいでしょう」

「どういうこと?」

「今から私は、自分のことを俺と呼びましょうか。マーカスと話しているときと同じように話し、貴方のこともクライネと呼べば良い。なんだかその方がしっくりくるなぁ。

俺はあなたが幼い頃から知っているから、あなたに「フラビウス様」なんて呼ばれる方がよほど気持ちが悪い」

「まぁ、気持ちが悪いだなんてひどい言いぐさだわ」


二人は顔を見合わせてから、声を上げて笑った。そしてマーカスに視線を戻すクライネを見て、フラビウスは複雑そうに笑った。

訓練が終わるまで二人はマーカスを眺めていた。マーカスもさすがに少しその視線に気が散ったようで、何度かフラビウスをにらみつけた。訓練が終わったのはもう夕方だった。


「フラビウス、あんなところで見ていないで相手でもしてくれたらよかったのに」


訓練を終える挨拶をしたあとで、マーカスは半ば憤慨したように足音を荒くしてベンチの方へやってきた。マーカスはあまり人にじろじろ見られるのが好きではないのだ。


「いやぁ? お前がやっているのを眺めて次回こそはお前を打ち負かせてやろうと意気込んでいたのさ」

「で、俺の新たな欠点はみつかったのか」


フラビウスは怒っている友人をなだめるように少し時間を空けてから答えた。


「いや、残念ながら欠点は減ってしまったようだ」

「なら机仕事ばかりのフラビウスに、次も俺が勝つことにしよう」


マーカスは憤慨した顔をいつもの表情に戻した。本当のところそこまで怒っていたわけではないのだ。


「言ってくれるな」


フラビウスはマーカスの皮肉にそう返しながら立ち上がった。


「クライネ様、こんな時間までここにいらっしゃって大丈夫だったのですか? 退屈だったでしょう」

「ううん! そんなことないわよ。でもお腹すいちゃったわ」

「そうですね。ちょうど夕食時です」

「私、たまにはみんなで食事したいわ」

「じゃあクライネ、俺から父上にそう言っておこう。あとはフィンネにもテーブルを別に出してくれるよう言っておかないと」


クライネの提案にフラビウスがそう言った。マーカスはそれを聞いて、「あれ、なんだかおかしいな」といいたげに片方の眉を上げた。


「――フラビウス、なんだか今日はやけにクライネ様と親しげだな」

「なんだ、側近様はヤキモチを妬いていらっしゃるのかな?」

「貴様ぁ……!」

「まぁそうおこるな。早くいかないと準備がおわってしまう。行くぞマーカス、クライネ!」

「おう」

「うん!」


3人は、まるで同期のように並んで歩き出した。

一人は騎士で、一人は王子で、もう一人は姫だ。

本来ならばあり得ないはずのその並び順をみた兵士達は、おもしろそうに3人を見送った。



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