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第四話 各々の動き

 

 

 

 「本日早朝に発生した、貸し倉庫爆破事件の第1回捜査会議を始めます」  

  

  ブラインドで太陽光が大幅に遮られた薄暗い会議室で、タブレット端末を手に持った若いスーツ姿の男、深見春樹ふかみ はるきが苦虫を噛み潰した様な口調で報告をする。


 「先ず、初動調査データを配布します。よろしいですか、室長?」


 室長と呼ばれる初老に差し掛かった男性、久山元治ひさやま げんじは許可を出す様に春樹を一瞥し無言で頷く。 開示許可を貰った春樹は深刻な表情を浮かべながら、初動捜査の報告書類データを素早く会議に出席している課員達の端末へ転送する。  

 

  「犯行声明の映像に写っていた人物は鶴見屋征二つるみや せいじ、茨城県出身の32歳。大学在学中に、とあるNPO団体に所属していた記録があります。大学卒業時にNPO団体を抜け地元企業に就職、先月退職するまでは総務課で勤務していました」


 データ転送完了を確認した春樹は、動画を会議室の大型モニターに映し出す。


 「犯行現場近くの防犯カメラ映像です。鶴見屋の他に2人の人物の姿が写っており、共犯者と見て間違い無いと思われます」


 防犯カメラ映像には、貸し倉庫の配電盤近くに小包を置く素顔の鶴見屋の姿。周囲を警戒するマスクを被った黒尽くめの人物と、ワゴン車の運転席から手招きする人物が映っていた。犯行は物の5分程で終わり、素早くワゴン車に乗り込み逃走する様子が映し出されていた。


 「彼等の犯行の手際から、入念に計画されていた物と思われます」


 淡々と報告していた春樹は、落ち着かせる様に一呼吸間を空け。


 「室長。やはり犯人を裏から手引きしたのは、あの連中の様です」


 春樹が深刻な表情を浮かべていた理由を報告する。


 「今回の倉庫爆破に使用された爆発物はZEX爆薬、現在無重力空間でのみ製造されている大変入手が困難な代物です。個人で独自に製造出来る様な物では有りませんし、あの程度の犯人が入手する事もまず不可能な品です。ほぼ間違い無く、強力なバック……あの連中が供与した物と思われます」


 ZEX爆薬――無重力空間で生成される電子励起爆薬の一種で、同質量のTNT爆薬の100倍の爆発力を発揮する。無重力製造施設を用いれば、短期間かつ低コストでの製造が可能であり、主にデブリ破砕等の宇宙開発で使用されている。


 「ZEX爆薬の国内の流通ルートは?」

      

 視線をタブレットに落としたまま、無表情な元治は流通ルートの確認を取る。


 「宇宙空間に爆薬製造が可能な施設を持つ企業は3社、内1社が国防軍向けに国内販売しています」

 「爆薬の盗難等の報告は?」

 「正式に被害届け等は出されていませんが、内部で揉み消し又は横流しされている可能性は有ります」

  

 春樹の報告を聞き、元治の眉間に皺がよる。元治の表情が変化したのを見た春樹は、小さく息を呑み報告を続ける。


 「内偵を含め引き続き調査を進めていますが、ルート特定には暫く時間が掛ります」

 「物が物だ、出来るだけ早急に報告を出してくれ」

 「はい」


 元治は言葉短く指示を出し、春樹も深刻な表情を浮かべながら頷き報告を続ける。その後、春樹から数項目の報告と課員からの質疑応答を終えた。

 

 「コレで第1回捜査会議を終了します」 


 会議に参加していた課員は春樹の終了宣言を聞き、皆足早に其々の捜査へ向う。人気が消えた会議室には、春樹と元治だけが残っていた。 

 

 「室長。あの連中がバック付いている以上、爆破事件がこの一回で終わりと言う事は……」

 「先ず無いだろうな」 

 

 不安そうな表情を浮かべ楽観的な憶測を述べる春樹を諌める様に、元治は一刀の元に甘い可能性を否定する。


 「あの連中の事だ。今回の爆破事件はデモンストレーションで、近い内に本命を狙う行動に出る可能性が高い」

 「デモンストレーション、ですか?」

 「ああ。自分達が強力な爆弾を保有していると言う、俺らに対する証明の心算なんだろう」

 

 元治は不機嫌そうに机を指先で小刻みに突き、苛立ちを露にする。

 

 「一度事を起こした以上、奴らは都内に潜伏している可能性が高い」

 「長距離移動をして、発見されるリスクを避ける為ですね」

 「ああ。都内で近日中に行われるPE関連のイベントは?」


 元治の問いに、春樹は手元のタブレットを操作し検索を行う。結果、数件条件に合致するイベントがヒットした。


 「今月中に都内で行われるPEが関係するイベントと条件を絞れば、5件に絞れます」

 「何所だ?」

 「上野、両国、千代田、お台場、そして東京ドームの5箇所です」

 

 春樹は検索結果を元治のタブレットに転送する。元治は送られてきたデータを一瞥し、眉を顰める。 


 「何所もそれなりの規模と注目を集めるイベントだな。情報が少ない現状で、奴等の狙いを絞るのは難しいか」

 「はい。下手に山を張るより、各イベント主催者に警備強化を要請する方が、現状では無難な選択かと」

 「それしかないか」


 春樹は遣る瀬無さそうな表情を浮かべ、元治も疲れた様に眉間に寄った皺を揉む。。

  

 「派手なデモンストレーションをした以上、連中は既に動いている筈だ。遅くとも今月中には、何か遣らかす心算だろう。爆薬の入手ルート調査を急いでくれ。せめて奴等の手にある爆薬の総量位は、事前に把握して置きたい」

 「了解しました。最善を尽くします」


 春樹は報告書にサインを貰った後、元治の前を去った。元治は春樹の後姿を一瞥した後、溜息を吐きつつデスクの上に置かれている冷めたコ-ヒーを一口飲み。


 「舐めた真似を……。ヤタを敵に回して逃げ切れると思うなよ?」


 ヤタ――警察庁警備局公安課PE対策室、通称【ヤタガラス】。2030年に発生した大規模国内テロと、その後続発するPE関連テロに対抗する為に専従捜査班として同年設立。大きな特徴として、捜査班の他に敵対勢力の即時制圧を可能とする実行戦力部隊を有する。

 獰猛な笑みを浮かべ、タブレットに表示された鶴見屋の写真を元治は射抜く様な鋭い視線で睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 有刺鉄線と高いフェンスに囲われた、嘗て数千人が生活を営んでいたであろう人気の無い風化し朽ち果てた団地郡。フェンスには【私有地に着き、関係者以外の立ち入りを禁止ず】の文言の看板と、【公認民間武装警備会社・イージス警備保障】の社章でもある【二本の日本刀と狸の顔が描かれた5角盾】のエンブレムが掲げられている。

 フェンスの隙間から見える廃団地は、無造作に雑草が生え盛り、所々抉れた土肌が見えて居た。更にフェンスの中からは、小春日和の温かな日差しや肌を撫でる心地良い風に紛れ、時折周囲に何かを壊す破砕音や強烈な閃光、連続する破裂音が響き渡る。


 「班長!課長から電話です!」


 廃団地の側に建つ、リフォームされたコンクリート製の元小学校。その建物の3階にある7個1組の机が8つ並べられた、教室数個分の広さのオフィス。その一番左端に設置された、クローバーマークの中に4と数字が書かれた垂れ幕が掛るデスク郡から元気の良い女の声が響く。  

 良く響く声を上げたのは、群青色の制服に身を包むショートカットの似合う20代前半の若い女、御崎玲奈みさき れいなだ。


 「おう、コッチに廻してくれ」


 玲奈の呼びかけにダルそうな動作で片手を挙げ答えるのは、イージス警備保障警備部特殊機械警備課第4班を纏める班長、昼行灯を連想させるノンビリとした無精髭を生やした中年の男、坂崎醍醐さかざき だいごである。

 醍醐は面倒臭そうに受話器を持ち上げ、渋々内線を繋ぐ。


 「はいはい、こちら坂崎」

 『んん。小言は言いたく無いんだがね坂崎君、はいは一回で十分だ。至急課長室まで来る様に』

 「はぁ、分りました」


 醍醐が気の無い謝罪をすると電話は切れ、切れた受話器を頭を掻きながら面倒臭そうな眼差しで見る。


 「班長、課長からの用件は何だったんですか?」

 「さぁね?電話口で言え無いって言う事は、厄介事かな?」

 「それって、朝の件の事ですか?」

 

 玲奈は流しっぱなしになっている、常設TVのニュース画面を指差す。ニュースでは、貸し倉庫爆破事件の続報が流れていた。


 「多分ね。まぁ、行ってみれば分かるさ。アイツ等からクラスB以下の連絡があったら、玲奈君の方で適当に処理しといてね」

 「はい」


 留守中の雑務を玲奈に頼み、上着を肩に掛けサンダルを鳴らしながら醍醐は実務班オフィスを後にした。 醍醐は同階の実務班オフィスから歩いて1分程と程近い、校舎3階の突き辺にある課長室の前に重い足取りで辿り着く。


 「課長、坂崎です」


 醍醐が上着を着た後ドアをノックすると、直に返事が返ってくる


 「入りたまえ」

 「失礼します」


 返事に従い一言断りを入れ、会釈をしながら醍醐は室内へと足を進めた。課長室の中は執務机に書棚、応接セットがユトリを持って配置されている。

 そして部屋の中央に備え付けられている執務机から、群青色の制服を身に纏い短い口髭と顎鬚をたくわえた中年男性が厳しい視線を醍醐に向けていた。


 「坂崎君、靴位ちゃんと履いて来なさい」


 疲れた様に眉間を揉みながら課長、岸田潤きしだ じゅんは醍醐に苦言を呈す。


 「はぁ。ですが、私水虫持ちなので」

 

 醍醐は申し訳無さそうに頭を掻きながら、サンダルを履いている理由を述べる。 

 

 「……現場に行く時は、きちんと靴を履いて行く様に」

 「分りました」


 潤は頭が痛そうに渋々、醍醐のサンダル着用を黙認する事にした。潤は溜息を一つ付いた後、本題を切り出す。


 「本日の早朝、都内で起きた貸し倉庫爆破事件は知っているね?」 

 「朝からニュースでやってるアレですよね?」

 「そうだ」


 双方の認識が刷り合うと潤は軽く頷いた後、書類を引き出しから取り出し醍醐に突きつける。


 「まず、目を通したまえ」

 「はぁ」

  

 醍醐は渡された書類に目を通す。書類の内容は普段目にする警備計画の様で、見慣れた書式をしていた。

 書かれていたのは、週末に行われる予定の警備に関してである。

 醍醐は書類に目線を落としたまま、当惑した様に頭を掻く。

 

 「この警備計画書なら、回覧してきた物を既に既読済みですよ?」

 「それは古い計画書だ。警備計画は今日変更された」


 醍醐の疑問に潤は素早く答える。目線が書類の下部に移った時、醍醐は以前の書類との違いを見つけた。


 「増員されるんですか?」

 「今朝、主催者側から警備員の増員が要請された」

 「爆破事件の影響ですか」


 書類には第4班の追加派遣の件が記載されている。元々3日間開催されるイベントの会場警備には、第1班が予定されていた。


 「警察の方からも、今月開催予定のPE関連イベントは警備を強化する様にと通達が出されたそうだ」

 「それでウチの班にも御鉢が回って来たと」


 潤は椅子の背凭れを軋ませながら、厄介そうだと言う表情を浮かべる醍醐を見る。


 「万が一の可能性がある、と言う事だ」

 「通常の警備員を増員するのでは無く、特機を増員すると言うのは」


 返答せず申し訳無さそうな眼差しを向けてくる潤の様子に、醍醐は頭を掻きながら窓の外に視線を逸らす。

 AGの仕事柄無くは無いが、振って沸いた厄介事に思わず嘆きたくなる醍醐であった。


 「とは言え――緊急の要請との事もあり、主催者側に追加予算が通った。B装備を持って行きたまえ」


 潤は引き出しから用意していた、装備品の持ち出し許可書類を取り出し醍醐に突き出す。醍醐は興を付かれた様な表情を浮かべる。 


 「……B装備」

 

 無理も無い。

 B装備――重機関銃等を用いられる事を想定した、市街地制圧戦闘に対応する装備だからだ。無重力精錬された特殊合金製の大盾、レドームを主軸とする複合索敵機器、金属芯ゴム弾を連射するコイルガン等など。そして当然、運用費用も高い。


 「展示イベントですよ?」

 「幸か不幸か、開催予定日は今週末。爆破事件の影響による強化警備中と言えば、ギリギリ誤魔化せる」


 随分物々しい展示イベントに成りそうだなと、醍醐は内心溜息を吐く。

  

 「まぁ、何だ。宜しく頼むよ」

 「はぁ、微力を尽くします」

 

 醍醐は部下達に如何説明したものかと頭を捻りつつ、念を押す潤に気の無い返事を返す。

 

  

 

 

 

 

 

 埃っぽい薄暗い一軒家。使用されなくなって随分経つのか、所々壊れており日が差し込む。人気は無く、静寂が辺りを包む。

 その家の一室に、3人の男が居た。

 マスクを付け毛布を羽織った征二と、同じ様な格好をした共犯の男2名だ。


 「……犯行声明は無事届いたみたいだな」

 「朝から爆破事件の事を繰り返し報道していますよ」

 「俺ら、ばっちり注目の的っす!」


 スマホのTVを見ながらオールバックの20代半ばの真面目そうな男、星野栄一ほしの えいいちは平坦な口調で報道の状況を報告する。

 同じ様に、スマホを弄りながらネット掲示板を巡回していた20代前半の茶髪のチャラそうな男、福田健二ふくだ けんじは興奮した様な口調で騒ぎ立てる。


 「陽動は成功だな。本命の準備は?」


 2人の様子に手応えを感じながら、征二は次の作戦の進行状況を確認する。


 「機材の手配は順調です。予定通り会場に搬入します」

 「会場スタッフのバイトって言う事で、仲間が潜入する手配も整ってるっす!」


 征二の問いに、2人は自信有り気に問題無いと返事を返した。


 「そうか。それなら俺達は予定通り、決行日までココに潜伏する」

 「はい。潜伏準備は十分整えています」

 「カップ麺やフリーズドライ製品を色々揃えてるんで、食事は飽きないと思うっすよ!」


 栄一は何処からとも無く本格的なサバイバルキットや防塵機能完備のエアーテントを取り出し、健二は自慢げに食料品の詰った複数の段ボールを見せる。


 「……お、おう。頼もしいな」


 余にも準備が良い二人に、征二は引き気味になった。

  

  

 

 

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