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第三話 早朝の風物詩

 

 

 千葉県房総半島の南、沖合い30kmの海上に浮遊する直径36kmに及ぶ円形ギガフロート。カーボンとセルロースの最新複合素材で建造された、世田谷区と大田区を合わせた面積に匹敵する大きさの人工島。小学校から大学院まで一貫教育を施す東雲総合学園を中心とする巨大海洋都市である。

 その島を縦横に貫き、何所までも直線が続く大きな幹線道路を、赤とピンクの自転車が軽快に走り抜ける。


 「この時間なら、余り混まないな」

   

  赤信号で自転車を止めた雄二は、左右に首を廻しながら呟く。雄二の視界には、学園へと向う学生等の疎らな人の流れが目に入る。 

 

 「そうだね。でも、後10~15分もすれば登校ラッシュが始まるよ」

 

 静香は幹線道路沿いに敷設されているモノレールの高架を見ながら、ウンザリした様な表情を浮かべる。もう直、学生を満載した11両編成の車両が、学園の最寄り駅に5分おきに何両も到着するからだ。  

 

 「アレに巻き込まれたら、身動きが取れなくなるよ。今の内に早く行こ」

 「そうだな。せめて学園の敷地内には入って置かないと、面倒だもんな」

 

 信号が青に変ったのを確認し、雄二と静香は通学路を進む。すると直に、後ろから猛スピードで近付いて来る、一台の自転車の姿があった。


 「おはよう、ゆー君!しーちゃん!」

 

 甲高いブレーキ音が響き、周りの人々が何事かと目をやる。シルバーのシティーサイクル型の自転車が、急減速を掛けながら一気に速度を落としていた。長い髪を髪留めでポニーテールに纏めた水穂が、満面の笑みを浮かべながら2人と併走しながら挨拶をする。


 「水穂か、おはよう」

 「おはよー、水穂お姉ちゃん」


 雄二は軽く片手を挙げながら、静香は顔を向けながら挨拶を返す。

 

 「あれ?水穂お姉ちゃん、凛ちゃんは一緒じゃ無いの?」 

 

 静香は幼馴染の姿が無い事を疑問に思い、首を捻りながら水穂に問いかける。


 「えっ、凛ちゃん?凛ちゃんなら」

 「……はぁはぁ、やっと、追いついた」


 荒い息遣いを吐きながら風宮凛かぜみや りんが、くたくたの様子で黒いシティーサイクル型の自転車を漕ぎながら姿を見せた。肩まで届くツーサイドアップの黒髪と、小柄な体型に不釣合いな大きな胸が呼吸と共に揺れる。


 「ふう、お姉ちゃん。雄二お兄ちゃんの姿を見つけたからって、急ぎ過ぎ」

 「あはは、ごめんね凛ちゃん」


 呼吸を整えた凛は、水穂に抗議の声を上げる。凛の様子に水穂も悪いと思ったのか、特に反論する事も無く素直に謝罪した。


 「それに又、自転車の速度リミッターを外してるでしょ?捕まるよ?」

 「何の事かな?」

 「はぁ」


 苦言を呈するも、凛は水穂の様子に諦めた様な溜息を吐いた後、雄二と静香の方に顔を向ける。


 「おはよう御座います。雄二お兄ちゃん、静香ちゃん」

 「おはよう、凛ちゃん。朝からお疲れ様」

 「おはよう」


 雄二は苦労性の凛に労いの言葉をかけ、静香も苦笑しながら返事をする。その後、合流した4人は他愛も無い会話を交わしながら、学園への道程を急いだ。


 「到ー着!」

 「登校ラッシュには、巻き込まれずに済みそうですね」


 4人は合流後、然程時間が掛かる事も無く無事学園正面ゲートを越えた。4人は慣れた様子で正面ゲートの脇に設置してある立体駐輪場に入庫し、其々の自転車を非接触充電機能を備えた駐輪機に止める。


 「それじゃ、ココでお別れだね」

 「そうだな、授業サボるなよ?」

 「そんな事しないよ!」


 雄二の軽いからかいに、静香は笑顔で抗議する。


 「それじゃ、お姉ちゃん。雄二お兄ちゃんに迷惑掛けない様にね?」

 「ううん?迷惑って?」

 「はぁ」


 凛の忠告に水穂はポニーテールを解きながら疑問符を浮かべ、処置無しと言った表情を浮かべながら凛は溜息を付きながら頭を軽く左右に振る。

 軽口を言い合いながら雄二と水穂、静香と凛の二手に分かれ其々の学校に分かれる。


 「ゆー君、こうして2人並んで登校するのは久しぶりだね?」

 「ん?2日前に一緒に登校しなかったか?」


 不思議そうに雄二が聞き返すと、目を見開いた水穂が髪を振り乱しながら猛抗議を上げる。


 「2日だよ!本当は毎日一緒に登校したいんだから!」

 「えっ、ああ、うん。そうだな、ごめん」

 「……あっ」 


 水穂の剣幕に押された雄二は、何とも言えない表情を浮かべながら何故か謝罪する。そして、水穂も興奮が冷めたのか、周りに登校中の生徒が居る事を思い出し頬を赤く染めながら俯いた。

 

 「えっと、行こうか?」

 「うん」


 気不味そうな雄二が先を促すと、水穂は小さな声で返事を返す。暫し無言のまま2人並んで進み昇降口の下駄箱で上履きに履き替えていると、水穂が正門方向から轟く様に聞える足音に気が付き顔を向けた。


 「あっ、ラッシュの第1陣が到着した見たいだね」 

 「ん?ああ、ギリギリ間に合ったみたいだな」

  

 雄二と水穂の視線の先には、昇降口を目指し数百人の人だかりが突撃してくる様が見て取れた。


 「さ、巻き込まれる前に教室に行くか?」

 「そうだね!」


 気不味い雰囲気が払拭され、元気を取戻した水穂は雄二の腕を取り教室への道を歩き出す。

 

 

 

 「おはよう!」

 

 並んで2-Aの教室に入った2人は、疎らに席に着くクラスメート達に水穂が元気良く挨拶をする。すると、疎らに片手を軽く上げたり等の返事が返って来た。

 

 「お早う水穂ちゃん。今日は旦那と一緒に登校出来たんだ」

 「え!?だ、旦那って、み、みーちゃん!?」


 雄二と別れた水穂が自分の席に付くと、前の席に座ると美保がニヤニヤ笑みを浮かべながら振り向き、早速からかいに掛る。水穂は目を白黒させながら動揺し、美イジリをかわそうと慌てて反論しようとするが。


 「誤魔化さなくっても大丈夫だよ。二人の中は周知の事実何だし、クラスの皆は了承済みだよ」

 「!?」


 美保の止めに、水穂は首まで赤く染め恥しそうに俯く。そんな水穂の様子に美保は呆れた様な溜息を付きながら、周知されている理由を分り易く教える。


 「大体、渋川君に署名済みの婚姻届け片手に迫っている貴方の様子を見たら、誰だって察しが付くわよ?それに、渋川君もそんな水穂ちゃんの事を、心底嫌がっているって言う風には見えないしね」

 「あっ!?えっ!?!?」


 目を白黒させながら、水穂は意味不明な言葉に成らない声を上げた。そんな水穂の反応を楽しみながら、美保は仕切り直そうと次の話題を振る。


 「で?2人の間に進展は有ったの?届けにサイン貰ったとか、正式に婚約したとかさ?」

 「……まだ」

 「そう、奥手と言うか鈍感と言うか……。外野から見たら貴方達はもう、殆ど夫婦みたいな物なんだけどね」


 大胆な行動をする割に進展しない水穂と雄二の関係に、美保は肩を落としながら呆れる。


 「それともイッソ、渋川君の外堀から埋めたら?」

 「あっ。それは、もう遣ってる」

 「……はぁ?」


 サラリと述べられた水穂の言葉に意表を衝かれ、美保は間抜けな表情を浮かべる。


 「パパとママ、ゆー君の御両親の許可はもう貰ってるの。後はしーちゃんがOKしてくれれば、外堀は全部埋まるよ」

 「えっ、と?」

 

 水穂は黒く微笑みながら、嬉しそうに根回しの成果を美保に告げる。そう、既に雄二の外堀は水穂が粗方埋めていた。


 「……」


 想像の埒外の事実に、思考が纏らず美保は絶句した。 


 「だから、後はゆー君がサインしてくれれば、晴れてゆー君は私の婿さんに成るんだ」


 ふやけた様な表情を浮かべる水穂を見て、薔薇色の鎖に雁字搦めに拘束されている雄二の姿を美保は幻視する。 

 そして、心此処に有らずといった様子になった美保を他所に、水穂が赤い顔のまま雄二が座る席を見た。 

 

 

 

 紙コップを片手の克己と、ボトルを傾ける雄二は雑談をしていた。


 「ん?」

 「如何したの雄二君?」


 何か気に成ったのか、雄二が話の途中不意に空中に視線を向ける。その様子に克己は疑問を向ける。


 「いや?誰かに狙われている様な気が……」

 「何それ?」


 雄二の妙な言い分を、克己は気のせいだと軽く笑い飛ばす。


 「……気のせいか」


 雄二は頭をかきながら忘れる事にした。


 「で、如何だ今日のコーヒーは。俺は酸味が少し強いと思うんだが?」 

 「そうかな?僕はそうは思わないけど?」

 

 雄二は今朝ブレンドしたオリジナルコーヒーを、克己に試飲して貰っていた。気密性の高い保温ボトルに入れておいたので、多少風味は飛んでいた物の淹れたてと然程変らない味を保っていた。


 「風味が薄れているから、酸味を強く感じないのかな?」


 克己は首を傾げながら、酸味を感じない事の推論を言う。雄二もボトル付属のカップに注ぎ、コーヒーを一口含み頷く。


 「確かに朝飲んだ物と比べると、酸味が飛んでいる様に感じるな」

 「そっか。ティーパックの方も持って来てるんだよね?昼休みにでも、淹れたてを飲ませてよ」

 

 克己は紙コップを傾けコーヒーを飲むきりながら、雄二に淹れたての物を要請する。


 「ああ、用意しよう」


 雄二も克己の要請を快く了承する。克己も頷き、飲み終わった紙コップを握り潰し教室の後ろ隅に設置してあるゴミ箱に向って投げる。カップは緩やかな放物線を描きながら、狙い違わず吸い込まれる様にゴミ箱に入った。


 「おいおい、ちゃんと近付いて入れろよ」

 「大丈夫。雄二君も僕がコントロールが良いの知ってるでしょ?」


 雄二が苦言するも、朗らかな笑みと共に克己は問題無いと言い切る。追求されない様に話題を変えようと、克己は賑やかな声が響く窓の外の登校風景を話題に出す。


 「電車組みは兎も角、自転車組みと徒歩組みがもう少し時間をずらせば、こんなに混雑しないのにね」

 「まぁ、朝はギリギリまで寝たいって言う奴も多いんだろう。それに、この時間帯の登校者は遅刻していると言う訳でも無いしな」


 雄二は頬肘を付きながら窓の外を眺めた。校舎の中から眺める登校風景は、さながらコンサート会場に詰め掛けるファンの群れの様である。


 「僕としては、あれでも今だ将棋倒し何かは発生した事は無いってのが不思議だよ」

 「学校側も、最低限の整理はしているみたいだからな」


 有事と克己の視線の先には、回転等を廻す自走式警備ロボと、誘導棒を持った警備員が声を張り上げながら、生徒達を誘導している姿が見える。   

 

 「でも、あと数分で予鈴が成るからね。そろそろ始まるんじゃないかな?」


 まだ刻限ギリギリと言う訳でないので余裕を持った流れであるが、克己が言う様にもう十分ほどで人の流れは激流へと変る。

 克己の視線の先には、校内各地から警備ロボが集まってくる様子が見えた。   

 そして、予鈴が鳴る。 


 「始まったね、家の風物詩」

 「ああ、実態は只の遅刻ギリギリの駆け込み登校なんだけどな」


 雄二と克己の視線の先に、電車組み自転車組み徒歩組みの最終陣が全力疾走して来る姿があった。皆必死の形相で走り込んで来る。男女関係無く、千に近い数百人規模の全力疾走でだ。それは、あるで市民マラソンのスタート地点付近の光景。それが毎日の様に繰り返されるのが、東雲総合学園朝の風物詩である。


 「今正門越えた辺りに居る人達が、ギリギリ遅刻回避組みか?」

 「もう少しは間に合うんじゃない?」

 「下駄箱での渋滞もあるからな、上の階の連中だったら無理じゃ無いか?」

 

 雄二と克己は他人事の様な眼差しで、遅刻組みのボーダーラインを予想しあう。チラリと時計を見た雄二の眼差しは、結果には興味無いとでも言いたげな冷やかな眼差しであった。

 

 「あの辺りを歩いてる連中は、遅刻確定だな」


 雄二が視線を向けた先には、駅を出遅れた後発組が諦めた様に歩いて正門を入って来ていた。例え間に合わなくとも、最後まで走り切る位の根性を見せて欲しい物だと、雄二は不快そうな眼差しを向ける。


 「1本列車を早くするだけで遅刻はしないのにね。まぁ、そこら辺は彼等の自由なんだけど」


 簡単な遅刻回避案を提示しつつ、克己も不快そうな眼差しを歩いている遅刻確定組みに向けた。


 「克己、そろそろ時間だから席に戻ったほうが良いぞ?」

 「そうだね。じゃぁ、また後で」

 「ああ」


 雄二に着席を促された克己は、軽く手を上げて挨拶をし自分の席へと戻っていった。

 そして遂に鐘が鳴り、一分ほどしてスーツ姿の若い女性教諭が2-Aの教室に入室する。 


 「はい、皆さん。お早う御座います。今日も欠席者遅刻者共に居ないみたいで、先生嬉しく思います」


 2-Aの担任教諭、基山和葉きやま かずははチラリと窓の外の今だ正門付近に大勢いる生徒達を流し見た。名簿とプリントの束を教卓に置き、位置のズレタ眼鏡を直す。


 「では皆さん、今日も一日元気良くお勉強しましょうね!」


 満面の笑みを浮かべた和葉は、元気な声で生徒達に学校の始まりを告げた。 

 

 

 

 

 

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