中央区魔法錬成工場 2/3
あれ、誰かが俺を呼んでいる。
微睡みから覚め、声の主の姿がはっきりとする。
亜麻色のショートヘア、ぱっちりとしたどんぐり眼の
見慣れた顔が、眉間にしわを寄せて、
休憩室のソファーで泥のように眠っていた俺を睨んでいた。
「ちょっとー。何のんきにグースカ寝てるんですか。
今日は中央工場の視察の日じゃないですかー。
また嫌味言われても知りませんよ。
……ミナキさん、期待されてるんですから、シャンとしてくださいよねっ。」
口をとがらせながら助手のネリーが俺に優しく喝を入れる。
こいつとも、もう三年の付き合いだ。
こいつのサポートがあってこそ
俺は第一級職員の地位についているといっても過言ではない。
なんせ俺はただの――
―――ふと、さっきの夢が頭を掠める。
「……ちょっと?ホントに大丈夫ですか?
ちょっとセンチメンタルな顔してますよ。全然さまになってないですけど
熱でもあるんじゃないですか?」
「いいだろ別に、
……今まで苦労かけたな、ありがとよ。」
我ながら珍しく素直に礼を言う。
ネリーはあっけにとられたような、絶句したような
形容し難い表情だった。
こいつの中で俺がどんなふうに映っているのかが
よ~くわかる表情だ。
「……先に用意して待ってますねー…。」
と言い残し休憩室を出て行った。
腫物に触るかのような柔らかい声色で。
夢のせいでセンチになっていたのは確かだ、
その後、あの黒い魔法使いに出会うことはなかった。
それでも俺の中であの経験はずっと、今でも息づいている。
だからこそ使えもしない魔法を必死で調べて、勉強して
四方八方、東奔西走、魔術書、祭具、儀式の跡地、各地の伝説
時間と体力を惜しまずに
少なくとも、その辺の頭でっかちの学者よりかは
はるかに知識は豊富なはずだ。
人間のくせに魔法なんて学んだって意味がないと
耳にタコができるほど言われたし、親には縁を切られちまったけど。
俺は魔法使いになりたかったんだ。
あの日出会った黒い魔女に近づきたかった。
憧れ、いや、嫉妬と言うべきか。
でももう一度会いたかった。
あの時の礼が言いたかったから。
でも、その前に。
――世界の変革が起きた。
ある日を境に街の人々の話題は一色に染まった。
今まで誰も気に留めなかった研究所で
人工的な魔力の製造に成功した、
これを動力とした「製造物」が近々発表されるだろう、と。
当初は誰一人、本気にしてなかった。
実際に「製造物」を目の当たりにするまでは。
やがて街に「魔力生成所」が建設された。
馬車は消え失せ、街を魔力で動く「自動車」が走るようになった。
それに伴い馴染みの石畳は根こそぎ剥がれて「コンクリート」が敷かれ、
「エネルギーショップ」ができた。
街の上空には魔法生成所から延びる何本ものケーブルが交差し、
レストラン、街灯、病院、
匣の集合体のような塔「ビルディング」に魔力を送り続けた。
――ただ、発展の異常なまでの速度に仄暗い不安を
少なくとも、俺は感じていた。
歴史上初めて魔力を製造した、あの研究所はいつしか機関となり
その名を変えていた。
「神秘研究機関グリム」 通称グリム機関
グリム機関は実質上、東都ウィザルドを掌握した。
人類初の魔力製造から十五年
やがて魔力エネルギーが人々の生活の
あたりまえになったころ。
グリム機関が魔法への造詣が深かった俺を一級職員として雇い入れた。
“君の経歴は調べさせてもらった”
“大層魔法使いにご執心だそうだね”
“我々は今、次のステップに上がろうとしている”
“―――人工的な「魔法」《・・》の錬成だ”
“近い将来、人間でも魔法使いになれる”
“君の、その豊富な知識が必要なんだ”と。
夢を実現する機会がようやく巡ってきたと思った。
雇われてすぐネリーに出会い、共に身を粉にして働いた。
文献、魔道書の解読
魔法の種類、特性、人間との適合性
一人で調べていた頃の何倍もの予算と設備があった。
完成した「自動詠唱具」の試作品に関して言えば
俺の貢献は無視できないもののはずだ。
――最も、完成したそれは
俺の理想とはズレていたが……。
それからは…はっきり言ってあまり研究熱心、というわけではなかった。
もちろん職を失うわけにはいかないし、
俺を知識を買ってくれた上司たちを失望させるわけにもいかないから
課せられた仕事は果たしている。
本当にこれで良かったのか?
と、時々何故か後悔が頭をよぎる。
もうすっかり眠気は覚めていた。
あの魔法使いの少女と出会った場所
街の広場だった場所には、一際異彩を放つ施設が建てられた
今から俺たちが視察へ向かう、
「グリム機関直属 中央魔法錬成工場」
あの巨大な匣のような施設が。