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プロローグ

 

 

 

 雲が疎らに漂う小春日和の青空。屋上まで僅かに届く放課後の学生達の謙遜の声。 


 「不味いな、このコーヒー」 

  

屋上に設置してある木製のベンチに腰を下ろした制服姿の青年。渋川雄二しぶかわ ゆうじは、水筒に入れた自作のコーヒーを一啜りした後、ベンチに力無くもたれ掛かる。


 「……自惚れていたんだな、俺」


 その姿は酷く気落ちしており、澱んだ雰囲気を纏っている。短髪の黒髪は艶が無く、面長の整った顔立ちは曇っていた。知的な光を放っているであろう切れ長の目は、上空の雲を何処か虚ろな眼差しで眺めている。 

 暫く雄二が無気力に屋上で静かに雲を眺めていると、屋上のドアが勢い良く開け放たれる。

 ドアを開けたのは女子生徒、風宮水穂かぜみや ずほであった。儚げな雰囲気の綺麗な少女である。腰まで届く長い黒髪を左右に揺らしながら、ベンチに凭れ掛かっていた雄二を指差し声を上げた。

 

 「あっ、見付けた!こんな所に居たんだね、ゆー君!」

 「……水穂」


 屋上に現れた水穂の声に雄二は反応し、気だるげに顔を入り口の方に傾ける。そんな雄二の姿を見た水穂は小さく溜息を付いた後、ドアを後ろ手に閉めて雄二が座るベンチの隣に腰を下ろした。


 「元気が無いね。随分暗いけど、如何したのゆー君?」

 「何でも無い」


 心配げな水穂の問いに、雄二は雲を見たまま不貞腐れた様な声で返す。


 「もしかして……この間の事を気にしてるの?」

 「……ああ。どうしても頭から離れなくてな」


 ベンチに持たれ掛った姿勢を普通に戻した雄二は、心配げな様子の水穂に力無く言葉短く返事を返す。しかし、雄二の視線は地面の一点を見詰め、厳しい顔付きのまま水穂を無視する様に黙り込む。水穂には、その姿が大切な物をへし折られた老人の様に見えた。


 「……はぁ」

 

 水穂は溜息を漏らした後、無言のまま雄二の頭を抱え込む。


 「……おい」

 

 水穂は少々強引に膝枕の体勢を取り、雄二の抗議を無視して短髪の頭を優しく撫でる。不意を付かれた驚いた雄二は、慌てて姿勢を戻そうとする。


 「ほんと、何でも1人で抱え込もうとするんだから、ゆー君は」


 しかし、水穂から掛けられた穏やかで優しい声に、雄二は身を起そうとする抵抗を止めた。

 

 「……」

 「大丈夫だよ。ゆー君のお陰でみ皆無事に助かったんだから」

 「だが、俺のミスもせいで皆死ぬ所だったんだぞ?」


 泣きそうな小さな声で、雄二は水穂に力無く反論する。


 「誰も死んでないよ。それに、皆を助け様と必死に動いたゆー君の事を誰が責めるの?」

 「だけど」 


 穏やかな口調で水穂は雄二に、諭す様に語りかける。自責の念に縛られた雄二は、小さな声で力なく水穂に反論した。

 そんな雄二の自己嫌悪で押し潰され様としている様な姿に、水穂は何の事を言っているかを察し苦笑を漏らす。


 「あの人達の立場上、あの場合は苦言を言わなきゃいけないって事、ゆー君も本当は分かっているんでしょ?」 

 「……ああ」


 理屈は分かるが心情では納得出来ないと言いたげな雄二は、言葉短く水穂に返事を返す。 

 

 「本当は褒めたかった筈だよ?何だかんだで皆、ゆー君に窮地を救われたんだから」

  

 雄二の自己嫌悪を解こうと、水穂は言葉を語りかける。穏やかな表情を浮かべながら水穂は雄二の頭を撫で続け、雄二も抵抗する事無く暫く水穂のするがままに撫で続けられた。


 「あっ」 


 そして、大事な事を思い出した水穂は頭を撫でる手を止め、雄二の耳元に顔を近づけ語りかける。


 「そう言えばゆー君。後始末のゴタゴタで言い遅れて事があったんだ」

 「……何だよ」

 「あの時は助けてくれて、ありがとう。ゆー君のお陰で皆、ココに帰って来れたんだよ」

 「っ!」

  

 水穂は穏やかな口調で、雄二に感謝の言葉を告げる。雄二は水穂の感謝の言葉を聴き張り詰めていた物が切れたのか、水穂の膝に顔を埋め声を押し殺しながら涙を流す。そんな雄二に水穂は何も言わずに、再び雄二の頭を優しく撫で始める。

 暫しの間、2人以外誰も居ない屋上に雄二の声を殺した泣き声が静に木霊した。




 「……見っとも無い所見せたな」 

 「そんな事無いよ」


 ベンチに座りなおした雄二は、顔を耳まで真っ赤に染め水穂から顔を背けたまま、か細い声で謝罪する。対し水穂は、分り易い反応を示す雄二に、思わず苦笑を漏らす。


 「その、何だ?この事は皆には内緒にしてくれ」

 「んー、如何し様かな?」

 

 何とか心を静めた雄二は、まず水穂の口止めを試みる。だが水穂は何か思い付いたのか、悪戯っ子ぽい表情を浮かべた。その表情を見た雄二は、諦めにも似た溜息を漏らす。  


 「条件は?」

 「この婚姻届にサ」

 「却下」

 

 懐から緑色の紙を取り出そうとした水穂の提案を、雄二は瞬時に一刀両断で却下する。


 「じゃぁ、雑誌で紹介されてたスイーツ店に行こうよ。美味しそうなカップル限定メニューが、お店自慢の逸品なんだって。1人じゃ行けないから、今度の週末につき合ってよ」


 一刀両断された事を気にせず、水穂は即座に代案を提示する。所謂デートのお誘いだ。


 「……分った」

 「決定!」


 雄二は水穂の提案を不承不承と言った様子で了承し、水穂は満面の笑みを浮べピースサインを雄二に向ける。雄二は嬉しそうな水穂を尻目に、気持ちを落ち着かせ様と水筒からコーヒーを口に流し込む様に呷る。冷めて風味も飛んだコーヒーだったが、不思議と雄二には美味しく感じられた。

 そんな賑やかでありながら穏やかな二人の時間を破る様に、再び屋上のドアが勢い良く開け広げられた。


 「お邪魔だったかな?」

 「ここに居たのか、雄二」

 「何を無駄に黄昏てるのかなぁ、渋川くーん?」

 「見付けたのなら連絡入れてよ、水穂ちゃん」


 新しく屋上に姿を見せたのは、小動物の様な雰囲気を纏った小柄な少年の橋本克己はしもと かつみ。制服の上からも分かる引き締まった肉体の大柄の青年、九重稔ここのえ みのる。眼鏡を掛けた白衣姿の青年、立花信也たちばな しんや。長い髪をポニーテールに纏めた知的な雰囲気の女性、大井美保おおい みほの雄二と水穂の友人4人組だ。

 4人は扉を閉め、雄二と水穂の2人が座るベンチの前に足を進める。


 「大袈裟だな、如何したんだお前等?」

 

 そして雄二は眼前の4人が浮かべる、何処か安堵した様な表情に疑問を抱き理由を問いかける。


 「如何したって。朝から抜け殻の様に成っていた雄二君を、皆心配してたんだよ?」


 克己は呆れたような表情を浮かべ、可哀想な人でも見る様な心配げな眼差しを雄二に向ける。

 

 「アレは夢遊病患者の域に達してたな」

 

 稔は見たままの感想を、表情を変える事無く雄二に率直に伝える。  


 「頭の螺子は確実に数本は飛んでたよー」


 楽しげな様子の信也は、笑みを浮かべながら感想を雄二に述べる。 


 「ごめん、私の口からはとても」

 

 美保は口元を押さえ、顔を伏せ雄二から視線を逸らす。

 思っていた以上に酷い返答に、雄二は声も無く崩れ落ちた。


 「何気に酷いな、お前等」


 だが、崩れ落ちる雄二の口元には苦笑にも似た笑みが浮かんでいた。


 「ははっ、心配をかけたゆー君が悪いんだよ」


 崩れ落ちた雄二の頭に軽く手刀を振り下ろしながら、笑顔で水穂は追い討ちをかける。しかし、大して痛くも無い水穂の手刀が雄二には酷く重い物の様に感じた。  


 「まぁその様子だと、もう心配は必要ない見たいだね」 

 

 二人のじゃれ合いを、克己は微笑ましそうに眺め安堵する。


 「お前、意外に脆かったんだな。壊れ物注意の札でも貼るか?」


 微かに表情筋を動かし、稔は冗談交じりの軽口を叩く。


 「僕、メンタル面の改造は守備範囲外なんだよねー。フィジカル面の改造なら相談に乗るよー?」


 顔芸の様な様な満面の笑みを浮かべながら、信也はトンでも提案を提示する。


 「そうね、元気付けのお宝データなら安く融通するわよ?」


 人差し指と親指で輪を作りながら、美保は真面目な表情で商売を持ちかける。


 「……はっはっ」

 

 次々に掛けられる軽口に、雄二は多大な心配を掛けていたのだと実感した。そして、これ以上の心配は掛けられないと雄二は、一旦目を閉じ気合を入れ直す。再び雄二が目を開くと、虚ろだった切れ長の目には知的な光が宿り、気落ちしていた雰囲気は消えていた。


 「それじゃ、こんな所でクヨクヨしてる暇は無いな」

  

 ベンチから立ち上がった雄二には、以前にも増した覇気が漲っていた。普段の調子を取り戻した雄二の姿を見た水穂を含む5人は、顔を見合わせ苦笑を漏らす。

 そんな友人達の視線が気恥ずかしくなったのか、雄二は軽く頬を染めつつ無言で階段へ向って足早に歩き出す。


 「「「「「……ぷっ」」」」」


 そんな雄二の後姿に思わず笑みを漏らしつつ、5人は慌てて雄二を追い屋上を後にする。

 階段を下りながら、ふと、雄二は数日前の事件思い出す。突如巻き込まれた命の危機に瀕した事件を。今だ新聞やTVを賑せ、警察も全貌が掴み切れて居ない多くの謎を。





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