中央区魔法錬成工場 1/3
天気のいい昼下がり
まだ少し肌寒い春のはじまり。
街にはまだ少しだけ、飛竜の襲来による爪痕が残っていた。
街の大通りには露店がちらほら。
貝殻や骨で作られたちょっと不恰好な手作りの装飾品。
となりの首飾りには、ドラゴンの鱗があしらわれているけれど
どう見てもにせもの、店主もわかってて売っているんだろう。
むこうの露店からは香ばしいにおい。
きっとリザードダックのハーブ焼きだろう。
パンに挟んで食べると絶品だ。
大通りを抜けた先の街の広場。
噴水の傍で大道芸人たちが魔法を披露している。
もちろん本物の魔法じゃない。
……だって魔法は上位種だけが使えるものなんだから。
―――ああ、これは夢だ。
賑やかな大道芸人たちは派手な格好をしていたけれど
目の色も、耳も普通だった。
変なかぶりもので顔が見えないのもいたけれど
本物のエルフは決して魔法を安売りするような真似はしない。
だからあの魔法はただの手品、そんなのわかりきったこと。
だって人間に魔法なんて使えるはずないんだから。
それでも、みんな、目を輝かせて見入っていた。
でも俺はいまいち楽しめなかったんだ。
だって俺は本物の魔法使いを、魔法を、この目で見たんだから。
―――夢だ、子供の頃の、だってあの広場も、大通りも、とっくに。
街に飛竜の大群が押し寄せてきた日
まだ小さかった俺はドジで、のろまで、逃げ遅れて。
越冬できずに、餓えた何十匹もの飛竜の群れが餌を求めて牧場を荒らし、
民家を破り、街の上を飛び回った。
四方八方から聞こえる咆哮、悲鳴、怒声。
岩のような灰色の巨躯がいたるところに見えた。
怖くて、怖くて、みんながどこに避難したのかすらわからなくて。
寂しくて、心細くて、当てもなく逃げて、逃げて、走り続けて。
広場に続く大通りに出たとき。
「おい!そこのお前!なんでこんな所に居るんだ!」
と、一人、広場に佇む少女が俺を怒鳴りつけた。
少女は光を喰うような黒く、美しい髪を揺らしながら
ずんずんと俺のほうに近づいてくる。
エメラルド色の瞳、涼やかで、整った顔立ち
陶磁器のような白い肌に、長い耳。
この日俺は初めてこの目で本物の魔法使いを見た。
「……逃げ遅れたのか、間抜けめ、避難所は正反対だ。
しかたない、私の傍を離れるなよ。」
そう言いながら魔法使いは俺のさらに向こうを見つめていた。
振り返ると大通りの入り口に飛竜、
他の個体より二回りほど大きく、体色は灰というより黒、
こちらを見定めるような仕草からは理智すら感じられる。
奴が群れの長であることは明らかだった。
黒い魔女と黒い飛竜
一瞬の静寂の後、先に動いたのは飛竜
その巨躯からは想像し難いほどの軽やかさで宙に舞い
幾多の獲物を仕留めてきたであろう大顎を目一杯広げ
突進、否、こちらに墜落してきた。
迫りくる明白な死を見つめながら、魔法使いは顔色ひとつ変えず、
滑らかに、唄うように合言葉を紡ぐ。
『御神の輝槍、光の軌跡』
時間が圧縮を肌身で感じた。
死が迫る、地獄の使者が大口を開けて肉薄する。
『決別・虚空・闇と深きに閃と空を射せ』
夥しい数の牙を俺は、はっきりと捉えていた。
しかしあの時抱いていたのは恐怖などではなく
『―――夜裂爪。』
只ならぬ昂揚感に他ならなかった。
魔法使いは光の柱を飛竜に放った。
少なくとも俺には、そう見えた。
閃光、爆風、目は開けていられなかった。
すぐ横を巨大な何かが通り抜ける。
光が収まり、通り抜けたモノを見た。
地面に伏す飛竜の長、
上顎から上が消失していた、いや消飛ばされたんだろう
あの光の柱に。
あの眩い―――光に――――――。
……ミナキ先輩?
……ちょっとーー?……寝てるんですかー……?」