第5話 賑やかな放課後
「……に発見されたPEはその後、国立高等技術研究所の調査でエネルギー物質とし用可能であると判明した。尚この物質は現在知っての通り、化石燃料や原子力に代わり我が国のベースエネルギー源として利用されている。PEが既存のエネルギー資源に取って代わった最大の理由と言われているのは、PEのエネルギー変換効率だと言われている」
淡々とした声で、初老に差し掛かった老教員の教科書朗読が続く。
生徒達は黒板を版書する者、教科書を目で追いながら黙読する者、陽気に当てられウトウトする者と様々だか、皆共通して疲労感が見て取れた。
「PEは自己質量を中性子崩壊させ、素粒子変換を起こす。その際、自己質量を光子として放出するのだが、この光子を光電変換で電力にすると、1g当たり90兆J程のエネルギーに成る。これは、1840tの石油を燃やした時のエネルギーに相当する」
1g当たりのエネルギー量――核分裂で石油1.8t相当、核融合で石油8t相当。
「これに加え、光子を直接電力に変換出来る為、発電設備も小型且つ簡易な物で済む。従って発電コストや初期設備投資、施設維持コスト等が既存の発電の数百分の1で済む。更に……」
チャイムが鳴る。老教師は話を止め、時計を一別し生徒達を見渡す。
「あー、続きは次回の授業で」
纏めた教材で教卓を軽く叩く。それを合図に声が響く。
「起立。気を付け、礼」
「「「ありがとう御座いました」」」
生徒達が一斉に御辞儀をすると、教師はゆっくりとした足取りで教室を出て行った。
生徒達は暫く授業後の余韻に浸っていると、和葉がハキハキとした様子で教室に入って来る。
「はーい、皆さん席に着いて下さい。SHRを始めますよ」
和葉に着席を促された生徒達は、粛々と席に着く。生徒達の着席を確認し、和葉はSHRを始める。
和葉の話が進み暫くすると、教室の外に生徒達の足音が響く。廊下には他教室の生徒達の雑談も響き始め、俄かに賑わしさを増す。
「それじゃ、今日の連絡事項はコレで御仕舞い。皆、明日も遅刻しない様に登校してね!」
和葉は元気良くSHRの終了を告げ、教室を後にした。それを切っ掛けに、生徒たちは各々の動きを始める。友達と駄弁り始める者、足早に帰宅する者、教室に残り自習する者等様々。
そんな中、雄二は身の回りの整理をした後、水穂の机に集まっている3人に声を掛ける。
「お疲れ、やっと今日も終ったな」
「お疲れ」
「ゆー君、お疲れ様」
「あら?今日は体育の授業も無かったから、そんなに疲れる様な事してないでしょ?」
片手を挙げながら近付いて軽口を叩く雄二に、3人は各々返事を返す。
「ええっと、精神的に?」
半目で視線を送る美保に、雄二は苦笑しながら適当な言い訳する。
「何それ」
「さぁ?」
「まぁまぁ。それより、この後如何する?」
軽口の掛け合いが妙な雰囲気に成り始めたので、克己は片手を差し込みながら2人の間に入り話題を変え様とした。2人も克己の仲介を切っ掛けにし、妙な雰囲気に成り始めた話題を終らせる。
「そう言えば、週末の社会科見学はどうする?」
「かー君、かー君。何時ものメンバーで回ったら良いんじゃない?こう言うイベントなら、しー君が解説もしてくれそうだし」
「そうだね。信也なら我が世の春って感じで、嬉々として解説してくれるね」
水穂も克己の気遣いに相乗りし、新しい話題を盛り上げ様とする。
「確かに。あいつ、こう言うの大好きだもんな」
「立花君か。また、九重君にストッパーに成って貰わ無いと」
雄二は嘗ての出来事を回想し半目に成り、美保もイザと言う時の物理的ストッパーを確保し様と決意する。
「あぁ、あの時のアレ?」
「確かにアレは困るかな?」
克己と水穂も嘗ての騒動を思い出し、微妙な表情を浮かべる。
「あの時は、稔が信也を絞め落として鎮圧したんだよな」
「あの場合、アレが最善だったと思うよ?」
「しー君、良い感じにハッチャケてたもんね」
「軽く言うわね。あの後、大変だったのよ?」
遠い目をする三人に、美保は咎める様な眼差しを向ける。三人は罰が悪そうに顔を背けた。
「まぁ、良いわ。それより、そろそろ部室へ行きましょう。あの二人も、ソロソロ部室に行ってる頃よ」
美保の提案に、三人は無言で頷き同意する。
四人は鞄を持ち教室を後にし、部室棟への道を雑談を交わしながら歩く。昇降口を出て暫くすると、克己がふと思い出したかの様に問い掛けた。
「そう言えば、週末のイベント。雄二君の所も出展してるんだって?」
「ああ、CAS向けの新型を出品するって言ってたぞ」
「新型って、雄二君が前にバイトでテストしたって言う、アレ?」
「テストと言っても、操縦操作に対する機体の応答速度を確認する物だけだけどな」
雄二は苦笑する様な表情を浮かべながら、テスト内容を克己に伝える。
「創業者一族とは言っても、流石に正式な研究員で無いからな。機密が関わる様な部分には、関われ無いよ」
「へー」
「ゆー君、昔っからテスト要員してたもんね」
水穂も懐かしそうな表情を浮かべながら、相槌を打つ。
「反応速度が人並み以上に良かったからな。限界領域付近のバグ出しには、都合が良かったんだろう」
「お陰でゆー君っ家の製品は、特殊部隊なんかのエース級の人達から評判が良いもんね」
「幸いな事にな」
控え目な雄二に対し、何故か水穂が我が事の様に胸を張りながら克己に自慢する。
「工場出荷時の状態で全力稼働中に異常動作が起き難いと言う信頼性は、CASや特殊部隊向けには十分なセールスポイントだからね」
「所謂、通好みっの品って言えば言いのかしら?」
雄二の事と成ると張り切る水穂の様子に、克己と美保は顔を見合わせながら苦笑気味の表情を浮かべる。
「まぁ、今回出品する機体には新機構が色々と組み込まれているって話だから、実戦証明済みを重視の顧客の反応は鈍いかもな」
「それはあるだろうね。余程技術的に卓越しているか、強力なコネが無いと新興企業の新型機体は採用されないって聞くし」
克己は雄二の意見に同意する様に、何度か首を小さく縦に振る。
「そうね。漫画やアニメだと、試作機や新型機と言うと凄く良さそうに書かれているけど、実際乗るとしたら量産型の方が安心出来るって言うわね。実際の所、試作機は文字道理の試作品や実験品なんだから」
「うーん、それはあるかな?家でも新型を市場に出す時は、年単位でテストを繰り返すしね」
持論を展開する美保と、経験則を語る水穂。2人の話を聞き雄二も同意する様に首を縦に振る。
「まぁ、今回のイベント出品は顔見せって所だな。そう遠く無い内に、関係者を集めて試乗会を開くだろうさ」
今回のイベント中に大口の売買契約が成立する事は無いだろうと、雄二は何処か達観した様な表情を浮かべる。
4人が暫く雑談をしながら歩いていると、目的地である部室棟に到着した。校舎に酷似した外観の、凹型5階建て中高合同部室棟である。
「この部室棟、エレベーター位、設置して置いても良かったんじゃないかしら?」
「建前は、生徒の運動能力低下を抑止する為って事らしいけど、経費削減の為だって言うのが、生徒間では一番有力な説だよ」
「あぁ、納得」
「国立なのに、そんなに予算無かったのかな、この学園」
4人は若干呼吸を乱しながら、部室のある5階を目指して階段を上る。登り慣れた道筋ではあるが、各員の口々から思わず愚痴が漏れる。
「建物の、エレベーターの設置義務って、何階建てからだっけ?」
「確か、6階建以上じゃ無かったかな?」
「義務に引っ掛らない、5階建てを狙って建ててるじゃ無い」
雄二と水穂の遣り取りを聞き、美保は愚痴を吐き捨てた。
「ふぅ、着いた」
5階の踊り場に到着した4人は、小さく深呼吸をし息を整える。
「グラウンドを使う運動部が下層階って言うのは納得しても良いけど。文化部が中層階で同好会が高層部って言うのは、少し納得出来ないわね」
「部室を貰えるだけ良い方じゃ無いかな?部室を貰えない同好会は多いって聞くよ?」
「それでもよ」
若干乱れた髪を整え直しながら、4人の中で一番体力が無い美保は愚痴を漏らす。その愚痴を聞いた克己は、やんわりした苦言を刺す。
「まぁまぁ。稔と信也が首を長くして待ってるだろうから、早く部室に向おう」
雄二は先を促す様に部室に足を進め、意図を察した水穂も足早に続く。
「「……」」
口論に成りそうだった克己と美保の2人は、視線を一瞬交えた後、雄二たちの後を追う。
しばらくして、4人は【次世代技術考察同好会】と書かれたプレ-トが掛けられた扉の前に到着した。
「ごめん、遅くなっ……」
ノックをした後、雄二が扉を開けると、驚くべき光景が目に飛び込んできた。雄二は扉を開けた体制で石の様に固まり、不思議に思い3人も扉の中を覗くと雄二と同じ様に固まる。
「…!!……!?」
「おっ。遅かったな、お前等」
「……た、たす、け」
爽やかな笑みを浮かべながら信也の首に絞め技を決めた稔と、片手で忙しなく参ったの合図を出しながら力無く助けを求める手を伸ばす信也の姿が部室の中に有った。
「よっと」
「ぐべぇ!?」
雄二達に気が付いた稔は、絞め技を決めていた信也を投げ捨てる様に解放した。
その一部始終を見せられた雄二達は引き攣った苦笑いを浮かべながら、信也に絞め技を食らわせるにたたった経緯を稔に問う。
「な、何をしてるんだ?」
「ん?ああ、何、何時もの様に暴走し始めたからな。ちょいと絞めておいた」
「そ、そうなんだ」
悪びれた様な様子も見せず、稔は当然の事だととでも言いたげな態度で雄二達の問いに答えた。その態度に毒気を抜かれたのか、雄二達もそれ以上の追求はせずに、部室内に備え付けられている安物の折り畳み式パイプ椅子に、疲れた様に腰を下ろす。
4人の着席を確認した稔は、今だ床に転がっている信也に視線を向ける。
「で、信也?何時まで其処に転がっているんだ?頚動脈は絞めてないから、意識は落ちてない筈だぞ?」
「い、意識が、お、落ちなければ良いって物じゃ無い!?」
「おっ、起きたか。ほら、さっさと席に着け」
激昂する信也を意に返さず、稔は至って平静に御茶を用意しながら信也に着席を促す。信也は稔の態度を見て何を言っても無駄だと悟り、何か言いたげな態度を押し殺して白衣に付いた埃を叩き落としながら席に着く。
「まぁ、まず御茶でも飲め」
稔は全員に御茶を配る。湯飲みには湯気を立てた煎茶が入っていた。
「「「「「「……」」」」」」
全員で御茶を一口呑み、沈黙が続き間が開く。
「まぁ、何だ。一寸衝撃的な場面はあったが、気にせず部活を始めよう」
「いやいや、一寸待とうか渋川くーん。そこは気にして貰わないと、僕は困るんだよね。行き成り絞め技を掛けてきた、この脳筋武術馬鹿を吊し上げないと!」
何事も無かったかの様に話を進め様とする雄二に、信也は眼鏡を光らせながら上体を机の上に乗り出しながら、対面に座る雄二に稔の責任追及を行う様にと求め顔を詰め寄る。
しかし……。
「では、判決。信也に対する稔の行為は無罪。異議は?」
「「「異議無し」」」
「当然だな」
「ちょ!?」
信也の訴えは問答無用で、無罪判決が全会一致で採決された。予想外の展開に信也は慌てて反論を展開する。
「理由も聞かずに、それは無いよ!」
「聞く必要があるのか?」
「あるの!」
信也の訴えを、稔は情け容赦無く切り捨てた。雄二達は二人の遣り取りを御茶を啜りながら、冷めた眼差しで様子見する。
「僕は只、週末のイベントに出品される機体を分解調査し様と主張して、出品企業に事前調査としてハッキングを仕掛け様と準備し始めただけなんだ!」
「「「「絞め落とされなかっただけ、まだマシだと思えこの馬鹿」」」」
「なんで!?」
予想通りの信也のアホな主張に、雄二達は口を揃えて罵る。雄二は盛大な溜息を付きつつ、信也の戯言を無視して話を進める。
「今日は週末のイベントに関して話をし様と思っていたんだが、内容を変更しよう。議題は、この馬鹿が暴走しない様に如何監視するかだ」
「信也君を単独行動させると、先ず間違い無く問題を起こすね」
「いっそ、しー君に首輪でも付ける?」
「それは置いておいて、取り合えず。九重君には悪いと思うけど、立花君に付いてて貰える?いざと言う時、無理矢理にでも止められるストッパーが欲しいの」
「良いぞ」
美保の要請を、稔は御茶を啜りながら軽い感じで了承する。それを横目で見ていた信也は、イベントでの行動を邪魔される事が決まり、嫌そうな表情を浮かべ舌打ちをした。
2人の様子を確認し、雄二は決定事項を伝える。
「それじゃあ予定通り、週末のイベントは何時ものメンバーで回るとし様」
「賛成!」
「当日は大変そうだね」
「まぁ、良いわ」
「分った。信也も良いな?」
「……仕方ないね、了解だよ」
流し目で稔に促され、信也は不承不承と言った様子で当日の予定を了承する。