時代の敗残者 1/2
なろう利用者の皆様、はじめまして。
林田遼太郎と申します。
拙文ではありますが、なるべく早く更新するよう尽力いたしますので
何卒よろしくおねがいします。
またあの音が鳴り響く。
呻き声のようなあの音が。
――この耳が憎い、焼き潰してしまいたくなる。
郊外の村はずれ、家屋としては大きいレンガ造りの館の窓に
仄かに明かりが灯っていた
壁一面に並ぶ数々の魔道書に古文書、丁寧に立てかけられた術式用の祭具たち。
……もっともこれらは最早、意味を成さない無用の長物なのかもしれないが。
お気に入りのガーゴイル頭骨を加工したランプの暖かな光は数少ない癒しである。
橙色の細かにゆらめく明かりは、意匠の施された魔術用具たちと
安楽椅子に体を預ける私の体を包んでいた。
――まだ聞こえる、あの音が、呻き声が
夜に響き、空を伝播して、私の耳に入ってくる。
音の出所――東都ウィザルドの、あの忌々しい建造物群……工場、と言ったか。
まるで大きなハコを積み上げたような巨大で不気味な建造物だ。
音は日に二度、太陽が昇りきる頃に一度、沈みきる頃に一度、
特別喧ましく唸り声をあげる
その輪をかけて喧ましい音が、
ゆっくりと、這うように近づいて来る。
五年前、あれの出す気色の悪い音にとうとう耐え切れなくなり、
街から遠く離れたこの村に移住を余儀なくされた。
私とてただ黙って街を去ったわけではない。
工場が稼働し始めた時はまだ私のほかに
三人の魔法使いが街には住んでいた。
だが私を含めて四人、地主や街の人間たちに掛け合っても埒が明かなかった。
「たしかに音はする、しかし呻き声というのは分からない。
音もそもそもこまで気にするものとは思えません。」と、誰に問うても返ってくるのは
そんな言葉ばかり。
工場の主とは顔を合わせることすらできなかった。
そうして仲間の魔法使いたちは一人、また一人と
あの街を去って行った。
結局最後まで街に残ったのは私だった。
やがて石造りの建物は
得体の知れぬ灰色の建造物に造り替えられ、
空へ空へと背を伸ばした。
夜を照らすのは星や月ではなく、ぎらぎらと光を放つ硝子に変わり、
私が好きだった星々はその姿を消した。
その点で言えば今住んでいるこの村は星が良く見える。
最初の一年はあの音も無く、大気も街より澄んでいて、腑に落ちないながらも
平穏に暮らせていたが…何故、またこの音に気を揉まなければならないのか。
これでは移住した意味がない。
そもそもなぜ私が
五十年も連れ添った土地を追いやられねばならなかったのか……!
街が飛竜の群れに襲撃された時、必死の思いで追い返したのは誰だ。
凶作に陥った時、七日七晩豊穣の祈りを捧げたのは誰だ。
水害に見舞われた時は持てる自立人形を総動員して復興に尽力した。
魔力が尽きそうになっても歯を食いしばって耐えた。
上位種としてこの世に生を受けたのだから、
下位種たちを守る使命があると思っていたから。
あの時だって、あの時だって……。
――思い返せばきりがない、元々東都ウィザルドは今ほど豊かではなかった。
周辺に生息する原生生物は強力なものが多く、昔は交通面も不便で避ける行商人も多かった。
魔法使いも私を含め数人しか居なかった。
私は五十年近くウィザルドに根を下ろしていたのだから
誰よりも街の成長を近く、長く見守ってきた。
それなのに、それなのに!
人間どもめ少し力を手に入れたからといって……。
許せん、今までの恩も忘れて!私たちを追い出し、あまつさえあんな冒涜的な所業を……。
許せん、許せん許せん許せん……!
「下賤な人間どもめ、我ら上位種が神から賜りし魔法を
―――人工的に創りだす など……!」
いつの間にか声が漏れていた。
…頬には知らずのうちに涙が伝っている。
くやしい、しかしもはやどうすることもできない。
忌まわしい呻き声はいつのまにか止んでいた。
窓の外は夜の帳は降りていて、耳を澄ませば雨音が聞こえる。
…聞きたくない音は耳をふさいでも入ってくるくせに。
――とその時、雨の音に混じって
トントン。と何かをたたく音が、いや、扉をたたく音が……?
トントン。と、聞き違いではない。誰かが扉を叩いている。
村の人間だろうか、こんな時間に?
涙を拭い私は玄関へ向かった。
扉を叩く音はリズム良く二回ずつ。
今の私にはその小気味良さが訝しかった。
静かに扉に体を近づけのぞき穴から向こう側の様子を伺う。
が、暗くてよく見えない。
表にはランプが備え付けているはずだが、おかしいな、魔力切れか?
「……どちら様ですか?」と、向こう側へ声をかけた。
その次の瞬間。
凄まじい轟音と共に扉は蹴破られた。
ひしゃげたドアノブが宙を舞い、私の足元に転がった。
目の前には赤く光る三つの目
右手にチューブだらけの大きな工具のようなモノを握り締め、
黒揃えの歪な、鎧のようなものに身を包んだ
大柄な、人型の、何かが、こちらを凝視していた。
その姿を例えるならば――巨大な、蜘蛛、だろうか。