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ホワイト・レイン  作者: ラニスタ
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1 少年は

高校3年だったか。長らく書くことをやめていたが受験へのストレスから書き始めるも、はやり途中で止まる。大学生になってなんとか完成形には持って行ったけれど、これは実は未完の物語なのだ。非常に申し訳ないマーカス。※完結はしてるのでご安心を。

№1 少年は


 エーゲ海に浮かぶ小さな港市の国テーネロは、実に平和で富んだ国であった。周辺に浮かぶ島国の中でも最も美しい島だ。先祖代々から風向きや貿易交渉について受け継ぎ、他の島国とも多くの交流をしており、国が成立してからというものそれほど大きな危機に直面したことはない。

 道については街道が整っているが、あとはこれといってしっかりした道はなく、砂利道や簡単な石畳が続いている。城下町には市場のテントが並び活気がある。城下を離れれば季節ごとに鮮やかな花が風に揺れた。


 国は王権制度が発達した。島自体が小さいので反乱やら面倒なことはめったに起きず、王は民を、民は王を信頼していた。だが戦にも備え軍団は常に育てられていた。他国からの侵略がないのも、常にこの軍団が島を守っているからといっても過言ではない。

奇遇にもこの島にたどり着く外国船があっても、大概は疲れ果てているし、たいした数でもないので軍団はこれを追い払ってきた。それでこの島には実際よりもずっと強い軍団があるという噂が出回っており、島はなおさら平和だ。


軍団の訓練は、村の少年達が10歳になった頃から始まる。そのあと一日の半分は軍団、残り半分は家の手伝いといった生活が17歳までの8年間続く。騎士になるかどうかはそのあと彼らが決めるのだ。

軍団では座学も教えているので、それは学校代わりとなって少年たちの教養を深めた。大方は家業を継ぐか、そのまま騎士になるかだ。

騎士になれば交渉の際の警備や、城の警備、街の安全確保に回るなど多くの仕事がある。また、騎士にならなかった者も、幼い頃からともに訓練を受けてきた騎士達のことを信頼しており、そんな仲間内に迷惑を掛けないためにも争いごとは常に嫌われてきた。


 そんな今年の軍団訓練場には、王フロンティアヌスの息子であるフラビウスも参加することになっていた。テーネロでは将来王位を継ぐ者もこうして軍団で訓練をする。

こうすることで将来王位についたとき、民から厚い信頼を受けられる――軍団内で面倒な問題を起こしたり役立たずでなければの話だが――のだ。


 島の漁師の息子マーカス・フラシニアヌスも、この春から訓練を受ける少年達の一人であった。金髪のくせ毛で、きりっとした顔つきの少年だ。背丈も体格も人並みだが、褐色の瞳はなにか他の少年達とは違うものを感じさせた。だがそれに反して彼は実に怠け者で、彼にとって軍団の訓練など楽しみでも何でもなかった。

 最初の訓練の日、マーカスが父にもらった新しい槍を持って城の前の広場に行くと、既に何人かの少年が集まっていた。顔見知りの少年もいればあまり見かけたことのない少年もいた。

マーカスは少しだけ不安な気持ちになったが、子供らしくどきまぎしているのもシャクなので、真ん中で騒ぎ立てる噴水の縁にもたれかかって、じっとしていた。 


「よぅマーカス!」


最初に、すぐ近くに住んでいるトーマスが声を掛けてきた。彼は赤髪の少年で、そばかすがこの前あったときよりも幾分増えているような気がした。


「よぅ、トーマス。ずいぶん楽しそうだね」

「あったりまえさ! この日が楽しみで仕方なかったんだ!」


トーマスはマーカスとは反対に目を輝かせて城をちらりと横目に見た。城の窓は太陽の光に反射しているので中はよく見えなかった。


「俺もお前みたいに陽気になれればなぁ」

「何を大人みたいな事をいっているんだ! それにそんな風には微塵にも思っていないくせにさ」

「いや、思っているよ。だってその方が何も考えずにいられるし」


マーカスが嫌味を込めて言ったが、トーマスはさほど気にしていない様子だった。マーカスはその様子が妙に鼻につくのを感じた。昔から自分と逆で明るいトーマスのことを、マーカスはあまり好きにはなれなかった。

気晴らしにもう一度城の窓を見ると日がかげり、少女が走っているのが一瞬見えた。少女が見えなくなっても、マーカスはぼぅっとその辺りを見ていた。

少したって、トーマスがマーカスの肩をつついた。

目線だけ向けると彼はいかにも楽しそうに城の方を指さした。マーカスが城に視線を戻すと一人の少年が、たったいま城から出てきたところだった。

彼は後ろにくっついてくる男をうっとうしそうに振り払った。男は渋々城の中に戻っていったがまだ心配そうに少年のことを見ていた。


「あれ、きっとフラビウス様だよ」


トーマスが言った。

マーカスは「ふぅん」と気のない返事を返した。けれど実は少しだけ興味があったので、トーマスにばれないように横目で彼を見てみた。

 フラビウスは王家のしるしである混じりけのない黒髪を後ろになでつけていた。

目つきは鋭く、薄い眉は寄せられて口元は嫌そうにゆがんでいた。フラビウスは何も言わずに、他の少年達がそうするように適当な場所に突っ立った。

だが本人がいくら普通の少年らしく突っ立ってみたところで、テーネロでは珍しい黒髪に皆が視線を向けた。皆はフラビウスが来た瞬間に黙りこくって、辺りは沈黙してしまった。

フラビウスは居心地が悪そうに何度も重心を掛ける足を変えて斜めに突っ立っている。

周りはだんだんコソコソと話し出した。フラビウスのことをただ突っ立っているだけなのに「王族だからって生意気だ」、「何もできないお坊ちゃんのくせに」と言った。

誰かが少し大きな声でそういったことを言う度、フラビウスはその薄い眉をピクリと動かした。

だが決して何も言わなかった。この場で認められなければ王位についたとき苦労するのは自分なのだと自覚しているのだ。

そういうことを分かっているフラビウスを見ていると、コソコソ話をする同年代の少年達が嫌に子供じみて見えた。

 マーカスはだんだんイライラしてきた。普段は怠け者のマーカスだが、こういったコソコソした意地の悪いことは大嫌いだったのだ。それに軍団での生活になんの希望も持っていなかったので、今後のことを案じることもなく声を上げた。


「おい、お前らは生意気だな!」


あたりはまた一瞬で沈黙した。訳が分からないと言いたげな者や、じろりとにらみつけてくる者もいる。だがマーカスは動じることなく言った。


「お前らがフラビウス様に言ってんのはそういうことじゃないのか? 

立ってるだけで生意気だって言うのなら、お前達だってみんな生意気だ」


顔見知りではない大柄な少年が鼻息を荒くしてマーカスに向き直った。その怒った様子を見てマーカスは付け足した。


「怒るって事はその通りだって事なんだな! 俺はこれからお前らと訓練を受けると思うとうんざりしてきたなぁ。ここにいるって事はみんな同じ訓練を受けるって事だろう? だったら立場は関係ないさ」

マーカスは大柄な少年に一瞥をくれてやった。


大柄な少年がとうとうマーカスに殴りかかってきた。マーカスは素早く立ち上がったが、その前に少年の周りにいたマーカスの顔見知り達があわてて止めたにはいった。

二人が両脇から腕に張り付き、もう一人が勇気をもって正面から胸を押し返したのだ。


「離せよ!」

「やめておけよグラック! マーカスは喧嘩にめっぽう強いんだ!」

「そうさ、それに俺はマーカスが正しい奴だとよくわかっているから、もし喧嘩になってもマーカスの肩を持つからな!」


三人に止められて、さすがのグラッグも動けなかった。

彼は不機嫌そうにマーカスを睨み付けて、マーカスが視界に入らない場所へ行ってしまった。マーカスはひとまず安心すると、ふんぞり返って座り直した。

こうしていると一番生意気なのは自分のような気もしてきたが、とりあえず殴られずに済んだだけでよしとしよう。いくら「喧嘩にめっぽう強い」マーカスでも、あんな大きな少年に殴られてはひとたまりもなかっただろう。想像してみて、身震いした。

フラビウスはそれまでのマーカスの様子を興味深そうに見ていたが、マーカスはその視線には気がつかなかった。それから数分沈黙が続き、軍団の者が少年達を迎えにやってきた。彼らはこれから軍団の訓練地を案内され、そのあと肉を焼いて食事をともにし、夜は炎の周りで伝統の戦士の踊りを天に捧げるのだ。少年達は大人が来たことで少しほっとして、再びしゃべり出した。



 夜、マーカスはうるさいトーマスを振り切って一人で肉をほおばっていた。

訓練地の案内が終わり日も暮れてきたので、広い敷地の中では宴会が開かれていた。皆の座る輪の中心では炎が踊り、肉の焼ける良い香りが漂ってきた。

 マーカスはこの後のことを思うと憂鬱な気持ちになった。

面倒だなんだと言いながらも、本当は戦う訓練をするということが不安で嫌なのかも知れない。マーカスは珍しくそんな風に考えてみたがすぐにやめてしまった。

そういう考えは好きではない。考えを忘れ去ってしまおうとして同期の少年達の数を数えていると、マーカスの隣に誰かが座った。

またトーマスではないだろうかと思ったが、視界の端を横切ったのは騒がしい赤毛ではなく、落ち着いた黒だった。マーカスはゆっくり、顔を向けてみた。

 そこにいたのはフラビウスで、彼は半ばやけくそになって肉をほおばっていた。マーカスは唖然としてその光景を眺めていたが、自分も肉にかぶりついて、誰がそうしようと言ったわけでもないのにフラビウスよりも早く食べきってやろうと躍起になっていた。

最後の一切れを押し込んで、少しむせて咳をすると隣で小さな笑い声が聞こえた。マーカスは口をもぐもぐさせたまま仏頂面で言った。


「俺に何か用でしょうか」

「ああ、そうだ」


フラビウスも口をもぐもぐさせていった。二人は少し黙ってお互い口の中のものを飲み込めるまで待った。フラビウスは口元を軽くぬぐってから言った。

その姿が妙に庶民的なので、マーカスは緊張して強ばっていた肩の力が抜けたことを感じた。


「さっきは、助かった。礼を言うよ」

「いえ、俺がむかついただけなので」

「それでも助かったんだ。俺は同い年の男と話す機会がないからどう話して良いのかよく分からなくて……」

「王子も、大変なんですね」

マーカスは思ったことをそのままに言った後で、すぐに失礼だったかも知れないと思って付け加えた。

「ああ、別に嫌みとかどういうわけではなくて……」


フラビウスは、また笑って「分かっているさ」といった。フラビウスが同期の少年達と話す機会がないのと同じで、マーカスも王族の者と直接話すのは初めてなのだ。

フラビウスもそのことを分かっているらしく、次にこういった。


「俺のことはフラビウスと呼んでくれないか? 

さっき立場は関係ないと言っていただろう? できれば普通の同期として扱ってほしいんだ」

「かまわないけれど……俺の首が飛ぶよ」

「なに、俺と友達みたいに話したからって何の罪でも無いだろう。君は思ったよりも心配性なんだな」

「カッとなるとすぐに大口をたたくんだ。

本当は怠け者だ。いつも母さんに怒られる。寝ていても腹は減るんだから夕食の準備を手伝えって」

「俺は手伝ったら座っていろと怒られてしまうな」


二人は顔を見合わせて、声を上げて笑った。なにか特別おもしろい話をしたわけではないのだが、実に愉快な気分になったのだ。先刻までのようにくすくす笑うのではなく大声で笑ったものだから、同期の少年達はマーカスのことをまるで頭のおかしい奴だとでも言いたげな表情で見てきた。

マーカスは特にそれについては何も言わなかった。けれどみんなもすぐにフラビウスとは打ち解けるに違いないと思った。


「話してみると、割とうまくいくもんだな」

「俺もお前のことをちょっと怖がりすぎていたよ。これからよろしくな」


マーカスはフラビウスに手を差し出して、二人は固い握手を交わした。




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